27 Gewitter und Blickfeld
「突然よびだしたとおもったら、なにをとんでもないことを……!?」
「しかし、知っていてもらわないといけない。スプリングフィールド領は、ロマンスの国境と接する領だから」
「……内通を疑っているのか?」
「むしろ、スプリングフィールド領が上手く税関として機能してるからこそ、こんな事態に陥ってるんじゃないかと思う。おかげで黒幕を四面楚歌にできる」
「はあぁ……のんきにおまえとコンクールで勝負だと、さらには今日までの態度をけなして、諭してやろうと意気込んでいた僕が道化のようだな」
「それを言うならわたしだって、リアムさんに、ぎゃふんと一言モノ申そうと思っていたんですから」
「……アリアのみんなのことは心の支えにさせてもらってる。ちゃんと今年入学したのだって、アルフレッドに、学院の全校生徒の前で人相書きを晒されて嘘つきのレッテルを貼られたくなかったからだ」
目を点にする親友にすべてを暴露して、ひさしぶりに、しぜんと笑えた。そんな心地よさがある。
「エリシアとミリアをたのむ。アルフレッド、フラジール」
だからこそ、素直な気持ちで、ぼくはあたまを下げることができた。
「……やはり、のんきなのはおまえだ。2人がどんな気持ちでいるか、わかっていて」
「いま、話した以上の理由があるんだ。それは、2人にも、はなせない」
アルフレッドには、ノーフォーク夫妻とブラッドフォード夫妻に話したぼくの中にいる連中のことなんかは伏せて、VOXをめぐってこれから起こることに必要な内容だけを伝えた。
「残念だな。リアムが学院に普通に通ってくれていれば、楽霖祭もそうだし、領対抗戦やランキング戦でもしのぎをけずれただろう」
「特に、アルフレッド様がお好きなゲウィッターのことですよね」
「ふ、フラジール、あのな」
「リアムさんなら常勝の駒になれたでしょうね」
「まぁ、常勝の駒になっただろう。しかしゲウィッターは奥が深い」
正式名称は、ゲウィッターフェルトとブリックフェルト-Gewitterfeld und Blickfeld-。
ゲウィッターは、人間チェスだ。
プレイヤーは、先攻の雷光-Blitz-と後攻の雷鳴-Donner-にわかれて、盤面-Unter-に、2種類の駒、戦士と指揮官を配置する。
夜明け、朝、昼、夕立ちと霽れ──という、時間帯-Zeit-のある、ターン制ゲームである。
ターン-Runde-が巡り、じぶんの手番では、Zug Phaseにて、シュネルもポルカも味方が全部同時に動くのが原則である。
先攻の一手目(夜明け)でのみ戦闘はおこらずに、以降、後攻の一手目(朝のはじまり)から戦闘-Wetter-がはじまる。
これは駒を奪うゲームではなく、相手の階級を奪うゲームだ。
シュネルは皆、最初は同じ戦士階級なのだが、勝つと、相手の階級に応じてタクト-Takt-にポイントが入り、勝者はランクアップしていく。
逆に、敗者はポイントを失い、相手が格下であるほどにポイントを多く失う。
1ルンデ、手番の駒は全員が一回、動く権利を持っている。
また、休止符-Pause-という1ルンデ動かない選択肢もあり、シュネルのみ可能、連続でつかうことができない、次のターンを迎えるまでに負けてしまうとバフを失うという制限もあるが、移動距離を2倍にまで増やすことができる技もある。
ほかにも、自陣の初期位置-Leb-に戻る移動以外で、同じマスに味方同士が同居できないというルール”不協和音-Dissonanz-”があって、シュネルに限り、味方と同じマスに留まった場合にレブに戻るダ・カーポ-Da Capo-で、階級を戦士に戻し-Wieder-、残ったシュネル、またはポルカは雲想家ヴォルケ-Wolke-となり、ヴェッターが起こる前に、もう一度動く権利を渡す技もあるそうだ。
階級が上がるごとに、とれる動きが変わっていくので、いかに、駒ごとに勝ち続けさせるかがカギになる。
さらに、勝敗の行方を左右するのが、ツァイトの切り替わりで行われる、ヴィッテルング-Witterung-というルーレットターンだ。
盤面のマスには、2つの種類がある。
狂乱の雷と喝采の雨。
ゲームの正式名称の由来である。
狂乱の雷マスでは武官、喝采の雨マスでは指揮官が活躍するマスと考えればいい。
シュネル同士はどこのマスでも戦闘を起こすことができる。
しかし、喝采の雨のマスにいるポルカにのみ、戦闘をしかけることができない。
むしろ、喝采の雨のマスにポルカと敵シュネルが同居すると、敵シュネルは1ルンデ捕虜扱いとなって、ポイントの変動はないものの、次の手番にて捕虜シュネルを盤面の初期位置へと戻すかの選択権をポルカが得る。
マスの比率は駒の比率によって規定数を決めるらしいが、基本的に喝采の雨のマスは狂乱の雷マスより少なく、かつ、ポルカの数より多く設定されるのが慣例だ。
したがって、ヴィッテルングは、喝采の雨のマスの場所を決める儀式となる。
一方で、狂乱の雷のマスにいるポルカを敵のシュネルが攻撃できるようになる。
これを、激突-Treffen-という。
トレッフェンでシュネルに攻撃されたポルカが負けると、ポルカは一番近くの空いた喝采の雨のマスに移動となり、さらに、ポルカの敗北マスのいちばん近くにいる味方シュネルが次のルンデに動く権利を失う。
ポルカは原則として階級は頭打ちとなっており、味方ポルカ同士は同じマスに移動してはならず、1ルンデに上下左右斜めの1マスにしかうごけない。
ヴィーダーによる階級下げ、ダ・カーポによるエスケープができないため、まさに逆転の一手となる。
その代わりに、ツークフェーズの前に、ポルカ同士で、どこのマスに進むかの相談をすることが許されている。
指揮官同士の書簡の受け渡しだ。
そしてポルカは、あらかじめ決まったマスの範囲にいる仲間のみに戦略指令を飛ばすことができる。
ポルカの戦略範囲にいないシュネルには、コマンドは出せない。
ポイントを消費することで、1ルンデ、戦略範囲を広げることもできるらしい。
これが、コマンドフェーズの書簡-Schreiben-と指令-Befehl-である。
夕立ちのツァイトの後の霽れを迎えたときのポイントの総量によって、夕べの星-金星-に輝く勝者が決まる。
いかにポルカの戦闘を避けるか、駒が強いか、そして有利なマスを引く運が大事なゲームらしい。
チェスは二人零和有限確定完全情報ゲームだが、ゲウィッターは、マスの天候が変わる不確定不完全情報で、異質な霽れ-AufTakt-という、共存もありえる非零和があるゲームだ。
ただ、これはゲウィッターの鋳型であって、参加するシュネルとポルカの数、盤面のマスの数、戦闘のゲーム内容など、流し込む材料を柔軟に変更してプレイすることができる。
ヴェッターはじゃんけんでも、トランプやそれこそチェス勝負なんかでもいいし、ひとつの大会として機能するような側面ももつ面白い催しだと思う。
たとえば、コマンドフェーズでコマンドの届かなかった味方との予期せぬヴィーダーとダ・カーポの発生とか。
パウゼなんて、前ターンで攻撃してきた相手の追撃、もしくは再戦するためにも使えそうだし、休止符が一転、超攻撃的なムーブにもなりそうでおもしろいな。
あとは、シュネルが全員レブに戻ってしまった場合は、音のない無風-Lautlose Windstille-、通称、即時降伏が決まるんだとか、ポルカの全員が同時に喝采の雨に留まることを反則とする死の無風-Tote Windstille-なんてメジャーなオプションルールもあるだとか、オプションルールでいうと先攻後攻を廃止した天空の嵐-Unwetter-は一手一手の重みと緊張感が段違いなんだと、アルフレッドが楽しそうに語ってくれる。
駒が人であるからこそ、プライドのぶつかりあいとか、論理性の破綻を招いて足並みを崩したりするかもだし、めっちゃチーム戦のチェスじゃん。
そんなゲウィッターは、先王の時代から生まれた競技らしい。
で、モデルがあって、いわずもがな、オブジェクトダンジョンだ。
特に影響を受けたのであろう、色濃ゆいのが、ウルカヌスの色だ。
ウルカヌスでは、巨像の立つマザーエリアに進軍してこようとするマルスの軍を迎え撃つ戦争に参戦する。
リヴァイブで復活できるが、1日に1回 武功によって、ダンジョンポイントが振り分けられる。
ウルカヌスには、優秀な装備や金属と交換できる交換所がある。
火を噴く剣や雷を纏う甲冑など……ただ、素材以外の装備などは、ダンジョンの外へ持ち出すことはできないらしい。
さらに、装備には耐久度があって、壊れると元には戻らない。しかし、耐久度がなくなるまでは、リヴァイブに送られてもロッカーに送られて、なんどでも次の戦いに身に着けていくことができる。
このロッカー、名前をバルカンといって、ウルカヌスで登録すれば各ダンジョンの交換所で入出できるのだとか。
いわゆる武器庫で、空間属性を持っていない王都で活動する冒険者や遠征する冒険者にとっては重宝するのかもしれない。
「バルカンがあったらケレステールももうすこし楽だったろうな。ウルカヌスの武器で戦えるんだし」
そういう考え方もあるのか。
そう思うと、アリスの司書よりも有用性の高い交換所の拡張機能なのかも。
「ですがウルカヌス以外で引き出すときにはたくさんのダンジョンポイントも必要で、それに耐久力の消耗も激しく、武器のスキルの使える回数上限が制限されてしまって、ほとんどが1回の戦闘で保つかどうかですよ」
「だが、階級が上がればポイント消費も抑えられる。回数もなにと戦うかにもよるし、いざという切り札になるだろ?」
「それでもウルカヌスがアリスと並んで不人気なのは、コストがかかりすぎるからですよね」
「ハイリスクハイリターンってこと?」
「そうなんです。それなのに、このまえ戦闘の勝負で、ウルカヌスの武器で何回丸太を両断できるか、なんて呆れた武器比べなんてことをして」
「金の殴り合いじゃん」
「そうでしょ?リアムさんからも何か言ってあげてください」
「あれは僕も反省してるから……」
ウルカヌスでは、敵によってポイントが決まっていて、冒険者は巨像の街の戦士となって、日の出から日没まで戦闘が起こっているマザーエリアの外の戦場に出向く。
論功行賞は日没とちょうどのタイミングで行われ、戦功をあげた分だけポイントを手にするそうだ。
ただし、ウルカヌスでは、戦場で死んでしまうと、夜の0時を迎えずしてリヴァイブでの復活ができないらしい。
しかし、復活すれば、倒した分のダンジョンポイントはちゃんと加算されているそうだ。
あと、ウルカヌス内では私闘が忌避されている。
味方を攻撃するとペナルティが課せられて、蓄積した戦功を下げられてしまう。
だからアルフレッドも武器比べをしたときは丸太斬りをしたのだろう。
いろいろと制約のありそうなダンジョンだが、それでもウルカヌスに通うコアな層もいて、装備によっては無双できるから、非常に中毒性が高いらしい。
「でもスポンサーをつけたりしてやれば興行化できるとおもわないか?」
「おもいません!おかねで殴り合うなんてイメージがわるくなるだけです!」
「さいしょは対抗心に燃えて、勝てば楽に優越感に浸れるから楽しいかもしれない。でも、そのうち引っ込みがつかなくなるかもしれない、それに勝ち慣れてきてしまうと勝っても空しくなっていくかもしれないよ?」
「リアムさんの言う通り!せっかくのゲウィッターのたのしさも損ないますよ!」
「うぅ……わ、わかったって」
ほかにも、初期位置はリヴァイブの門とマザーエリアだろ。
ダ・カーポはリヴァイブシステムだね。
ウルカヌスに限らないオブジェクトダンジョンの特性もちりばめられている。
それにゲウィッターのツァイトの長さは、夏と秋と冬と3通りのメジャーな企画があって、夏なら、各ツァイトのターンは長くなる長期戦となり、秋、冬のゲームとなるごとに、ツァイトのターン数は減っていく短期戦となる。
これは、ケレステールに通じるところがある気がする。
「アルフレッド様は、ヴェッターでじっさいに魔法戦闘をする野蛮なゲウィッターがお好きなんですよ」
「野蛮というがな、相手の装備を破壊するという代替案で死傷行為は禁止されているし、これがもっとも伝統あるゲウィッターに近いのであって」
「そうでしょうが、汗臭いし、午前と午後、もしくは1日ごとに日数をまたいでヴェッターをするでしょう?」
「昔は、敗北はすなわちダ・カーポで、レブに戻らない限りそのまま戦い続ける形式だったから早かったらしいからな。倫理観は終わってるが、廃らせた血戦の代替競技としてゲウィッターは提案されたのであって、いまでもたまに大事な趨勢をかけて、決闘の代わりにこのガチなゲウィッターをやる貴族もいるらしいが」
「ダンジョンがあるおかげで娯楽としての要素も持ち得るというわけか……」
「とはいえ、冗長を省いた短縮版もある。事前テストで駒の戦闘力を算出して動かすヤツ。まぁ、リアムはどっちでも無双するだろうから、出場できないかもしれないが」
「そうとも限らないんじゃない?」
「どうしてだ?」
「”装備を破壊する戦闘かぁ……となると、魔力込めたら壊れるとかないよね?”ってこと」
「あっ……」
「ふふっ、そうでしたね。リアムさんは魔力が強すぎて、配られる武器装備だと、耐えられなくて壊れてしまうかもしれませんね」
「フラジール、わらいすぎだよ」
「す、すみませんでした。でも、なつかしいことを思い出せましたし、なによりも、アルフレッド様が面食らっていて、おかしくって」
「面食らうだろ。そうだ。リアムの戦闘はウルカヌスの交換所で装備を整えて、ウルカヌスで実践することにしてしまえば、ワンチャン……耐久値を一瞬で消耗してしまえばおなじことか」
「ぼくの強みは、ルールの中で発揮する強さではなくて、ルールを無視できる強さだからね。ウルカヌスといえば、深夜に戦場にしのびこんで、罠をはるなりすれば攻略が楽になりそうだよね。ゲウィッターにはそういう戦法とかないの?」
「……罠?」
「……先入観にとらわれすぎてました。戦闘は宵のはじまりにおわりますけれど、深夜0時を過ぎれば、もう戦争ははじまっていると考えないといけないってことですよね?」
「そうか。復元力の起点はどこのダンジョンも夜の0時。それを過ぎてから工作すれば……戦闘ははじまっていなくても、戦争はもうはじまっているということか。まぁ、ゲウィッターに限れば、相手に腹下しの毒を盛ったりすればいいんだろうが、普通に汚いしそんなことすれば、即失格かペナルティ対象になるだろう。ワクワクするといえば、リアムがはじめたスーパーマーケットだったか。アレはすごかったな」
「行ってくれたんだ」
「まぁな。王都店が開店したときに、ゲイルに誘われて、ミリアとエリシアとも一緒に行った。フラジールがとても目を輝かせていて、いまではすっかり常連だな」
「とても便利でした!いろんな雑貨、食品があって、わたしは毎週通ってます」
「ショッピングカートというものがとても便利だった。あれに乗って押してもらえと、得も言われぬ誘惑がある不思議な造形をしていたなぁ」
「客に、アレに乗って道を走りたいって要望があったって報告があがってたけれど、きみだったのか」
「店の床がつるつるなのもわるい」
「けがの保証はしないけれど、イベントでカート乗りレースでもしてみるかな?」
「ぜったいにやるべきだな」
それからも、学院での生活やこれまであったことを互いに共有しながら、きょうの別れの時間までをすごした。
お暇しようとぼくが立ち上がるそぶりをみせた、そのときだった。
アルフレッドが、すこし寂しそうな顔をして、ぼくの名前を呼んだ。
「なぁ、リアム……」
「なに?」
「なぜ、ぼくがぜったいに気になるようなことを、話せない、話せない理由があるとまではなした」
「ほんとうは、速攻で退学してしまおう、バルト王に投げて、別の厄介ごとをかたづけてから取り掛かろうと考えていたんだけど、ミリアのあの日の提案に揺れてしまって、順序がいれかわってしまった。ぼくが、ただ、構ってほしいようにきこえてしまったかもしれないのは、その甘えが滲んでいるせいかもしれない」
「……ぼくをこんなにやるせない気持ちにさせて、どうしてだ!!!」
「そうです。わたしたちだって、表にでしゃばらずとも、なにか助けにはなれるはずです」
「順序が入れ替わった時点ではなく、いま、はなしたのは、これが救援の要請ではなくて、友人としての警告だからだ」
わなわなと震える握りこぶしを振り下ろす場所を見失いながら、顔を真っ赤にしたアルフレッドは「……そうか」と、飲み込んだ後に、「わかった。ありがとう」と、フラジールといっしょに、やさしく微笑みをかえしてくれた。
主従そろって、毅然としたその様は、成長したんだなとこちらに感慨を抱かせてくれる。
……いい友達を持った。




