26 Aur
「酒を飲んでいるのではあるまいな」
「ぼくは未成年だ!」
「常識をことごとく嘲笑する存在がルールの下にしばられる魂か」
バルトめ、本を出してもプレゼントなんてしてやんないから……ふんだっ。
「はぁ……まぁ、イドラの子やらなんやら、邪神の使徒みたいに言うけれど、それをいうならこの世界のすべてがイドラの子だからねって話でさ、イドラの子ってのは、邪神がいなくなったほころびのことをいうんだよね~。最初その言葉は人種のことを指してたりね……カヴァナの役目はその調律ってところかな。だけど、100年前はヤバかった。敵がねー……はぁ……またため息ついちゃった」
「ドラゴン王アンバーだからね」
「おお、ようやっとわたしの得意分野がきおったわ。ベルの成した偉業は魔国と妖精の友好関係の構築、および、聖戦での勝利であるからして、その使命はアンバーに備えるために世界をひとつにして立ち向かうことだったのだろう?」
「うんうん。世間では、魔王との戦いのために呼ばれたみたいな味付けにしあがってるけれども、そのあとに一緒に肩を並べて聖戦で共闘してんだからそこにツッコミいれない人たちの目は節穴だよ」
「そこが物語にいいスパイスを加えているのだろう。まちがいない」
「ベルのファンなの?」
「当然だ」
「なら、アンバーが侵攻をはじめた理由を述べてみよ、ってね」
「それはだな、ズバリ、邪神に操られ……ちがうな。聖戦では邪神の力に浸食されたアンバーは邪神の解放のために神樹をめざしたとされている。しかしこれまでのはなしからして、それはまちがった解釈になるな」
「たしかにそうですね……もしかして……」
「わたしもわかった。アンバーがめざしたのは、生命の木のほうだったのだろう?」
「つづけたまえ」
「ちょっとたのしくなってない?」
「そんなことないよ?そんな不謹慎な人間じゃないさ。すなおに感心したんだ」
「思うに、オービットが関係しているのではないか?」
「なるほど……共通点と言えば。ですが……ダメだ。僕にはお手上げだ」
「わたしもだ」
「ざんねん。ここから先は自力で答えにたどりついてもらうほかない。ぼくは沈黙でしかこたえることができない類のはなしになるから、あしからず」
そう言って、パトスに視線を送ると、正しい判断だと認める首肯が返ってきた。
ドラゴンはノードという基盤に成り立つ独自の文化を大切にしていた。神と友好関係を結び、共存できていたと思っていたけれど、実際は、すこし違う。
ノード・オービットはエデン・オービットに属する下位の輪廻となる。
それは、ケルビムが造った生命の木の枝を手折ったアンバーによって、ノード・オービットの核となる水晶にアースに馴染めるようにエデンと同期できるシステムを構築した。
そうした配慮のおかげで、ドラゴンにはドラコニスになるという選択肢があたえられ、ノードの量を抑えて、より多くの可能性を人間たちに残すことができるようになった。
ドラゴンという種の存続をかけた一戦だった。リセットするか、オロットのないケリムだけが残る地獄のせかい。
善と悪の知識の木のちかくにある生命の木を通って、神は生命の木とつながる者に語りかけることができる。
自然に溶け込んだような声を感じられる、その類の神力を扱える人間に限られるわけだが。
近からず遠からずってかんじだ。
……邪神は、生命の木を通じて、ドラゴンの魂をかすめ取った。そうして、メデューサという竜人の娘に植え付けて、両親をもろともが石となった。
さらには、勇者という善神の先兵を通して、メデューサに永い長い苦痛をあたえた。
メデューサは現世にありながら、繋縛されてしまった。
こうして、神の悪意によって、かつての平等な同盟は、不平等な同盟となった。
フレイヤが魔精霊の部分を聖剣で回収すことで、メデューサの繋縛は解けた。
……いや、解けてしまった。
そして、水晶輪廻をあたらしいドラゴン”メデューサ”が浸食した。
メデューサから経緯を聞いたアンバーは、頭に巣食うこの懸念を払拭したかった。
生命の木を壊せば、輪廻はなくなる。
さすれば、水晶輪廻の契約もまたなくなる。
創世の契約に、神たちとシエルは、アンバーが生命の木を害しないという約を契約に入れ損ねてた。
そこを突いた形で、聖戦が勃発した。
最初からアンバランスではあったんだ。
循環の止まった相互的な契約だった。
だから、聖戦の敗北をもってして、ドラゴンの滅亡は決まった。
ノードへの浸食を許し、世界へと馴染んでいき、組み込まれていくことになる。
しかしどうしたことか、そこへ、王が帰還してきた。
VOXと通じる、一部のドラコニスが活気づくのも必然だ。
ドラゴンと共存して、この100年間を世界との関係の修復に費やしてきた一部のドラコニスが慎重な見方をするのも自然だ。
ドラゴンにとってアンバーは王だ。
ドラコニスにとってアンバーは厄介者であり、目の上のたんこぶとなる。
ジブリマーレは特殊だ。彼女は、ドラコニスというコミュニティのほかに、サイレンという、さらには自分が長であるコミュニティをもつのだから、危機感が違う。
ドラゴンはハイドを歓迎するが、ドラコニスはジブリマーレなどの一部の変わり者を除くと、だいたいが、微妙な気持ちを抱いている。
「シルクの繋縛には、干渉できた」
輪廻の関係を示唆することを口走ると、パトスの電気がピリッと逆立つ。
「……おもうんだよ。オウルが減ったのなら、そのぶんを精霊王たちが出し合って負担すればいいとね。だけどそれはいやなんでしょう?ねぇ、パトス。……ただの当てつけだ。逸らないでくれ。これは事実の確認だ。シルクのファンタジアは、ノードを持つ者には効果はなかったそうだ」
「シルクのファンタジアは僕やシドには効かなかった……」
「バルトには、ゼンライカをつける」
「おいおい、わたしを電池代わりにしようって魂胆か」
「いやならいいんだ」
「いやじゃない」
決まりだ。
「しかしやっかいなものだな。ノードは魔力、もといオウルだかオロットを喰えるのに、その逆はできないんだからなぁ……はじくことしかできん」
「ん?」
「ん?なにかまちがってるか?」
「いいや。最強の肉体を持つドラゴンたちに長年鍛えられたノードは、個性をもつようになったけれど、元々は魔力と同じような作用を持つ似て非なる力、されど非して似る力。なんてったって、ドラゴンの肉体はどれも圧倒的にクオリティが高い。だけど、肉体強度は貧弱なれど、その分、汎用性の高さは人が扱う魔力の方が上でしょう?」
「その弱点がないから、アンバーは最強にして最悪の聖敵だったわけだ」
「そういうこと」
そもそも、ドラゴニスの存在自体がユシア大陸では珍しい。
現在のアウストラリアには、ぼくしかいないレベルで、お隣のサイレンのジブリマーレとベルーガも竜の里の滞在時間は非常に短かったようで、ハイドの正体がわかるまでは竜力やら竜人やら、知識もふわふわしてた。
その点では、アウストラリスとアウストラリア風に言えば、コナーたちファウストはドラゴニアとでも言うのかな。
でもそれを思うなら、過激なことを言うようだが、聖戦は、人類が敗北していたほうがよかったのではないかと思う。
だって、生命の木に属する魂でありながら、水晶輪廻に由来しないファウストは、輪廻の共鳴のエラー的な存在だ。
魂を食らって繋縛を引き起こす典型の穴にして、生命の木を機能不全に陥れる。
スラータトゥーの保持者の欲に依存するかたちになるが、勝者に受け継がれていくシステムをもつスラータトゥーは、神を喰らう力そのものである。
契約の当事者にして、はなしのわかるアンバーの方より、よっぽど、最悪な事態になる。
……天才だ。ヴィクトリア・ロマンスは、天才か?
穴だらけな契約だ。
仲介人の力不足なように思える。
聖霊王と言っても、元、人なわけだよ。それもぼくたちと同じ異世界から招かれた人間らしい。
シエル、か……。
かのじょは、どんな気持ちで仲立ちをしたのだろう……とらえどころがない。
が、ひとつ、だいじなことを忘れてはならない。
それは、アリスがナオトの知識を土台につくられているということだ。
ぼくがこの世界にたどりついたのは……最初のダンジョンたちが現れる前、ということになる。
たしか、鈴華が表舞台からすがたを消した10年ほどあとだったはずだ。
「さて。ヴィクトリアは子毒を乗り越えた子を、なぜ祝福するような後押しをした。これほど貴重な魔道具を持たせて旅に送り出したのだろう」
世界図絵を手に、思案を巡らせる。
ファンタジアは幻想の描画、バリエーションは適切な主題を示すことで機能する卓越した情報処理、ソナタは音の再生奏鳴。
魂とは、一種の魔力の引き出し口。ドラコニスは相性の良し悪しによって選別されるが、ファウストはそれを無視して無差別に種子を植え付けている。
「アメリアに埋め込まれた種子は鈍麻状態と眠りが浅く、きっかけ、例えば人にひとたび結びつけば活動状態に入るとして、スラータトゥーは休眠状態にあってとっかかりがなければ目覚めない。そのとっかかりは、自身以外の魔力の供給源を得ることではないだろうか。従属魂の水と主魂と従属魂の油と界面活性剤の繋縛という関係になるかな」
「あ─、その知識はあったかな……リレも心当たりがないらしい」
「油汚れは洗剤を加えて洗ったらよく落ちるって話」
「洗剤の界面活性剤?」
「ん、そんなとこ。エドガー、ウォルター、ラナ、レイア、妖精と人の混血は漏れなく体内に生まれつき精霊を宿していた。だったら、リアナだってそのはずだ。なのに、リアナの中には精霊の痕跡がなかった。おそらくは、ファンタジアと融合したんだ……皮肉だ。盟約によって縛られる侵略を覆すには、力による侵略をするしかない、ということだ。ヴィクトリアは反逆者として非常に理に適っている。聖霊王シエル。彼女もぼくと同じ異世界出身らしいわけだが……約に信義を慮らないのは神物の専売特許みたいなもんだ」
「ベルも同じだったから、特別に神聖視されたわけだな」
「さぁ、二人とも、僕もあがめてくれてもいいんだよ?」
「あがめられても、うかれるような君じゃないだろ」
「信義を阿らない奴だとおもわれてもいいってわけか?」
「やっぱキャンセル」
これまで神格化されていた存在を人間スケールにあわせてなじるとわずかに笑いがおきるくらいに、みんなに不信感が募っていた。ヴィクトリアも、おなじように、それでいて聖戦の当事者としてもっと深く感じたのかもしれない。
「ドラゴンにもノードによって干渉できる属性の偏りがあるように、ぼくたちにも生来の属性に由来する力しか具わっていなかった。僕は感覚強化系の無属性、リチェルカーレは風属性にそれぞれ一番の適性があったんだ。ドラゴンのノードも実はノードの属性でドラゴンの嗜好が決まっているのではなく、ドラゴンの嗜好によってノードの質が決まっているのではないかとするのならば、筋が通ります」
「それでは、神がドラゴンを真似て我々生物を生み出したといっているようなものではないか」
「可能性は否定しませんよ、バルト王。実際はどうなのかな、リアム」
「……バルト王は自らの血筋と自分の治める国の現状を振り返ってみるといいんじゃない」
「ということらしいですね」
「……明言はしなくていい。今以上に余計なことを抱えて墓に入りたくはない」
訂正する余地はあったのだが、あえて濁した。
実際は、聖霊以外が魔法を扱うシステムのルール決めの参考にした、というのがただしい。
「これで共犯だね!ふたりとも!」
「「うれしそうに親指をたてるな!」」
そういう話をしたのが、シドが捕らえられたあとの頃のことだった。
だから、ベンジャミンがシドの手にかけられたのは番狂わせだったに違いない。
「よく殺せたもんだ」
「俺がベンジャミンを殺せたのは、窒息させたからだ。吸血鬼は、なんらかの形で血を死に腐らせるか、頭を潰せば死ぬ。お前は大空の騎士の中では闇族と表現していたな。血が死に、脳が酸欠になり最後は死んだ。殴るだけだと油断したんだな。口の中に拳ごと突っ込まれるなんて思わねぇさ。で、俺のPolyohonyとMonophonyに力が宿った。Monophonyの能力は、集めた魔力をより効率的にオレに還元する摂理。Polyphonyは魔力とノードを同時に扱いやすくする補助。くそババアとくそアダムにあとから縫い付けられたHeterophonyは魔力とノード変換の増強補助」
「そこだ。意外と堅実なんだよねぇ。コナーとリレが特殊すぎるのか……」
「お前の攻撃を初対面で防げるくらいには有用な力だボケ。Monophonyの能力に当てがあったからベンジャミンと同室にさせられたんだといまなら思うくらいだ。しかしそう思うと、ベンジャミンのMonophonyは、魔族の血が濃く影響した結果だったのかもな……なんて都合のいいように考えてねぇよな」
「もちろん。ある程度、植え付ける前から望んだ結果がでるように調整できると考える方が筋が通る」
「おまえは、オレのPhonyから魂たちを吸い出したことで、コナーの中のリレを起こす、きっかけを得たんだろ」
「きっかけははじめからあったさ。いつだってやかましくてたまらない」
「……同情するよ。オレの何十万倍とか、想像しただけで狂っちまうよ」
そして、事を起こす前のシドとの最後の面会が終わり、本選を3日後に控えた日のことだ。
「これで共犯だね!ふたりとも!」
「「うれしそうに親指をたて(るな・ないでください)!」」
おなじようなはなしを、アルフレッドとフラジールの前で披露している。




