23 A moll
楽霖祭は芸の祭典。
期間中は、学生の作った芸術作品などが展示室に飾られ評価される。
アウストラリア王立学院、学生作品展示室。
リアムとカリナは二人で展示に飛び込み参加することにした。
展示台に作品を創造し、飾り付ける準備をしている。
「よくあんなノード対策を思いつくよ」
「手加減をアドバンテージにできないと、自分の能力を客観視できていないという示唆でしょう。でも、やっぱり悔しいものがあるわ。戦場では容赦無く、フェアーリルが傷つくことなんて考慮されないんだから」
「フェアーリルの擬態能力とでもいうのか、見事な分体あってこそのもので、万が一、あの中に本物がいたらと思うと手で払えなかった」
「フェアーリルのことを誇りに思ってる。フェアーリルは特に自分を再現するのが上手いのよ。だから分身と表現するよりは分体なの」
竜龍力の弱点は、魔力を基とした感知能力の欠如だ。
魔法や魔力を食ってしまうドラゴンの力だが、そこには食い合わせが介在する。
たとえば、ウーゴは音、匂い、空気の流れなど気体を通じて伝わる情報から視界に収まらない情報を感知する能力を持ってるけど、これはノード由来というより風竜という生物的特徴に依存した食材の匂いを嗅ぎ分ける感覚能力になる。
「そういえば、雹嵐の雷は使ってこなかったね」
「ヴァナヘイムのこと知ってたの?」
「友達に聞いた」
「そう。冬の雷雨の発案を完成させるヒントはね、リアムがくれたのよ。マーナの雷を制御して、雲でどんどん増幅させてしまったのでしょ?」
「そんなこともあったね」
「自然の雷は雲の中で唸っている。そのことを前提に、アリスで調べて勉強したの。私が氷晶の嵐を生み出し、分体で群れるフェアーリルにぶつける」
「電荷分離のためかな……でも電位差は生じても」
「でもそれだと十分な雷が生まれるのか、でしょ。生まれないのよ。父さんと母さんから昔の武勇伝を聞いた時に、スコルが落とした雷を想像して、同じようにマーナも雷を落とすんじゃないかなって再現しようとしたことがあった。大きな霰に細かい氷晶を当ててビリッとする魔力が生まれてるところまではいったのだけれど」
「自力でそこまでやってたんだ」
「ラナは知ってたわよ?コルトの山で雲に触れたら肌が湿った話したら、水から雷って生まれるんだねって、最初のきっかけをくれたのはラナだった」
「そう」
だからって水とマーナを結びつけて氷で雷を起こそうって発想に至るのが飛び抜けてる。
スコルとマーナ、両方の雷に触れた感想は、スコルのは夏の雷、マーナのは冬の雷って感じだった。
スコルは自ら発する熱気を上空に溜めて、一回の落雷はわずかに長く、体を焼くような、それでいて何回も雷の熱い雨を落とした。
マーナは自ら発する冷気で低い場所に雲を作り、チャージされ次第に落とす、短く体を貫く、弾倉のない銃のようなボルトアクションな雷を落とそうとしていた。
「私がヨンカと挑戦したときは、スコルとマーナって雷を体内にも溜め込んでるのか目が光ったり、体表が光ったりしてた。だったら氷晶と雷の素は私が用意してあげて、それを更に洗練されたものに仕上げるという方向性に持っていったらどうだろう。わたしはそれから雷属性の魔法の修練を積んで、霰の代わりをしてくれるフェアーリルと協働して未熟な雷を育てることにした」
「お手本は目の前にあったんだ。要は、氷の魔法というよりは、雷の魔法ということ?」
「うん。新聞には、氷の輪っかで生み出した雷でその時の相手だったライカを打ち破った風に書かれたけれど、あれは偶然に私の投げたヴァナヘイムがライカの放った雷砲を吸収しちゃって、膨張しちゃったから実は失敗した成功の結果、みたいな?でもヴァナヘイムはみんなと息があってないと完成しなかった、わたしの自慢の魔法。わたしを迎え入れてくれた母さん、父さん、リアム、ラナ、ヨンカや故郷への愛が詰まった魔法」
「だから僕には向けなかったの?」
「んーん?わたし、勝つためなら倫理観はギリギリ守るかな、くらいの人間だから。ただ、マーナの雷を奪ってコントロールしたあなたにぶつけようという選択肢はなかった。むしろノードで吸収されたらリアムを強化するだけだし。でもぶつければよかった。リアムはわたしに甘々だもん」
「納得……」
「反省なんてしないで?たとえリアムがどんな境遇にあったとしても、わたしはわたしを家族にしてくれたあなただから大好きなんだから」
「嬉しい……そこ。傾き調整するから待って」
「オッケー」
「いいよ」
黒いインクで色のついた氷で作った剣山に、マリーゴールド、デルフィニウム、そして金盞花を飾り付けて向きを調整しながら氷の彫刻の中に閉じ込めていく。
彫刻は、黒から透明へと移ろい混ざり合う。
花たちを腹の中に抱える、首や羽には種に茎や葉っぱを散りばめ納めながら、展示台の上に創作されたのは水面で羽を広げて飛び立とうとしている白鳥の氷華。
題は『卉は花に』。
「美しい瞬間を切り取ったものの、よく見ると時間が流れていることがわかる。氷華という点もまた、この作品には命が宿っていることを表してるのね」
「羽を休める水が暗かろうと、汚れていようと、散らかっていようと、きれいに咲く花のうつくしさに人の視線は惹きつけられる。実際に見えることが大事ということを花の生き様へ映し出した」
「すてきね」
「当然。僕と姉さんで作ったんだ」
作品の周りには、白鳥の形成に力を貸してくれたフェアーリルの分体たちが羽ばたいている。独りで時間をかけて作ってもよかったが、こうして時間を削り出して2次予選の前に満足のいく作品を完成させられたのは、カリナとフェアーリルの尽力があったからこそだった。
「行こう、時間だ」
「うん。観客席から見守ってる……リアム、あなたは素敵よ。舞台に立つ誰よりもあなたは人のこころを揺さぶる。そのことが観客席に座る人たちにたまらなくなるなにかを込み上げさせるのでしょう。これまでの演奏はすべて、私たちの人生の空虚さを顕にしてきた。それはきっと、これまでたくさんの努力をしてきたと思う私でさえも不快な焦りを覚えるほどに、あなたが努力してきた結果なのでしょう」
カリナが誰に語りかけているのかは明白だった。その配慮に、リアムは熱くなった目頭の放熱を堪えるように息を止めて、褒めてもらった嬉しさで震えないように我慢する。
「でも思うに、舞台慣れはあまりしてないと見た。いつまでも慣れないものなのかもしれない。そう思うから、私はあなたのお姉ちゃんとして応援するし、楽しみにしてるし、とにかくリアムが為すことの色々が大好きだからね。2次予選、そして3次予選は長丁場。気を引き締めなさい」
「わかった」
カリナがナオトを認めてくれた。
「それから……あなたのおかげで素直になれた。幼かったわたしをなぐさめてくれて、ありがとう」
たったそれだけのことが、とてもうれしくて、身の引き締まる思いだった。
ハイドやクロウたちに、こころの内を知られるのとは違った。
このカリナの居着く存在感は、そう、あの人に似てる気がする。
日登 伊颯。
鈴華のお姉さん。
自分に姉がいたらこんな感じなのだろうかと、ついつい、頼ってしまう。
同じ痛みを分かち合った仲で、心の底から尊敬していた人だった。
「──番」
1次予選、あの衝撃的な舞台に取り残されたピアノの印象は未だに観客たちの記憶に鮮明に焼きついている。
しかし、舞台上にピアノはない。
代わりに、リアムは一台のバイオリンを手にして舞台に上がった。
同時刻、妖精族の里フォールグヴァング宮殿。
里長代理のベルヴェルクは、太陽の出ている方向、山脈を超えたはるか南のカウス・バルトの方に正面どって、眉間にしわを寄せる。
「会った事もないのにどうしてそんなに怖い顔ができるのベルヴェル?いまにもくびり殺してやりたそう」
「交わることのない場所であっても、再び会おう。……ノーマ、どんな困難な約束だと思う。私は心の底から湧き上がってくるエレジーを押さえつけ、一族の一つの役目を達成できた誇らしさをもどかしくもその会ったこともない奴の舞台の成功へかける緊張に邪魔されているところだ。惜しむらくは、見届け人として観客席にいたかったと思うくらいに、わたしは成功を心待ちにしている」
お前が貸せと言ったからわざわざ宝物庫から引っ張り出した。そのバイオリンで下手な演奏したら、初対面となったその時にお前をくびり殺してやりたくなるかもな。──やっちまえ、一条 直人。日登 鈴華に故郷の音楽を聴かせてやれる奴は、この世界にお前しかいない。そう、やくそくしたのだろ。
『阿頼耶識、薫行──会葬』
まだ3次、そして本選とあるが、祭典を通して、この2次予選に選んだ曲こそは、一条 直人が最も想いを込めて演奏する曲になるだろう。
Cメジャーなダイアトニックスケールの奏でる、もっとも切ないドレミファソラシド。
君のなにものにも縛られない姿を想うと、幸せな気持ちになるよ。……そうだ。彼女の顔、表情、目、鼻、口、耳、髪の毛、声、温もり……どんな些細なことでも彼女の事を想うだけで、ぼくは幸せなのかも知れない。憂鬱なセレナードには成りえないし、あり得ないのだから。
鈴華……この曲は、一条 直人として君に送る曲だ。そしてリアムとして、観客席に届ける想いは、供う友への尊敬。
チャイコフスキー作品48 ハ長調 弦楽セレナーデ。
組曲を奏でる弦楽オーケストラを束ねるのは、一条 直人のボーイング。
その手に握られる提琴の名はソークナ ディット リエンデゥ-Saknar ditt leende-。 ソークナの愛称で世界に知られるこのバイオリンは勇者ベルが手ずから生み出して、彼女の勇壮な組曲物語を支え続けた。




