22 Menus
メルクリウス48階。
青空の下で、カリナとの模擬戦の前にアルカディアの庭を楽しむ。
「スッゲェな」
「コルトより高いの?」
「襾の雲でぼかされてるけど、あっちがケレステールの方角で、ほら、頭ひとつ高いあれがコルト。この高さだとまだ庭が低いかな。雲がないと歪みなくまんま見える。吹き飛ばそうか?」
「いえ、いいわ。襾の雲の晴れた景色は、メルクリウスを制した人の特権でしょうから。私たちにはふさわしくないもの」
「嬉しそうだね」
「なんて言ったって見晴らしがいいもの」
クッキーベルが挑戦中なのが49階のガーデナー戦であるから、その一つ下の庭を試合場とした。心なしの気遣いであるが、ウィルにもアイナにも十分に楽しんでもらえたようで連れてきた甲斐がある。
「それでは、リアムとカリナの模擬試合を始める。審判は俺!応援はアイナとエリオットとティナ!なお、応援の偏りはあるだろうが、リアムは拗ねないように!」
「んな試合前確認ある!?」
「はじめ!」
逃げたわ。ズッコイ。
「フェアーリル」
開始早々、正面に立つカリナはフェアーリルを召喚する。
鞘から剣を抜く間の時も使った戦闘態勢へと移行、引っかかりを感じさせないスムーズな所作に、カリナの真剣さがよく読み取れる。
鋭利に研ぎ澄まされた氷の針の弾幕が先行し、リアムへと襲いかかった。
大円鏡智、生滅。リアムは氷の針をすべて体で受け止めて、カリナの2撃目に備えた。
カリナの切りかかった剣の2撃目は想定より早くリアムへと届く。しかしリアムはこれを血胤の霧化によって透かし、足で剣を踏みつける。
試合でカリナの愛剣を破壊することもないだろう。
「うっそでしょ」と、カリナは追撃の剣が空を切ったことに驚いている。
「手放して。この剣はもう死んだ」
警告を送る間、想定以上のカリナの速度の秘密を靴底に見た。カリナの初期位置と現在の立ち位置の間を軸足の左足の踵すんでから伸びる一本の氷のレールが走っていた。
どんな体幹してんだか、摩擦を無視していた慣性を左の踏み込みにて制動、というより最速で切りつけるために本来は体重を剣戟に乗せるための踏み込みすら推進の勢いを殺すための相乗要素として動きに取り入れられていた。
カリナの太ももははち切れんばかりに膨張したのだろう。全身でかけるブレーキの負荷は、氷から土への摩擦差も相乗される。制動距離はカリナの足長の半分もない。同じ身体強化魔法レベルで自分が真似したら腹筋や腕の筋肉もろもろ捩じ切れるのではないだろうか。
そうこう考察している間にも、剣を握る手を緩めないカリナの攻撃は続く。自分達を取り囲む円の線上、地面を支えに鋭利な氷柱がカリナだけを避けて襲い掛かる。表皮すら貫かれずとも、見事な氷の針の筵だった。
「魔法はもっとダメだ」
さらに、カリナは剣を手放す。
絶妙なタイミングで踏みつけた剣の支えがなくなり、リアムは足ごと地面によろける。
バランスを取るために手を振り払う。振り払う腕で囲む氷柱を何本もくりぬきながら体勢を立て直したリアムの視界が、真っ青に支配された。
分体によって増殖したフェアーリルがリアムの視界に群がる。
『奇襲ではなく、あえての撹乱による間稼ぎ』
体勢を崩して、追撃するには絶好の隙を作ったにも関わらず、カリナの意図を推し量る。
「朱離」
竜力を魔力へ還元する。
膨大な魔力を感知したフェアーリルは蜘蛛の子を散らす。
視界が開けると、カリナは予備のタガーを手に握りわずかに距離をとっていた。
氷囲碁盤。
散ったフェアーリルがカリナを中心とした碁盤の目と整列し、地面を9立方mマスとした外周一辺90mほどの氷の線のフィールドを作り出す。
すでに深く息を吸い、吸い切る直前に息を止めて力んだカリナは左足を氷線に乗せて、右足で地面を蹴り、リアムへと迫った。
リアムは踏みつけていた剣から足を離して後ろへと飛ぶが、剣には目をくれずカリナはリアムへと追い縋る。
『もういちど大円鏡智に切り替えるのも芸がない。フェアーリルに群がられるだけだ』
これには堪らず、リアムは烏丸閻魔を手にカリナの剣戟へと応じる。
カリナの剣は驚くことに正面に構えられた烏丸閻魔とぶつかることなく、背後からリアムの首筋へと切り掛かった。
カリナはリアムの眼前で右足で地面を蹴って方向を転換し、左足ではマスを横断する新しい曲氷線を描きながら大きく、しかし最短の曲線を描きながら回り込んでみせた。
緩慢な速度変化に耐える異様な体幹と足先を行く緻密な氷線の生成を巧に組み合わせた立ち回りだった。
「……ティ」
切られることを悟るも、ドミナティオスへと呼びかけ最速で刃から、碁盤の外へ逃げ果せる。
『昔、新聞で見たミリアの氷のレール。インスパイア元は、コレか』
首を振りながら周りへ探りを入れるカリナのバイタリティ。
碁盤の目の外からとはいえ、勝負へのすばらしい執念に冷や汗が垂れて止まらない。
時間にして1秒ほど、リアムを視認したカリナは左足を碁盤の目に置いて、一本の氷線がマスの対角線へと敷く力業で距離を詰めてくる。
念の為に対角線上へと位置をとったのが仇となった。
だが、リアムの立ち位置は距離のある碁盤の外であることに変わりはなく……空からリアムの周囲へと青い雨が降り注ぐ。
全てのフェアーリルの分体をフィールド形成に用いず、空に一部を残して待機させていたらしい。
それだけではない。
カリナから距離が離れる場所の碁盤の目を形成していたフェアーリルたちが元へと戻って再び空へと羽ばたいて待機していた。
新しく形成されていくフィールドに対し、リアムは水の波を360°方向へと撃ち放った。
カリナはすかさず足を止めて、足首を流れていく泥水の冷たさを感じながら、悔しそうに歯噛みした。
羽が水に濡れても優雅に羽ばたくフェアーリルたちにリアムは納得しながらも、悔しそうにしているカリナを見て、自分の対応が正しかったことを悟る。
だが、甘かった。
カリナは濡れた地面に構うことなく、一本の氷のレールを生み出して、リアムへと迫った。
再び正面に烏丸閻魔を構えて応じる。
リアムが撒いた水で踏みしめる地面まで凍ってしまったことで、カリナは左のくるぶしから脛までを凍らせて、ブレーキをかけた。
今度は、互いの刃がしっかりとぶつかりあった。
「……超弦を使いなさい、リアム!!!」
力づくで、マスまで凍ったフィールドへリアムを押し出して烏丸閻魔ごと吹き飛ばすと、カリナは、試合が始まってはじめて大声でリアムを挑発した。
左足に纏った地面と繋がった氷を割りながら、顕となった赤くなった向こう脛の痛みなど感じさせない。
「シュテファン=ボルツマン……に、エンペラー」
審判を務めていたウィルは、望み通りにカリナに向けられたハンドガン型のシュテファン=ボルツマンの銃口に収まる圧縮されたエンペラーの魔装を見て何が起こるのか見当もつかない状況に思考を緩やかに走らせて体を硬直させる。
「雷刃弾、着火」
持ち手を地面と平行に構えられた銃の口径の大きさに圧縮した矢形先駆放電エンペラーを嵌め込んで、発火された銃身を満たす熱線と連結して解き放つ。
エンペラーの速度は、本来の矢形先駆放電ほどのスピードはなく、だが、濡れた地面から蒸気を発生させるほど周りを熱する線の尾っぽを引きながらカリナに迫った。
カリナは慣れたようにエンペラーの軌道を読んで避ける。
しかし、エンペラーに引っ付いている熱線が消えない。
ウィルは、握る剣のないさやの口で手を握り締める。
「路に熱線を供給し続けながらエンペラーを操作することで、対象に当てるか供給を止めることでしか止まらない、いわば熱線の限りない放出を制限しながら……焼き尽くす熱線の銃剣。俺の剣とはまた違う」
鈍いながらに、路を通じて遠隔操作による追尾で右方向から迫るエンペラーから逃げながら、カリナは臆することなく足を左方向に踏み出しながらも前へと着実に走り進める。
「危ない!!!……は、ハラハラするわ」
2人の試合を観戦していたアイナも思わず声を上げる。
エンペラーから逃げるカリナを追い込むように、リアム自身がシュテファン=ボルツマンを握りながらカリナの進行方向に合わせて手を引いたことで、円周とその中心を基にグルグル動いていたJのフック型の熱線が長さはそのままに水平方向へと薙ぐように動いた。
追尾線の描画から中心点の移動という作用に焦点を変えて迫る熱線をカリナはその下を潜ることでなんとか回避し、今度は逆方向へと走り回る。
アイナの隣で観戦していたティナは、なぜリアムがハンドガンの形で超弦を再現したのかを考察する。
「だからリアムは小さな超弦を顕現したんだ」
今度はエンペラーがぴたりと空中で静止し、リアムが右手から左手に持ち手が外側にくるようにハンドガンを持ち替えると、Jの外側にいたカリナは再びJの内側へと置かれる。さらに、エンペラーは再び伸長をはじめ、同時に銃を持つリアム自身が積極的に動くことでカリナを追い詰めていく。
「路を伸び縮み、剣のように扱ったかと思えば、はたまた曲げるなんて……」
後ろに下がるでもなく、あくまでも前へと進み続けたカリナは、熱線の囲いの中に閉じ込められる。
「鞭やリボンに近いかもね。牧杖って魔法鍵にしようかな」
リアムがシュテファン=ボルツマンを持つ手を上下に振ると、フニャフニャと熱線が上下に波を作る。
「絶体絶命」
「降参して?」
「……」
カリナはタガーを構え直すと、上空へと跳んだ。
すかさずエンペラーが後を追う。
「氷の蝶。いいね」
上空にはフェアーリルの分体が群がり、結束してカリナの足場になる程の巨大な氷の蝶を生み出した。
カリナはそれを足場に、再び跳躍する。
騎士たるもの、剣を手放せど、切り開ける道がある限り再び手にとる。
カリナの跳躍先は、リアムが最初に立っていた自分の剣が転がっていた場所。
一度は軌道を重視して、拾うことすらしなかった剣を再び拾いに行った。
無駄な行動に思える。一手でも多く、襲撃をかけるべきだったと思う。
それでも、信念を拾いに戻ったカリナの勇姿に熱く激ってくるものがある。
「人生というのは、本人が納得していればそれでいい節がある」
エンペラーの追撃を止めない。
「フェアーリル、力を貸して!!!」
カリナは己の魔力のほとんどを、自身の肉体強化へと回す。
そして、肩に止まるフェアーリルからも膨大な魔力の供給を受ける。
フェアーリルの魔力は剣へと流れていく。
精霊剣術の一つの到達点──刃。
剣に魔法を纏わせる、というより、剣を触媒として、もう一つの魔法の刃を外側に作り出した。
カリナは両刃の剣の片刃のみにフェアーリルの魔力を集中させて魔法で覆い、大きく剣を振り下ろし、エンペラーを迎撃する。
「エンペラーを、斬った」
魔装とはいえ、よくぞ正面から堂々と斬ったものだ。
「この光なに!?」
エンペラーを斬った刃が極光を放つ。
ボレアリス、そして、アウストラリスの王冠。
リアムがカリナに照準を合わせるシュテファン=ボルツマンの銃口に極光天円の環が現れる。
豊富な魔力があれば、自らを弾丸とせずとも、路を貫通する弾丸を生み出せる。
これが、ボレアリスとアウストラリス、そしてパトスと契約したかつてのアウストラリア国王、Voltageを冠した帝雷砲王ヒューズ・ギガ・アウストラリスが編み直した一つの魔法”=ギガ・カノーネ”。
「エンペラーを砕いてもあたらしい路が造られた!……カリナァ!!!」
ウィリアムの気づきとほぼ同じくして異常を察したカリナはボレアリスの光円を放つ精霊の刃を解いて霧散させる。
「降参しますか?」
「……します」
リアムが引き金を指で押す直前、かけられた言葉へ、カリナは疲労を感じながら眩む閃光に目を振り絞った笑顔で、宣告に応じた。
肩にやわらかく置かれた手の感触は、一生わすれられないだろう。
「直撃雷」
シュテファン=ボルツマンの銃口から異常な密度の電撃の放出が、帰還雷撃の速度でカリナの眼前まで迫る。
電撃はボレアリスのあった位置で止まることなく、カリナの立っていた場所から徐々に減速しながら、しかし目にも止まらぬ速度でアルカディアの庭を覆う襾の雲に穴を開けて消えていった。
穴の開いた襾は、電撃の魔力の残滓を取り込みながら夜を待たずに修復されていく。
リアムは襾の雲に穴を開いた威力に満足して、振り返る。
ドミナティオスの隣で残存魔力も少なく立つのがやっとなカリナは、寄りかかるようにリアムを抱きしめる。
「降参」
残りの一言を吐き出して、遺り切ったカリナを優しく受けとめる。
「もし、カリナが空間属性の魔法を習得したら面白いことになりそうです」
「頼もしいね」
「ええ、ですね」
肩に手を置いたドミナティオスとの仲介として、王卵が抱き止めるカリナの力になるようにと思いを込めながら、リアムは聖霊契約式を編み込んでいく。




