21 Ovum
コンクール、第一予選の終わったあと、学院の玄関にて待ち合わせをしていたウィリアムとアイナは、ひさしぶりに娘のカリナと再会する。
「久しぶり、父さん、母さん……どうしたの?」
「見違えてな。大きくなったなぁ。噂は色々と聞いてる。カリナ。父さんは感慨無量だ」
「綺麗になったわね。姉さんと兄さんの精悍な面影も感じるけれど、どこまで経ってもカワイイ盛りなのだもの。ハグさせて」
「……この感じ、懐かしい。それに……」
「エリオットよ。エリオット、カリナお姉ちゃんよ」
「はじめまして、エリオット」
「カリナをジッとみて、釘付けだな」
「抱っこしていい?」
「してやってくれ」
はじめてエリオットと会ったカリナは、ウィリアムにだっこされるエリオットの手をやさしくとっておねえちゃんとしてにっこりとあいさつをかわした。
「それじゃあいきましょうか」
「案内する」
「ありがとうな、カリナ」
合流した4人は、一条にトト&ティーナへと向かう。
「ティナとは?」
「会った。手紙通りのいい子だった」
「カリナはいい人とかできたの?」
「言い寄ってくる人とかいるんだけど、父さんのこととか話すとみんな蜘蛛の子散らすように逃げてくの」
「苦労かける」
「いいの。将来は結婚して子供も欲しいけれど今は学院でやりたいことがあるから、むしろ便利に使わせてもらってる」
「ってもなぁ……」
「いざとなったらベアが相手みつけてくれるって」
「ワーズワース家の……ハワードの派閥にありながら、世話焼きな変わった子だ。いい友達は大切にな」
「ええ。友達は大事にする」
リアムとのつながり目当ての人だとか、最近は余計な粉かけが多いから本当に便利に使わせてもらっている。
長年のリアムとの手紙のやりとりやエリシアとミリアとの婚約の件で、カリナはリアムと結ばれるような夢見からはすでに覚めていた。
婚約は破棄されたとのことだったが、別段に心残りもなく、学生生活を謳歌している……わけだが、カリナは最近のリアムの行動を理解できないでいる。
でも姉弟とはそういうものなのかもしれない。
とはいえ、家族としてリアムのことは愛している。
応援している。
あの子のためだったら、命すらかけられるかもしれない。
だから、頼りなくとも焼けるお節介は焼きたい。
トト&ティーナ、個室。
「いらっしゃい」
肉の焼けるいい匂いが適度に漂う店内、リアムとティナに迎えられて家族が揃う。
「いい店だ」
「ありがとう。みんなここでの食事は無料だから好きなの頼んで」
「いいの?」
「もちろんです」
ティナを気遣ったカリナの人となりをみて、しばらく離れていた彼女がどう成長したのかリアムはしみじみと感じとる。
「料理が来る前に野暮ったい話を済ませておきましょう。ここで提供される料理は素晴らしいものばかり。おいしくいただきたい。ティ」
「はい」
「エリオットを頼みたい」
「エリオット君を」
「ありがとうございます」
アイナからエリオットを引き取ったドミナティオスは部屋の隅に出現させた揺籠に寝かせて側に仕える。
「今日の舞台上でのこと。お聞きになりたいと思います」
リアムの口調が他人行儀であることになにかを感じ取ったウィリアムとアイナは浮きそうな口を固く結ぶ。
「わたしが勇者となったこと。それから転生者であること。父さんと母さんには前にお話しした通りです。あの姿は、昔のわたしの最後を模した姿です。話を止めたくないので姉さんとティナは今の短文から察してください」
「い、いやちょっと……え、なんて?」
「カリナ。父さんと母さんは知っていたことだ」
「リアムもあなたには話したがっていたの。けれどできれば直接、自分の口から話したいって」
「ティナちゃんは?」
「……わたしは勇者であることまでは知っていました。でも、転生者というのは、どういうことか。あれがリアムの元来の姿ということですか?」
「そうだ……リアム。どうして昔の姿で舞台に立ったんだ。だとしたら、一緒に舞台に立っていた人たちは?」
「一緒に舞台に立っていたのは、昔の記憶を魔法で再現した映像みたいなものです。ほら。ケレスはマルデルの姿をしていたでしょう。あれに近しいことをしました」
リアムはこれから話すことに関して、たったひとつだけの嘘を飄々とついた。それはなるべく、違和感なく真実にもっとも近しいストーリーを家族に語るためだった。
「ベルは別の世界では日登 鈴華さんという人で、前のリアム、一条 直人と知り合いだった……」
「この世界でも彼女は日登 鈴華であることは変わりない。私が一条 直人でありながら、リアムである理とは少し異なりますが」
「リアムがこの世界に来たのは彼女が神とそういう契約を交わしたからね」
「その通りです」
「……それで、どうしてリアムの中に命の精霊王ケルビムと竜王アンバーが同座することになるんだ」
「意味不明ね」
「ティ」
「ヴェリタスとイドラの神の世界はひとつの泡の中にあるとお考えください。泡の外には水があり、水はたとえば虚空と呼ばれます。ベルはリアムと同じ泡の世界の住人だった。彼女が聖戦でわたしの力を聖剣に乗せて切り開いた虚空への穴は奇しくも故郷の座標への道に重なるように開いた。ケルビムとアンバーが泡の外へ沈み、ほどなくして、同じ水の中に存在する別の泡の世界の方角からリアムはこの世界に招かれたのです」
「この世界からわざわざ追い出したのに……でも、命の精霊王の犠牲の上に聖戦が終結したのなら、またとない機会だったということかしら?」
「虚空に関しては、わたしの管轄外で門外漢。接するそこにあることはわかれど、わたしの能力では一方通行の暗い世界なのです。わたしはこの世界の空間の精霊ですから。……ですが、避けることもできたはずです。しかし神はあえてナオトにケルビム様とアンバーをひっかけてこの世界に招いたのです」
ドミナティオスの話に耳を傾けながら改めて思う。
新しい命をもらった手前、落とし物サルベージのために利用されるというのは許容範囲だったりする。
しかし、問題は落とし物がなにか。
爆弾抱えて生きろというのは悪意に満ちている。
「……父さん、母さん。僕のために怒ってくれてありがとう」
恨めしいように拳を強く締めていた2人を優しく絆す。2人にはその怒りを握りしめたままでいて欲しかった。
「しかし、実際には2人が僕の中に混ざってしまったことは悪いことではないと思ってるんだ」
ここからはリアムとして、VOXとLOKAの脅威について全員に情報を共有する。
「……ウソだ」
「リアナには声を上げる権利はある。僕は彼女を信じることにした。でも実際のところは真実はわからない。だから、民衆に訴求することにした。真実を突きつけるだけではダメなことがある。世論が欲しい」
リアムは一冊の本をウィリアムとアイナに差し出す。
「Rubia argyiの3作目 ”溺れるスプーン”。なぜ僕が作家なんて真似をして国内に名を売ったのか。その理由がこの3作目にある」
「青い心臓……?」
「掬うはずのスプーンが、溺れてる……発想を柔らかくして読めということか」
「溺れるスプーンの主人公のシルクにも、そしてこの物語の悪役ともに、2人に弁護のチャンスをあげる。見方で変わることは割とありふれてる。成り行きを、その目で確かめてほしい」
真っ赤なスープの中に浸かるスプーンの柄がスープを管から垂れ流す青い心臓を掬っているところを彷彿とさせる表紙の絵。こういう絵は好みではないが、内容にはそぐう。
「先入観は、誤解を招くものだ」──が、発想をやわらかくして読んでほしいという読者への期待と問題提起の、犯行と犯罪の履歴が連なる、極めて叙述に忠実な問題作である。
「VOXとLOKAに対応するために竜の里に協力を仰ごうと考えてる」
「12のハウスのどこだ」
「アンバーズハウス」
「……そうか」
「12のハウス?」
「ティナは馴染みがないか。支配者という、主だったドラゴンの住む場所のことをハウスと呼ぶ。9つはナヴァムシャを冠する強い力を持つドラゴンがいる。残りはノースノードのカプト・ドラコニスとサウスノードのカウダ・ドラコニス、そしてドラゴン王の住まいアンバーズハウス。これらを合わせて12のハウスだ。ナヴァムシャはその頂点に立つアンバーのため、ニルヴァーナ・オブ・アンバーを育てる役目を持ち、魔国ベゼルにいる光竜や今は亡きベッセルロッドの水竜が有名だ」
「父さんはハウスについて知ってるんだね」
「ああ。アンバーズハウスはかつてアンバーが支配者だったハウスだよな。アンバーが聖戦で姿を消して形骸化したしきたりだろうとも、これでもハワード出身だからある程度は勉強したさ。知ってたし、お前のことがあったから調べ直したよ」
「今は、一応この王都もそのハウスのひとつという扱いになってるわよね?」
「え……いつ!?」
「割と最近。姉さんは知りあいだったらしいね。ゼンライカ」
ベッセルロッドからゼンライカを空間召喚する。
「……シュピー」
「……寝てる」
「この子が……ルーラーなの?」
ゼンライカは寝息を立てていた。静かに触っていいかと視線をくれて恐る恐るとゼンライカをつつくティナの度胸は中々だ。
「こんなんだけど、ゼンライカは雷花を育てるナヴァムシャの一体。ついでにさっき話に出た水竜のハウスと海紫陽花が正式に風竜ウーゴに譲渡されたから、ティナが前に見たウーゴもナヴァムシャになった」
「でもそれはベッセルロッド近海だろう?」
「わたしはすこしだけど事情を知ってる。リアム、起こすわね」
「いいよ」
「ゼンライカ、起きて」
「ふぁぁあ、あら懐かしい手の電磁波だと思ったら、カリナおひさしぶり」
「ひさしぶり。ゼンライカ。ライカもライアンも心配してたよ」
「いきなりいなくなったのはゴメンだけど、ちゃんとバルト王を通して契約解除したわよ?」
「そ、そうだろうけど」
「それにライアンはわたしの威光をかざしてふんぞりかえってたから、いいきつけになったでしょ」
「擁護したいけれど……」
「ビジネスビジネス。感謝はしているけれど、契約を続ける理由もリアムが潰してくれたし、情を語るなら私は妹分のライカやあなたの方が好きだったわ」
「なにやら辛辣なこの子がニルヴァーナ・オブ・アンバーを育てるためにアウストラリスと契約した時に王都がハウス判定を受けたわけで、その後の転居を届けていないので王都はハウスのまま」
「強行したなぁ……」
「第二妃ジャネットの妹がノースノード出身の龍人で、遠く離れた別大陸のサウスノードのただの人間が王室入りしたのは、龍頭のカプト・ヘッドになる妹にアンバーズハウスまで同行したジャネットが復活したばかりのわたしの世話係についたことが発端だった。あの子には頭が上がらないけれど、尻尾を振ってるわけにもいかないの」
アウストラリアのある大陸の西にある北と南に別れるノード大陸はドラゴンたちの楽園。
ゼンライカのハウスもノースノード大陸にあったわけで、現在も雷ドラゴンたちの多くは変わらず巣食っている。
主は竜の生息域であるアウストラリア近辺では竜力と呼ばれる力も、統合的でメジャーな呼び名は竜龍力;通称=ノードというらしい。
「王族の中でのゴタゴタとはいえ……カリナには孤軍奮闘するジャネット妃の力になってあげてほしい」
「……わかった。ライカの相談に乗るくらいならできる」
「ありがとう」
「でもねリアム。わたしがいちばん力になってあげたい人が他にいるの。そのためには……」
「……力になりたい。でもティにはアラードルールといって力の行使に制限がかかってる。これは古にこの世界が創造された時にまで遡る非常に強力なテスタメントという契約による制約だ。魔装」
リアムが手に本を出現させると同時に、ドミナティオスもその手にアラードを顕現させる。
「ドミナティオスの超弦アラード……それが2つ」
「シュテファン=ボルツマンだって再現できる」
「ケルビムが中に同座するというのは、こういうことなのか」
「聖戦では、風の精霊王の超弦を再現して戦った魔族もいたらしいよ。でも、そんなところ……だけど僕のアラードに関しては記録は空っぽなんだ。ティはこの世界の隅々の空間の記憶を持つけれども、テスタメントによってその本質をアラードに封印している。例えば、アラードの記録を引き出して誰かを検索することは禁止だ。ぼくが再現できたアラードも原初のものとは異なるし、そもそも記録がないしでそういった類の能力は使えない。だけど、記憶のはっきりとした行き先さえ指定できればティに送還してもらえるし、万能とはいえないけれど、他の空間属性由来の魔法も行使できる」
一方で、ケルビムことイデアの権限を用いてアマティヴィオラでエデンに接続することで輪廻に紐づく命の行動記録を引き出すこともできる。みんなの記録もすぐに引き出せるように備えているが、なんらかの方法で姿をくらましているヴィクトリアたちは検索にヒットせず、そして、マルデルとスノーも……オービットとのつながりを切られてしまうと、手探りしかない。
「ラナたちはいま、ベゼルにいる。全員、無事だ」
「ほんとうに!?」
「ブラックとローズが力になってくれるはずだ」
カリナは心痛を慰めるように胸を撫で下ろした。
この2年、スノーの捜索に出たホワイト家の一行からの報告はない。そこでアマティヴィオラを通して動向を探り無事を確認し、ブラックに伝えておいた。
……それでもあれから1年、いまだ、スノーの救出には至っていない。
「課題を整理すると、一番の問題は、VOXから放たれたファウストへの対応になる。しかし実はこちらがとれる対策が防衛しかないという点が痛い。捜索は続けるとしても、レッドやマルデルが100年近くを費やしても発見できなかった」
進捗も芳しくない。
「だからまずは手許のドラゴンの再結束を成しておきたい」
「溺れるスプーンの発刊はいつになるんだ」
「否認という形で抵抗されれば時間がかかるだろうね。少し雑になるけれど、同時進行する」
「もしかして……」
「王家に丸っと投げる。この失態の責任はとってもらわないといけない。慈悲はない。とはいえ、確実にハワードも無関心を貫けないだろうから心配もある」
「はっきりしよう。俺たちが弱点になる可能性もあるんだな……」
「申し訳ないわ……」
「そこはほら、僕も同じ弱点を抱えてる。僕は無関心であることと無知であることには明確な違いと共に関係性に依存する交錯の性質があるように思ってる。何事もスタンス次第だよ。切り替えていこう。名前に勇者を塗ったのは僕らではない、ハワード自身なのだから」
「そうだな。ところで、他に知っておくべきことや備えておくべきことは。自分達にとっての弱点を知っておくことは大事だ」
「たしかに。想定するいちばんだるいシナリオは、アンバーの臨在が明るみになることで再び人類の敵として喧嘩をふっかけられることかな」
「あぁ、それは……」
「僕は全然平気だけど、みんなが心配だ。とくに……」
「エリオットのことは心配するな……俺たちが……」
「父さん?」
「……恨まれる覚悟はいくらでもできるが、やはりエリオットが不憫だ。こんな覚悟はいますることじゃない。最後までやりきってからだ」
「……はは。カッケェ……って顔で母さんが父さんのこと見つめてるよ」
「こらリアム!茶化さないの!」
「まぁまぁ。弱点になるか、強みになるかの己が沙汰は僕が下す。そしてそれはもちろん、カリナにも、エリオットにも、当然のようにあるべき権利だろう」
リアムのカリナ呼びに、一同は本旨に備える。
「カリナ、それからエリオットに王卵を授けたい」
ウィリアムは既にパワーズの王卵を抱いてる。
精霊と同化できるアイナは精霊の力を身に宿すと同化のスキルに支障をきたす。
ティナは獣人だから繊細なバランスで成り立っている魔力代謝に異常をきたす可能性があって、となると、家族の中でオウヴァムを与えられるのは、カリナとエリオットの2人になる。
「わたしが、眷属に?」
「王卵は本来、次の王を育てるために与えられる力の源だ。2人にはこの力を自分の身を、そして手の届く範囲の大切なモノだけでも守るための力として使ってほしい。しかし、問題は……」
「エリオットの将来を決める重大な選択を俺と」
「わたしに委ねたいのね、リアム」
「はい」
王卵を幼少の頃から抱くのと、成長してから抱くのとでは、そのあとの能力に大きな差を生む。使いこなせばこなすほど、強力な使い手として魔力を育み成長できる。
だが、デメリットも少なからずあり、例えばそれは魔力および魔法制御における緻密性の緩慢な成長、生まれつき膨大な魔力を保有していたリアムが度々経験したように、曖昧な魔力制御能力は魔法習得に憂慮すべき難解さを覚えさせる。
「保護者として、エリオットの将来に責任を持つ者同士で話し合って、後日、回答したい」
「わかった。それで、カリナ。どうする」
「わたしは受ける。ただ、リアムにお願いがある。精霊契約の関係上、関係性が微妙に変わってしまうのでしょうね。だからその前にわたしといちど模擬戦をしてほしい」
「……正直なところ、模擬戦になるかどうか」
「あなたにただ、わたしのこれまでの成果を見てほしいの」
「壁に徹する」
「それで構わない」
真剣な面持ちだったが、回答は明確に示された。
また、後日のこと、ウィリアムとアイナはエリオットに王卵を抱かせる旨を承認した。
「それじゃあひと段落したところで食事を運んでもらおう」
「わたし、厨房に伝えてきます。お水も新しいの持ってきますね」
「わたしも行くわ、ティナ」
「……ごめんね。なるべくやわらかく過激な表現はぼかしたつもりだった。食欲、まだ残ってるといいんだけど」
「このくらいで食欲減衰してたら血生ぐせぇ冒険者なんてできねぇよ」
「お腹が鳴らないように我慢するのに必死だったの」
「……ところで、父さんと母さんも娘の成長をその目で確かめたくない?」
「まぁ、そばにいてほしいの?」
「かわいいところが残ってるようで嬉しいなぁ」
「ウィル」
「ああ、アイナ……ドミナティオスさん」
「はい、なんでしょう。ウィリアムさん、アイナさん」
「カリナのこと、お願いします」
「娘をお願いします」
「無責任なようですが、わたしは力の源を授けることしかできないのです。ですが、目の届く内は見守らせていただきます」
「「ありがとうございます」」
「いえいえ」
席を立ち上がってドミナティオスに頭を下げて筋を通す両親の背中越しに、ナオトの家族もきっと同じように頭を下げただろうなと、抱える幸せと気まずさの双方を押さえつけるように瞼を閉じて音を黙する。
愛をくれる親にいつまでたっても甘えてしまいたい。
それしか愛の返し方を知らないでもあるまいし……それだけ自分勝手に振る舞っている顕著な様を自覚するところであり、しかし、それをやめるつもりはないのだから自分は幸せ者だと帰結するのは、あまりにも自分本位で状況に甘えている。
ナオトの頃からかわらない、むしろ慢性化していく自分の最大の弱さ。
なまじ優秀なことを自称していると、孤独の心中にやさしさや思いやりという他者に向ける感情を弱さだと言い訳にすることに溺れてしまう。
『ベルが守ろうとした約束を、見かけの世界平和などという制圧過程と結果が一致しない曖昧な定義にすり替えてしまっていることはわかっている。俏る。粗末な』
なぜナオトとして生を受けた、などと飛躍していく。
『ベアトリーチェに何処か辟易としていたのは同族嫌悪だったのか。狭匙で腹を切る、勇者という役目はその究極系なのだから、さもありなん。しかし現に、ルイス勇者説の提唱に反駁するだけの論拠などあるはずもなし』
浮生は散り、万般を舎すと心得て単細胞のように原始的に帰化した。平和な解決策、交渉、暗躍などといった回り道など選択肢になく直進しか選ばない運び屋がここにいて、この景色を目に焼きつけている。
因果などないようにしか見かけてないのに、因果なものだと面白く、楽しく、嬉しく感じる。
「なぜわたしは名を捨てて、なお、ここに座っている」
水槽の水底で、ひとりで考え込むイデアの姿が、ふと彷徨った懐疑を凍りづけに封じたリアムのゆらぐ脳表をかすめるように写り込む。




