19 Gala
楽霖祭の開催日前日、バルトの執務室。
「本気か──」
「……」
「……わかった」
リアムは沈黙にてバルトへ本気度を伝える。
翌日。
「楽霖祭の開催を宣言する」
バルトの宣言で2週間の楽霖祭が始まった。
リアムはオープニング・ガラコンサートが行われる音楽ホールの出入り口の扉の側に立って、一次予選の会場に客が入った状態の確認をしていた。
そこへ、聖女ドリアが近づいてきて、「こんにちわ」とあいさつと断りをいれながら、遠慮などなくとなりに立つ。
「話しかけてくるなんてどういうつもりですか」
「冷たいお人ですね」
「あなたの姿を一目見ようと、会場は立ち見まで一杯だというのに」
「2つほど、空いているようですが……」
「すぐに埋まります」
「……わたしだって、余裕というわけではないのです。ご存じかもしれませんが、結局、わたしはミリア様たちのご厚意に甘えることになりました」
「知りませんでした」
「そうですか……よろしければ、ガラの間だけご一緒しませんか?」
「喧嘩中なのに?」
「喧嘩中なのにです。わたしはあなたを知らないから、仲直りしたくなってもどうしたらいいかわからないでしょ?……あ、仲直りしなくていいって顔に書いてます」
「惜しい。アタマの”一生”が抜けてます」
「あんまり聞き分けがないと、腕を組んで連れていきますよ」
「自爆ですか」
「死なばもろともです」
わざわざ話しかけてきたドリアの笑えない冗談ありの誘いを、リアムは渋々だが受け入れて彼女に同行する。
一方、そのころ。王立学院の門前の学生街では、2人のカップルがデートを楽しんでいた。
「ほら、ピッピ魔導書店は変わってない」
「ほんとうだ。だけど、やっぱり街の雰囲気はどこか変わったな……」
「それだけ私たちが歳をとったの」
「俺はその歳だけ、アイナがもっと愛しくなった」
「わたしも、ウィル」
移ろったものと滞ったもの、そして、深まった愛情を確かめ合っていた。
「愛を深められていらっしゃるところ、水を差しますが、そろそろ入場いたしましょう」
「あ、はい。すんません」
「いえいえ。お二人が王都におられる間は必ずわたしがお守りいたしますので、思う存分に愛を深められてください」
「ありがとう。ドミナティオスさん。エリオットの世話まで」
「然るべきところに預けてあります」
ウィルとアイナは久しく訪れた王都、王立学院へと足を踏み入れる。
同時刻、妖精族の里、フォールグヴァング宮殿。
「エリオットちゃん!みーつけた!」
「ソロネ!やかましい!」
「いいじゃないですか。賑やかで」
「ドミナティオスが連れてきたんだな!?……久々にシエル様のところから降りてきたと思ったら……リアナの件もあるし、長の証の剣はわたしの手にはないし?」
「妬心深いですよ」
「憎らしく思って何が悪い。わたしの苦労の元凶のほとんどがリアムにまつわることだというのに当の本人は菓子折りの一つも寄越さない……なんだ、そんな可愛らしい目でわたしをみても絆されないぞ」
「だっこ」
「……ほらみろ!やはりリアムはわたしに負んぶに抱っこだ!」
「はいはい」
「ベルヴェルク……わたしはいま、嫉妬の炎に燃えている」
「なんだノーマ、いたのか」
「里帰りです……わたしはエリオットちゃんに一度も抱っこを求められたことがないというのに」
妖精族の里にて、長代理を任されているベルヴェルク・オーズブルーはノーマの視線に居心地の悪さを感じながらも、エリオットを抱える腕をいっそうやわらかくしめつけた。
「いま我が宝物になったこの子を抱っこしたくばいい加減にわたしのプロポーズを受け入れろ!」
「ふっ……そういうところが、リアムさんとあなたの器量の違いです」
「またあの男か!どこまでもどこまでもわたしの前に立ちはだかりやがって!」
「ふふ」
「なんだ」
「外に出ると、昔は鬱陶しかったそういうベルヴェルの変わらないところ、悪くないですね」
「グゥッ……エリオット。お前はこんな女に現を抜かすなよ。オレより器量のある男に育て」
しかしながら、ベルヴェルクの抱えていたエリオットはすでに寝息を立てていた。ベルヴェルクは、こいつはやはりリアムの弟だと将来の姿を想像して震え上がりながら、静かにベットへ寝かせた。
王立学院、音楽ホール。
有志によるオープニング・ガラコンサート。
事前に確保されていた席にウィリアムとアイナは着席し、見知ったミリアの出番を待つ。
「ミリアちゃんの番だ」
「ソロなの?」
「まだガラだからな。予選登録は、なになに。ボルテージオーケストラ。ははぁん」
「ピッタリの名前ね」
ウィリアムとアイナが席に着いたころ、ホールの2階にあるロイヤルボックス席から、祭りの間は審査員長としても参加するバルト王とその弟のブラームス公爵はガラのミリアの出番を前に、予選にも参加するミリアとその周りのことを話題にしていた。
「中等部の3年、同学年の器楽部が主体となっておりまとめ役はミリアか。楽団名はボルテージ・オルケストラ。ちゃんとわたしに媚びてきている」
「ミリアは手を抜きません。特に今回に限っては、なりふりなど構っていられない」
「それはリアムも同じようだ、ブラームス」
「火音とでもいうのか、薪が火の粉を散らし爆裂する音が耳元まで跳んで届くようだ……兄上。どうか、この楽霖祭の間だけはお目溢しください」
「熾火の爆跳の高さなど知れとる。雲より高い空から地上を見渡すわたしの視界には、昼間の大地の灰の中で燻る火種など映らぬよ」
まだ賑わいのある客席にて、早めにガラコンサートから入ったバルトとブラームスは喧騒に身を委ねる。
「次は、ノーフォーク公爵のご息女ミリア・テラ・ノーフォーク様によりますバイオリンソロの演奏です。どうぞステージへ」
「ありがとうございます」
「ミリア様は予選の方でも団体でご参加されるそうですね」
「はい」
「去年も素晴らしい演奏を聴かせていただきました」
「ありがとうございます。今回はガラはわたしのソロになりますが、予選ではもっと素晴らしい演奏を皆様に仲間たちと届けられると思います」
進行役の学生がトークで演奏者の背景を語るくらいに親しみやすいステージだ。重苦しい緊張感のあるコンクール前の安らぎのひととき。
しかし予選に進む者たちにとっては、本番前のリハーサルのようなものでもある。
であるからオープニング・ガラの申請はそこそこに多く、抽選となる。尤も、コンクール出場者の参加枠は少なく、去年はミリアも外したほどの運次第。
『今年はついてる。身内の多い審査員だけでなくお客さんの前で演奏する緊張感を少しでも取り戻して臨むことができる』
並々ならぬ思いを込めて臨む楽霖祭のミリアの気合いは去年とは異質だ。本気度は同じでも、挑む相手がひとり増えた。
わたしより小さいのに、わたしの知る誰よりも大きくて、遠い人。
「それでは演奏をお願いします」
舞台袖近くに控える司会者から離れて舞台の中央へ歩んだ。
ミリアが弓を構えると会場はしっかりと静寂に包まれる。
軽やかでゆったりとした弓使いで紡がれる音はまず一音を途切れることなく長く響かせる。
選曲は、管弦楽組曲第3番BWV1068より『アリア』。通称──G線上のアリア。
5分弱の演奏の後、会場は拍手に包まれる。
リアムはミリアの堂々とした立ち振る舞いを、ドリアのとっていたバルコニーから眺めおろしていた。
「なぜあなたは涙なされるのです」
「泣いてません」
「心では、流されているのでしょう」
「……自分の最低さに呆れることがあなたにもあるでしょう」
「つい最近経験いたしたばかりです」
舞台上で馴染みのある曲を弾くミリアの姿に、リアムは視線を外すことなく、舞台袖に退いて行っても尚、再生が終わって停止した映像のリピートが始まるのを待つかのように、残像を眼でいつまでも追ってしまう。
移ろうことを前提にした誓いこそ、結果的に強くなるのかもしれない──紅黄草の契りなんて言葉でソフィアに説く言葉がでてきたのは、美しい、ほしいと羨んでしまったソフィアの友情の在り方を、自分が大事にする人もそうであったらなというひどい願望を虚飾した、マリーを自分に置き換える自分へ向けた慰めだったのかもしれない。
苔むすよりも花咲く方が素敵だと、ぼくも心からおもう。
このとき、ソフィアのあのときの言葉こそ会心だったのだと、ほんとうに理解できた。
「ぼくが君との喧嘩を拒まなかった理由がやっとわかった気がします。ミリアは私怨だ。でもあなたとは違います。受け止める筋合いはないはずだ、そのはずだった」
「あなたの粗探しのために、頭に血が上っていて場の流れにのってしまったことは謝らせてください……」
「断ることもできたのですから、謝るならぼくがミリアに謝らないといけません。あなたとルイスには火の粉がふりかかってしまった。あなたが国を出る神託を受ける前までさかのぼった、在りし日のことです」
「手を……」とドリアの手のひらに、ポケットにつっこんでいた石を取り出してやさしく握らせるように置く。
リアムの手が離れて物が明らかになると、ドリアは信じられないものを見たという表情をして自分の手から目線を外さず、別れまで決してこちらに合わせようとしなかった。
ドリアの手に置かれたのは、7色に輝くソルナの石だ。
「思惑は多かった。召喚対象となるダンジョンという異空間にいたこと、シルクとの対峙、思いがけない身に余る力の想起。聖霊の巨大な力との融和に耐えられるように授かっていた勇者の力が必要となってしまい目覚めた。そして同じころ、与えられた神託によって急遽とりおこなわれた召喚へのまさかの拒絶だ。自分がベルにさせたことが知れてしまう。自分の醜い部分がしられたくないというわがままが起こしたもつれだ。あなたへのアウストラリア行きの神託が下ったときは、ぼくも2年前に王都にくる予定でした。ソルナによる勇者選別は苦肉の策だった。ルイスの飛び火は煽られたものであり、そうでなければすぐに消えるかかった火の粉が火元だった。しかしあなたには多くが降りかかってしまう立場にいた。勇者召喚の儀式は成功したのではなく、ただ失敗しただけだ。失敗はこちら側の都合によるものだ。手前、可愛さのことだった」
そうして次の奏者の演奏が終わるまでの時間をただ過ぎ去る時間として潰したあと、静かにリアムはホールを退場した。
「すごいな。ありゃあ……」
「綺麗な音色。私たちが知っているのは元気が溢れてしょうがないミリアちゃんだったけれど、持ち前のいいところはそのままに音から気品もいっぱい溢れてる演奏だったわ」
「音を楽しむ姿にはちゃんと面影を感じるなぁ」
ミリアがノーフォークを旅立って、リアムが家を出て2年の時が過ぎた。ウィルとアイナはミリアの演奏に拍手を送りながら郷愁に感じ浸る。
──オープニング・ガラコンサート終了。
後の休憩時間が終わり、客席が静かな熱で満ちる。
「それでは、これより楽霖祭はイナツルビコンクール一次予選を行います。1番」
1番の出場者が舞台へと進む。舞台準備の関係上、参加人数が少ない順となっている。よって、ボルテージオーケストラの出番はリアムよりも早い終盤はじめで、リアムの出番は一次予選の終盤のおわり、どちらも2日目での参加となる。
会場の席は休憩時間ごとに区切られた帯の予約制である。
ウィルとアイナは次の休憩時間までガラコンサートを楽しむと会場を退席し、楽霖祭の屋台や懐かしい校舎を巡りながら1日目の祭をしっかりと楽しんだ。




