18 Cheer blue
予備予選、リアム合格。
グラウクス出版本社。
「予選合格おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「引き続きのご躍進を楽しみにしております」
「……あの」
「なんでしょう」
「そろそろお暇しようかな〜」
「もうすこしお時間をいただいてもよろしいでしょ?」
ソフィアさん。あなたの隣で非常に怖い顔で睨みつけてくるシルヴィア王女をどうにかしてから軽口叩いて欲しい。
「シルクさん……」
「はい」
「なぜその子にべったりとひっついてるんですか」
「わたしとしては適切な距離感を保っているつもりなのですが?」
ところがどっこい、シルクことリアナは本当に適切な距離を保ってただぼくの隣に座り、正面のソフィアとシルヴィアに向き合ってるだけなのだ。
これは……ビジネスチャンスでは?
「シルヴィアさん。わたしの出版社での活動の契約だったり」
「シルクさんをダシに使うなんていい度胸してますね」
「はい。すみませんでした」
こわいよ、この空間。
「シルヴィア。あまり身構えてはいけませんよ。なんとか退席しようとしていらっしゃるリアムさんに口実を与えるようなものでしょう?」
「いや……わたしは……悔しいのと……その……ズルいのと……あのっ!」
「はい!!?」
「サインください!!!」
「……サインですか?」
ソフィアに諌められたもじもじシルヴィアがいきなり立ち上がって前のめりになるもんだから、強襲されたかと身構えてしまった。
シルヴィアが差し出したのは、Rubia argyiの図書2冊だった。
「嫌われているとばっかり」
「どれだけ作り手の性格に難があろうとも、名作が生まれてしまうときには生まれてしまうのがクリエイテェイブというものです。シルクさんを奪ったあなたが憎いのはお察しの通りですが、それとこれとは別で好きなものは好きなの……わたしの態度は無礼に映っているでしょうが、この厚顔を免じていただけないでしょうか。名前とシルヴィアへと敬称なしで入れていただけると後生大事にできるのでどうかお願いします」
「……わかりました」
「ね、シルヴィア王女は可愛いでしょ?」
「シルクさん……あ、シルクさんのサインも一緒にお願いします」
リアムはシルヴィアから本を受け取ると一筆したためる。
「リアム、これ……」
「大空の方のメッセージはリアナが書いて」
「じゃあわたしもそうサインしましょう」
リアムから流れてきた本を受け取ったリアナもまた、前に倣って一筆をしたためる。
「はい、どうぞ。シルヴィア王女」
「ありがとうございます。やった、ルビアとカレンデュラのサインの入った本が……」
「ところでソフィア王女。新しい印刷技術の開発についてなんですがね」
「ちょっと!!?どうしてサインがお二人のお名前なんですか!?」
「……だって、ねぇ?名前とメッセージをお願いされたから」
「わたしがお願いしたのはルビアとカレンデュラのサインです!」
「そういわれましても、ルビアとカレンデュラに直接仲介するようなサービスは弊社は行なっておりませんでしてです、はい」
「……これでやっぱり嫌いとか言い始めたらわたしって……ほんとうに惨めじゃないですか」
「ええ、そうですね」
「ちょっとは同情してください!」
「リアナ。この子めんどくさい」
「甘えたがりなところがまたかまってあげたくなる欲をそそりません?」
そそりません。
ほんと、ルビアとカレンデュラの姿や実名を公表してるわけでもなし、この対応が正しいと思う。
「やるべきことをやりましょう。シルヴィア王女、そしてソフィア王女。そのシルクという呼び名、いい加減にやめません?」
「……」
「わたしは便宜上、そう呼ばせていただいているだけです」
シルク呼びが業務のように言い放ったソフィアは、黙り込んだシルヴィアにゆっくりと視線を注ぐ。
「デルフィニウムは……高嶺の花です」
戻って欲しいと言いたいのに、立場を弁えて我慢している。リアナを元の花壇に返すことはできないが、なんともまぁ、応援したくなるような膝丈の蒼色だ。
業界の後輩が差し出口をきくようだけど、もっといろんな世界にも目を配ってほしい。
「世界最高の魔法使いの称号とはなんでしょう?」
「世界最高?」
「例えば、ベルでしょうか」
「ベルに勝ったあなたがそれいう?」
「ニセモノには勝ちました。正鵠は外しましたが、しかし的は射ている。それじゃあこのリアムこそが世界最高の魔法使いなのでしょうか。ならそれにふさわしい称号とはなんでしょう」
「それは……」
候補を探しながら、かつ、自身のことを理解しようとシルヴィアは必死な顔をしている。……時がしばし止まる。
「知らないからわからない。かといってわたしが作ってしまうものでもない」
「誘導が過ぎました。今、シルヴィア王女は称号の候補を探すときに、Rubia argyiの名前をふと思い浮かべてしまったのではないでしょうか」
「……どうして、わかるんです」
「僕があなたの目の前から語りかけているからです。勇者を勇者たらしめたのは召喚されたから?それとも聖剣を手にしたから?ソフィア王女の霆剣だって分類上は聖剣と呼べる。過渡し世に聖剣と呼ばれるものは多かれど、ベルは勇者でありながらただ一人」
ちゃちゃっとお茶を濁して次に移る。
「では、国内最高の魔法使いの称号は?」
「それは……」
「今度は少し意地悪してみました」
アウストラリスだ。具には王を冠するものと答えられなければならない。しかし、アウストラリアにはじぶんの婚約者ルイスのハワード家&パワーズはいるわ、その王を足蹴にしたやつが目の前で質問してくるわ、いいかげんにしてほしいだろう。シルヴィアには古風で可哀想な質問をした。
「王宮魔法士の方々も優秀な方が多く、その頂点に立たれているのはバルト王にあられましては、その象徴たるパトスの威光も相まりまして、最高の雷の魔法使いと誇りに思っています」
すばらしい。代えの利いた答えだ。父親への尊敬を方便とした。
「問答であなたが苦しんだように、重んじ慮れる最高と称号という言葉の使い勝手は実はよろしくない。頑固なものなのです。では、国内最高峰の山に上り詰めた者の名前は?」
「……ひん曲がっていますね」
「縦に連なる一つの山の頂にて、このひん曲がりがベルを咲わせた。上がないというのは寂しいものだと思いますか?」
「リアムさんも酷なお方ですわ。ミネルヴァ楽団の指導を受けている我が校の生徒たちとご自身のあの演奏を比べろというのですから」
「僕が演奏する曲の楽譜は全てミネルヴァ由来のものです。ですが、諦めるつもりはない。経験則をお話ししましょう。頂を制して上がなくとも、下がある。そこまで登るのに使った山道と違う山道を散歩することもできる。あるいは、他の山の頂を目指すのもいい。いつまでも一つの山の頂に座しておくからつまらない」
シルヴィアにじっくりと考える時間を与えるために横槍を入れたソフィアはリアムの答えに感想を言うでもなくニコニコとしたまま、隣の席のリアナを見た。
リアナはニコリとソフィアに笑顔で返した……と思った矢先に、合わさった目を外してリアムに助けを求める。
「なにを縮こまってるの」
「だって……」
ごめんなさいといってしまえばいい。
自分が楽になりたいから謝罪してるなんて責めの論理もあるが、知ったことではない。
過ったと自覚して何が悪い。
しくじった許しを求めて何がいけない。
許されなければ許されないでそれでいい。
事実上の議論の放棄なのだから、罰を共に担げないのなら楽になって離れてしまえばいい。
それでも担ぎ続けなければならない罪ならそうすればいい。
「加害者が過ちを自覚しないことこそ、最も被害者に怒りを覚えさせる行為だ」
リアナは深く悩みすぎている。自身を見失っている。ほら。前を見てごらん。
「貴重な見聞が広がりましたね、シルヴィア」
「そうだけれど……ソフィアはリアムが優勝すると思ってるの?」
「次の晩餐会献立の権利を賭けてもいいです」
「それは安すぎ」
「あら、残念」
寛恕を賜りなさいとリアナにアドバイスする口先でなんて下世話な方々だろうね。
コソコソ喋ってるつもりだろうが、丸聞こえだ。
こっちの視線に気づいたシルヴィアの口がへの字に曲がる。
そんなもんだから、見守るようについ顔がほころんでしまった。
「なんですか、その顔は」
「お腹すいたなーって」
「ご持参のものがあればご勝手にどうぞ召し上がってください。ここ、飲食禁止ってわけではないので」
「せっかくのお申し出に深く謝意を。ですがティータイムまでもう少しなので我慢します」
「あら。そうですか。てっきりあなたのことだから何かしらがポンと出てくるのかと思ってました」
「いえいえ。そんな……」
「……あぁー!もう!わかりました!ならわたしは晩餐会の献立に積み上げたエクレアの山を所望します!」
「好きなんですか、エクレア」
「あなたを見ていたらノーフォークで食べたデザートを思いだしたの。ソフィアも本人を目の前にして賭けを提案するというのもどうかと思いますよ」
「ならわたしはシュークリームの山にしようかしら」
「シルヴィアさんの方がチョコっと豪華ですね」
「なにかを失う賭けよりそのほうがリアムさんもチョコっと心穏やかでしょう?」
「ソフィア王女には参りました。ところで、シルヴィア王女。ひとつ前の会話の答えはでましたか?」
リアムは寂しさについて、シルヴィアに答えを求める。
「バルト・テラ・アウストラリス。見えない山の高さなど知ったことではないですから」
質問に答えない、いい答えだ。凛と泰然とし、背筋をのばしながらすました顔でこれまでの問答を踏襲した。未熟さは、立ちはだかる壁の影を踏んだり、不明さにぶつかったり、段差で転んだり、平地でつまづいたりして初めて知るとリアナにシルヴィアが示した。
「どんな子も親の偉大さは見て然るべし。親と子が一生の始終を重ねられないようなもどかしさは誰もが一度は抱えるものです」
暗に、ソフィアはリアナに歩み寄った。
人の抱えるもどかしさを説いたソフィアのダメ押しに我慢ならなくなったリアナは、素早く2人に一礼した後に、「シルクさん?」と、困惑するシルヴィアに間をおくことなく端を発する。
「わたしはリアナ・レッド・スピリッツです。大切な両親にもらった名前があります。しかし時にはシルクになります。それは、不自由を強いられながらも共に育った家族たちがVOXにいるからです。彼らにわたしの本当の名前を告げるまではわたしはシルクでもあるの。だからって、あなたたちにシルクと呼ばれたくない」
「ご、ごめんなさい」
シルヴィアはリアナの勢いにおされて、思わず謝った。だが、ソフィアは態度を崩さない。
「わたしは謝りませんよ。時と場合に応じただけです」
「わたしの最大の過ちは、大事な友達に名前を偽ったこと」
頑なに、両者は並び立つ。
「他にも色々とあるでしょう。強盗、教唆、暴力。非常の赦に阿った顔の厚かましい方がなにをおっしゃっているのやら」
「強盗に関しては、わたしの親の物を取り戻しただけです」
「本当に自分の親について特定できていたの?疑惑のさなかに盗んだのではないの?結果論でしょう」
「お生憎様。誰がなんと言おうと、わたしには心を通わせた親がいる」
「だから罪が赦されると自覚しているところが非常に腹立たしいのです」
「……その点に関しては、ごもっとも」
「……でしょうね」
黙りこくった2人を見て、リアムはシルヴィアにアイコンタクトをとる。シルヴィアもこちらの意図を察したようで、席を立ち上がる。
「私たちはいったん退出いたします」
シルヴィアに続いてリアムも退出した部屋の扉に、進展か、停滞するか、2人して耳を当てる。
「……ごめんなさい、ソフィア。わたしが過っていた」
「わたしは、もう誤るのはいやだから」
うっすらと聞こえてきた会話は、とても優しい言葉から再開された。
「行きましょう。あなたに会わせたい人がいるの」
「え?」
「ついてきて」
安心して扉から耳を離すと、シルヴィアは有無を言わさずにリアムを建物の別の部屋へと連れ歩く。
「お茶請けもなくいたらない応対をしてごめんなさい。ほら、わたし第三王女でハワードへ嫁ぐことが決まってるわけでしょ。一応継承権があるから、面目を保てるように跡継ぎ教育を受けたソフィアの近習としてお世話係をさせてもらっているのよ。……それが功を奏してリアナさんとも知り合えたのですけれど。お客様の対応もまんぞくにできないという主人に泥をかける行為だとわかったうえで、わたしが勝手に慮った結果です。わたしたちがいつでも席をたてるようにして、ソフィアとリアナさんの真剣な話に水をさしたくなかったの」
「エクレアは手持ちにないけれど、生クリーム入りどら焼きっていう控えめに言って最強のマリアージュデザートをもってきたんです。あとのたのしみにとっておきましょう」
「人数の先触れに配慮が足らずもうしわけなく……5人分あるとお茶請けとさせていただけるのですが」
「余分に持参してます」
「お気遣いに感謝します。こちらで用意させていただいたものは、心ばかりの品でございますが、あとでお土産として包ませていただきますので、ご笑納くださいね」
「奇を衒う暁光な会にするつもりはお互いになかったわけです。自然体でいきましょう」
「過分なお言葉をいただけて恐縮ですが……あなたと話してると、どうしても王女って部分を強調してしゃべりたくなって口調が浮くわ。リアナさんは、あなただけではなくてわたしとあなた、わたしたちの師匠です。おわかり?」
「でもリアナは」
「でももヘチマもありません。意味わかる?」
「わかります」
「……よかった。さてと。あなたにはこの子にも会ってほしかったの」
案内された部屋の扉をシルヴィアが開くと、中から出てきた侍従が応対をし、入れ替わる。そうしてリアムたちが入った部屋に残っていたのは一人の女の子だった。
「こんにちわ。リアムさん」
「こんにちわ……失礼。お名前を伺いたい」
一方的に名前が知られているケースは、ここ数年で増えてきている。ルイスの婚約者であるシルヴィアに不意をつかれたので、面倒ごとかと身構えていたのだが、同い年くらいの可愛らしい子に拍子抜けした。
「エレアです」
「……あ、ああ!エレア王女であられましたか!」
「わたしの名前を覚えてくださっていたんですね」
「シータ様とのつながりもまた、一つの大切なご縁です」
その昔、彼女は母親のシータに頼まれてお土産を手渡した子だ。……そして、現在ミネルヴァにおいてギルドで正式に記録されているアリスの司書5級を持つ超絶の天才。
「しかしながらお噂はかねがね。ミネルヴァでご活躍されている旨を聞き及んでいます」
非公式の場であるからして、王女としてではなく、人として探りを入れてみようと試みた。暗に、そうであれという牽制を入れたかったというのもある。
「ここには、あなたに会いたくてお姉様方に頼んで連れてきてもらいました」
「ご用件は」
「合理的な方なんですね」
「せっかちでしたかね。別室の様子が脳裏をよぎっておりまして」
「……レディを前に随分と、不躾な物言いです」
嫌っているわけではないが、大人を差し置いて5級司書であるというのだから警戒はしている。
「本題の前に、こちらを」
「これは……」
「Rubia argyi のサインをお願いします」
エレアに差し出されたのは、ルビアの本2冊だ。
リアムは無言のままシルヴィアの方を見やるも、「書いてあげたら」と他人事なアドバイスをくれやがった。
「ああ、なんてこと……本当に名前を書くなんて」
「シルヴィア王女にも同じ対応をいたしましたが──」
「ルビアはあなたなんですね」
「……これのどこを見て、どうしてそう思われるんです」
「一文字も携わりのない他人の著書に、所有会社の出版物だろうが自分の名前を書こうだなんて思わないはずです」
エレアの考察は根拠のない推論であったが、声の抑揚か、間か、直感的に間違っていないと語りかけてくるそんな論理を含んでいた。
「わたしに会いたかった、あなたの主題はなんですか?」
感心した。だからリアムは言い訳の一切とバッサリ捨てて、互いの意図がこんがらがる前にズバリ切り込んでいく。
「あなたはこれをどこまで想定してわたしに贈ったのでしょうか」
エレアが差し出したのは、いつの日かシータを通じて贈った土産の魔法箱だった。
蓋が開かれると、中には氷の花が咲いていた。
「話が見えないのですが」
「はぐらかさないでください」
いや、ほんとに話が見えない。
心当たりがないからと質問したら嘘だと言われると言葉に詰まる。互いが言葉に詰まる。
「エレア。もう少しあなたの想定とやらが明瞭になるよう話してあげて」
睨み合いを見かねたシルヴィアの仲介が入るも、エレアはダンマリを続ける。
そこから1分ほど睨み合っていただろうか。
「……帰っていいですか?」
「いや、ダメでしょう」
「僕は然るべき時間は割いたつもりです。これ以上は我慢になる」
「おっしゃる通り、ホストがゲストに我慢を強いるというのも良くはない。またあなたにこんなこと持ち出すのも癪だけれど、私たちはこれでもこの国の王族なの。少しは忖度してくださらない?」
「王族らしい振る舞いをしてくだされば、尊重はしましょうとも」
「よく言う……エレア。この子は本当に帰っちゃうわよ」
「帰ってはダメです」
「だったら……」
「わたしは周りが評価するほど大人ではありません」
「それは、まぁ……同い年ですし」
「だから!……わたしはあなたほど大人ではないんです!!!」
段々と潤んで、今にも涙を落としそうな目でエレアが癇癪を起こしたものだから、部屋にはシーンと次のエレアの言葉を待つ時間が流れる。
訳がわからないが、とりあえずハンカチをスタンバイした。
「シルヴィア。少し2人にしてください」
「ダメよ。それこそ同い年の男女が密室で二人きりなんて」
「しかし……よくよく考えてみたら2人でしか話せないことだったので」
「だから言葉に詰まったと」
「はい……」
「ですって」
いや、どないせいっちゅうねん。
「声に出さなくても、言葉にする方法はありますが。筆談とか」
「あ、ああ。そうですね……そうですよね」
「わたしは目を瞑ってればいいの?」
「お願いします」
「みてないからって、キスとかしちゃダメだからね」
しねぇよ。倫理観が噛み合わない相手っているよね。
エレアは氷の花を指して、『ミネルヴァ 攻略』と紙に書いてリアムに渡した。
訝しげなリアムは紙に『氷鏡』と書き足して返した。
エレアは紙に目を通すと、静かに首肯した。
それに対して、リアムはただ首を横に振った。
『ガスパー・ウォーカー』
紙を受け取りなおして、そして、一言書き加えて丸投げした。
対して、エレアの顔は険しくなる。
「シルクさんでもなくさらに別人……でも、憧れてた」
エレアが声にした一言、そうして察する。リアムはエレアの表情を前にちょっとした罪悪感にかられるも、すぐさま一笑に付す。
「それぞれの山には峰がある。峰のない山は存在しない」
「……わたしはまだ中腹にあると言いたいんですね」
「世界にあるのが、あなたとわたしだけだったらよかったのでしょうか」
「残念ながら、わたしはそうは思いません」
「わたしもです」
互いの見える場所から、位置関係を再確認した。
「さっきから話してるけど終わったのでしょう?」
「もういいです。シルヴィア」
「お付き合いいただきありがとうございました。リアムさんも、ありがとうございます」
「こちらこそ。……これ、頑張るあなたにプレゼントです」
リアムが差し出した手に茜の花が現れる。
「それから、シルヴィアさんにも」
「蒼いデルフィニウムの花……ありがとう。素敵ですね」
「いいえ、軽薄です。いつも持ち歩かれてるわけではないでしょう?」
「わかりますか。たったいま、所有する会社の一つからお取り寄せしました」
「リリウムですね」
「ご存じでしたか」
「会員証を取ろうとしたのですが、お断りされてしまいました。年齢を理由に断られましたが、あそこにはレイアさんが通われていますよね?」
「彼女は研究員です。幼馴染で、信頼関係を築いてもいます」
「へぇー。わたしも断られたましたが?」
「ハワードの関係者はすべからくお断りしております」
「ハッキリと清々しいものです。だったらソフィアが断られたのはどうしてでしょう?」
「……ご自分がたのお立場、理解されておりますでしょう。王室御用達なんて名誉を頂いてしまうと、新規開拓のための開発が滞ります」
「私たちの立場以上に、あなたはご自分のお立場をよく理解されているようですね」
「スナッフ目的でなくとも心が癒される素敵な場所だと耳にしております……わたしが成人するまでには、安定した経営をなされていることを願うばかりです。ね、庭師様」
「司書様の謎る物語はフィクションか、ノンフィクションか。どちらでしょうね」
アリスの司書というくらいだからきっとフィクションになるだろう。
「もっとちゃんと融かしてくれないと、わたしの世界の色は、あの日から移ろわないままですよ、リアムさん」
あなたが作った魔道具が早々に解けてしまえば、今日という日にわたしはこんなに心を凍えさせることはなかったのですからね。
後日。
「リーアームぅううう!!!」
「こんちわ、ガスパーさん」
「何をしでかした!?わたしのところにエレア王女からの催促状が大量に届いてるぞ!!!」
しでかしてない。彼女の狙いは故ピーター氏である。
「やはりキミのせいではないか!」
「やっぱり?」
やっちゃったかなと思ったが、新しいコネの開拓だとかなんとか言って、ガスパーの怒りをくるめた。




