14 Fifteen
15日。
「はじめてできた対等な存在に浮かれた私は友の役に立ちたくてダンジョン語の発音の方法を伝授しました。アヴェ・マリアを歌い、聖母の試験をクリアして本の試験へと進んだ私たちに待っていたのは、悲劇でした」
リアナは悲しそうに、シルクとしてソフィアとマリーという人物と共に女神へ臨んだ時のことを、2人との出会いから順を追って語り始めた。
「マリー・カレンデュラはロマンスの名家出身の女学生でした。しかし実家とは折り合いが悪く、彼女が飛び出すようにアウストラリアへ留学し18歳を迎えた頃、同じく、学院の初等部には6歳のソフィアが入学した」
「マリーとソフィア……体がゾワゾワする。いらない勘が働いてるかもしれない」
「リアムの直観はふわっと正しい。勘繰るべきはソフィアではなくマリーの方です。ソフィアは前にお伝えした通りVOXに関係はありません。私がデルフィニウムとして彼女のグラウクス出版で活動していたのは学友だったから。マリーの方も然り友人関係です」
「だったら何を勘ぐればいい?」
「マリー・カレンデュラが最初のマリーゴールド、そしてグラウクス出版の前身となるゴールド出版を起業した人物であるということ。マリーは私の作家仲間でもありました」
リアナがデルフィニウムとして活動していたことは知っている。そして、グラウクス出版からは今でもデルフィニウムの著作が発表されている。
リアナがシルクとして活動し、ノーフォークでの活動を始めたころに文筆、兼、編集として弟子を1人とったらしい。シルクが構想を話し、それを弟子が文章に起こす。『夜の庭』を含め、近年の作品はそうやって執筆されていた。
だから、シルクが指名手配された後も溜まった構想で数年間、数冊の本を世に出すことができたという。
今は弟子が作家名を引き継ぎデルフィニウムとして活動しているらしい。
リアナもそれを許している。しかしその弟子というのがまた難儀だ。
「幼いシドや他の子供たちの面倒を見ながらゴールド出版のマリーの作品に惹かれた私はデルフィニウムとして合間に作品を書き続け、次第に名前も大きくなっていった。それに目をつけた組織がアウストラリアへ私を送り学院に入学させた。今、振り返ればアウストラリア行きはナオトを探すための一環だったのだとわかりますが、当時の私はちょっぴり若かった」
リアナもシルクとして高等部へ入学した。
その時、ソフィアと出会った。
彼女からのファンレターがきっかけだったのだとか。アウストラリアでシルクとしてソフィアと面識を持つこともVOXに属する相棒からの指令だったそうだ。
「私は幼いソフィアと友達となった。ファンレターをくれたソフィアの信用を簡便に得るためにデルフィニウムであることを明かし、また、マリーゴールドのファン仲間としてマリーとソフィアの橋渡しをしたのも作家として面識のあった私でした」
そうして3人は気の合う友として、あるいは姉妹のような関係を築くこととなる。
「私は執筆を続ける傍ら、帽子屋を開業しました。世間からの評判がいいソフィアの将来に期待して繋がりが欲しい商人は私を訪ねて機嫌を取ろうとする。その中の一人がガスパー・ウォーカーだった」
帽子屋を開業したシルクの学生生活は続く。そして3人はミネルヴァでの知の探求へとのめり込んでいく。その中心にいたのがマリーだった。
「そうして探求していくうちに、あの洞窟の探究へとのめり込み、ついにマリーが洞窟の影の試験を解いた。そして、私たちは次に聖母の試験へと臨んだ。ですが……躓いた」
「マリーさんの当時の閲覧資格は?」
「4級です。それでも、アカデメイアに登録されているリストの中では最高ランクでした」
「ピーターさんのことは」
「本の試験の部屋に書き置きを残していた方」
「その人が6級になった時、ダンジョン語の発音について知る機会を得たらしい」
「……ッ……そうでしたか。やはり私がでしゃばりだった」
「リアナ、シド、コナー。VOXに所縁のある者は少なからず、どう得たのかはわからないが鈴華の記憶に触れている。アダムの書という誰かが、あるいは行方不明のヴィクトリア・ロマンスが翻訳した形で」
「ファーストチャイルドで最古参の私は、特にアダムの書の内容を誰よりも多く読み込んでいた。だから発音についても当然学んでいたし、鈴華さんは音楽を愛していた方だったので」
「アヴェ・マリアについての知識もそこにあったんだね」
「はい……任務があったとはいえ、はじめてできた対等な友達の役に立ちたかった。だから、ラテン語の発音とアヴェ・マリアの歌詞について2人に教えてしまった」
影の試験は、備えてあった日本語の紙を読まなくても機転が効けば解ける問題だった。ミネルヴァに通えば通うほど気づくチャンスがあった。しかし聖母の試験に関しては知識がなければ絶対に解けない仕様だった。
「私たちは聖母の試験を通過し、本の試験へと挑むことになった。ここから悲劇が始まった」
「本の試験ね。一応ここまで流していたけれど、ガスパーさんたちは女神の試験と言っていた。僕もそっちの方が馴染みがいい」
「それは本を掲げるあの女性の石像と関係があるのでしょうか?」
「”聖母に願い“とアヴェ・マリア。聖母への祈りは女神への取り次を願うものという面もある」
「ええ。ですが“叡智を求めよ”と続きましたよね?実際、私の知るラテン語は鈴華さんの知る曲の内に収まりますし、女神の部屋の文字のほとんどは翻訳できませんでしたが、叡智というのは明らかに石像の手に置かれた本のことを指しているのだと思っていました」
ならばとリアムはリアナに部屋の中で見た文字の意味を伝える。
「台座の文字はギリシャ語で、アテナを銘打っていた。はぁー……あの景観でアテナどこに行ったと思っていましたが、ちゃんと出会ってたんですね」
「モデルはセーマだったけれど」
「そうなんですか……日本国内、国外の神様の名前とかもアダムの書ではぼやけぼやけだったので、鈴華さんはそこまで詳しくはなかったんでしょうね。映画などで知ってた程度でしょうか」
「鈴華がそこまで詳しかったとは僕も思ってないよ。しかし、最近はダンジョン語をミネルヴァのかばん語ともいうらしい」
「小耳に挟んだ程度ですが存じてますよ……ケレステールとネイドンがかばん語であることに気づいた人物がいる」
「優秀だね。発端となったネイドンはベルのかばん語だった。そのことに気づいたということは、ダンジョンとベルの関連性を疑うには十分たり得るだろう。真実だから仕方のないことだ。でも、初期のオブジェクトダンジョンはまだミネルヴァしか回ってないけれど、突貫で作ったにしては秀作だと思うよ」
先日はクロポに不平不満をぶつけてしまったが、ガスパーから鏡の仕掛けや発音の知識が用意されていた話を聞いて難易度の理不尽さへの風当たりは弱くなった。
「だから、7番目のメルクリウスが余計に理解できない。どうしてメルヘルとかじゃなかったんだろうね」
リアムはニコニコと嬉しそうにリアナに問いかける。
「どうしてですか?」
「アルカディアの庭を巡る旅人自身がヘルメスとなって羊の群れを率い伝令を行うから、かな」
1年前、ブラックとクロウの夜。
「ずっとお前を温め続けてた」
「……それでサルヴァは」
「10年は生きた」
「忠義者だ」
「ずっとお前の帰りを待っているようだった」
「看取ってくれたんだな」
「ああ」
「ありがとよ。果報者だ……アイツは俺の誇りだ」
「……ああ」
ブラックはクロウの言葉と一緒に苦しみを飲み込みながら、静かな満月の夜の庭を散歩した。
──15日。
「メッセージは開かれた。でもね、僕は返信して自分でトークを終わらせないと不安になっちゃうタチなんだ」
聖戦以降と聖戦以前。
なぜオールドビックの面影の残るシックと共にベルが現れたのか。
聖戦の結末、私は死んでいる。
鬼籍に名前を連ねた。
私の残した旅行カバンはあなたに開かれて役目を終える。
「いろんな人の力を借りて、そして、一番大切なメッセージを届けてくれたのはリアナのお父さんだった。本当に感謝してる。ありがとう」
だから自分の人生を生きて──あなたは約束を守った。
「忘れられない約束がある。それだけはいつか果たしたい、なんの気兼ねなく両手をいっぱいに広げて抱きしめたい。めいいっぱいのありがとうを伝えるために……話が逸れたね」
「いえ……あの……もしかして寒いですか?」
「秋冬の寒気を思い出したもので体が震えた。すぐに暖かくなる」
自分の意識の奥底に静かだが怒りを感じる。あんな苦し紛れのメッセージを残すくらいしか、今のベルには自由がない。
「続けよう。女神の試験に臨んだ3人を襲った悲劇について」
「ここまでのお話から感じ取られたと思います。私たちは女神の試験で切羽詰まりました」
石像にくっつき動かない本。アダムの書の鈴華の知識では解読できない文章。
「アリスの図書館に入り浸る日々。しかし学生でもあるソフィアの本分は王女としての責務、私は帽子屋の傍に参加する一方で、マリーは作家業をほっぽり出すほどでその熱量は凄まじかった。実はマリーが執筆を始めたきっかけは、ただの趣味だった」
アカデメイアの一員として知の所収に明け暮れている最中、ふと、思いついたことや感じたことを書き留めていたことを整理してまとめ上げた時、物語のようになっていたそれを振り返って周りの人たちに読ませこれはお金になると考えた。
「カレンデュラの家名、アカデメイアの使命を忘れ、ゴールドの名前をも捨ててただのマリーとして日々、アテナと向き合い続けた結果、1年が経つ頃には彼女の財産が底をつきました。マリーの財産が尽きる2ヶ月ほど前でしょうか、私はそのことを知らずにノーフォークに向かいました。ガスパー・ウォーカーに息子のゲイルが生まれたからです」
王都を離れたシルクはそれからもマリーと手紙をやりとりしながらデルフィニウムとして作家活動を続けた。
「お金が尽きてミネルヴァに入り浸れなくなり、マリーは節制しながらゴールドとしての活動に戻った。しかしそれも一時的なものでマリーの女神の本に対する執着は煮詰まりに詰まり、倒れてしまった。マリーが倒れたことを知ったソフィアが彼女を見舞い、そこでマリーは遂にソフィアへ支援を求めてしまった。協議の末、ゴールド出版を担保にする形で、マリーは当座の金を手にし魂を質に入れた」
「……」
「黒幕が誰なのかはもうお分かりですね。マリーはまた女神の本を手に入れる日々に逆戻りした。なぜ、私が王都を離れたのにも関わらずマリーゴールドとデルフィニウムの作品の題目が似通っているのか。中身は別物ですし、世間では師弟関係を理由に解釈されていますが、単に、マリーゴールドが私が送った原稿を読んでテーマを決めていたからです。奇しくも、立場が逆転したのですが、私は特に気にするでもなく、むしろ、マリーに認められたようで嬉しかった」
だが、手紙から受け取っていた嬉しさに満ちた彩りで、酷く擦れた現実のインクの濃さが、何度もなぞって薄さを重ねた末に出来上がる汚れた文字であることにシルクは気づかなかった。
「そうして私が執筆を続けていた裏側で、マリーはお金を浪費していく。遂にはお金がまた尽きて、八方塞がりとなった。マリーはまた、資金作りのために奔走しスポンサーを見つけた。スポンサーはとある天涯孤独な資産家で、資産家はマリーのサポートをする代わりに婚姻はなしで引き取るという前提でマリーに自分の子供を産んで欲しいと願いました」
「中身もわからないものにそこまで……」
リアナは驚きを隠せないリアムにニコリと一笑すると話を続ける。
「マリーは契約の通りその資産家の子を産み、預けた」
「預けた?」
「意外なことに、子供を産んだことでマリーの心境に変化があったんです。それまで女神の本に向いていた執着が憑き物が落ちたように消えていった」
子を愛したマリーは資産家との契約を合意の上で一部書き換えた。
「結婚はしませんでしたが同じ家に住んで子を共に見守ることになりました。3人は家族となった。そうして月日は6年ほど流れます」
6年の月日の間にもゴールド出版からマリーゴールドとデルフィニウムの作品は発表され続けていた。
マリーが子を愛するようになってから、それまで代筆していたソフィアにマリーは本格的に作家名を譲ることにしたのだというが、担保の価値を守っただけとソフィアは固辞してマリーゴールドの名前を返した。
シルクもようやくそのときに初めて自分がノーフォークに渡ってからの2年間の数冊はソフィアの肉筆によって生み出されたものであること、往年のマリーの浪費癖とそこから立ち直ったことを手紙で伝えられた。
そんな時期に自分は友人たちの側にいられなかったことをシルクは悔いたそうだが、悔いたところで人形の自分にできることはなかったと開き直り祝福の手紙を送ったという。
そうして3人の関係が修復されつつある中でいよいよリアムにシルクが接触しようと考え始めた頃、シルクはソフィアに相談し弟子をとって構想と原稿のやりとりをするようになった。
「幸せに暮らしていた家族を惨劇が襲います。首に縛った跡のある絞殺された資産家の父親が自宅で発見されました」
当時、マリーと子供は一緒に庭で遊んでいたというが家の敷地内には2人以外の人の痕跡は確認されなかった。
警察は第一発見者のマリーを容疑者として、財産目当ての殺人として起訴しようとした。
しかし、マリーが殺したという証拠もまた不十分であり不起訴となった。
「父親はマリーと出会うまで天涯孤独、母親ですが婚姻関係になかったマリー。唯一、相続権のあった子供が全てを引き継ぐことになった。しかしマリーは事件への関与を疑われたことで実の子供を引き取ることはせずにソフィアに未成年後見人を頼んだ上で……どうしたと思います?」
「さぁ……」
「マリーは子供の奴隷となって仕えました」
「そうか……でも側にいたら身を引いた意味がないようにも思う。けれど、監護役も兼ねてはいる。それが最大限できた譲歩だった、のか……?」
「子供からマリーに支払われる金額より、マリーゴールドが稼ぐ額の方が多かったこともポイントです。奴隷期間中のマリーの稼ぎは子供へ分配された。マリーの目的は子供を守ることだったと私は信じています」
「それで父親殺しの犯人は?」
「金銭トラブルの線は徹底的に洗われましたが真っ白」
「愉快犯?」
「だとしたら家の敷地にいた母親と子供を見逃した理由はなにか。よっぽどの享楽主義者、あるいは……犯人が狙ったのは、本当はマリーだったのか」
「なぜそういう結論に至るのか……マリーの他に容疑者が挙がらなかったのか」
「まさしく!それからマリーと子供は平穏な日々を過ごしていました。しかし、時が経てば経つほどマリーの犯人に対する疑念は深まっていく。ここからはマリーと子供の顛末と共にソフィアからの手紙に書かれていた推測です」
子供の安心を願うあまりにどうしても快楽殺人の線外の可能性を捨てきれなかった。
マリーは事件の前後で自分がしていたこと、しなくなったことを篩にかけると、赤ん坊の子供の側を離れられずに唯一出向かなくなった場所があった。
それがミネルヴァだった。
子も乳離れし、執筆を再開したマリーはミネルヴァへまた通い始めていた。
「息が詰まる」
蓋然性すら検討されないような話が一人歩きしている。そう感じる。なのに息が詰まりそうになる。
かつてのトップクラスの研究者が戻ってきたことで割を食うものもいたのかもしれない。
嫉妬かもしれない。
「いずれにしても、看過できない。人が一人、すでに死んでいる。マリーは恐れたのでしょう。だからマリーは行方をくらますことにした。マリーと子供が行方不明となりました。にもかかわらず、捜索は早々に打ち切られ事件は迷宮入りとなった」
「なぜ?人が少なくとも1人死んでる事件との関連性を警察が打ち捨てた意味がわからない」
「手を回したのはソフィアです」
「ソフィア王女が?しかしミネルヴァとの関連性が見えないんで動機に見当もつかない」
「……私もソフィアの全てを信じることはできていません。私が彼女を裏切ったのだから、それを自認すればこそのことですが、ソフィアの手紙の内容を信じるならばマリーを見つけたからと書かれていました。何日間も決死の捜索をしても見つからないマリーにもしやと思い、僅かな人間しか存在を知らない女神の聖域へとソフィアは赴いた。するとそこには、部屋中に積まれた紙の山が作る壁に囲われて、あの女神様の袂で本に触れて石になったマリーの姿があった」
ソフィアの衝撃の伝言に、背筋に悪寒が走る。
……アテナの聖域の花壇には、一体の見知らぬ石像があった。
「ソフィアはすぐに石像をミネルヴァの外へ運ぼうとしましたが石像は出口を通過しなかった。かといって、石像を壊すわけにもいかない。もし死亡したという判定がされたならリヴァイブの門で復活するはずだから。なのに石像はそこにあった。その意味とは……マリーはミネルヴァに囚われた」
聖域に積み上げられた紙の山はマリーがミネルヴァに執着していた頃に積み上げた成果だった。
ソフィアはマリーのレポートを全て聖域の外へと出し夜の0時を以ってして処分し、マリーの石像を最初に3人で残した書き置きとピーターたちの書き置きと共に、女神の聖域に安置した。
「亜空間には?」
「ダンジョンの囚人は空間を越えることができなくなる。ユノでもそうだったそうです」
「そうか……」
「マリーの考えとしては、死ぬのは嫌だ。じゃあ安全に自分を隠せる場所は?自分を狙う人物もダンジョンに囚われてしまえば手出しできない。それにあの聖域にたどり着くほどの知者ならば自分ごときに嫉妬などしないだろうとか、いずれ訪れる完全攻略されたミネルヴァのその日に立ち会えるとか。そしてそれを果たすのは、もしかしたら自分の娘かもしれない。そうなったらすっごく、ドラマチックかもね……こんな感じでしょうか」
「とんでもない賭けにでたもんだ。しかし、やはりソフィア王女が失踪扱いを辞めさせた理由には足りなくない?子供が不在者のままだろう?」
「石となったマリーの手に紙が握られていた。子供は王都の外へと送り出した。行方については不明だったそうです。こうなると探すのではなく信じるしかなくなる。盲信でも……ソフィアはかつての友人のわたしに送った相談の手紙の返信を待つ日々。しかしそれからほどなくして、大量の構想資料が届くとパッタリとわたしとも音信がとれなくなります。その時点でソフィアはわたしの罪について知ったのでしょうね。その1年後に、ファウストのシルク・ハッターが公に指名手配されることとなります」
「タイミングが仕組まれたように最悪だ」
「ええ。ソフィアの怒りと悲しみはどれほどだったでしょう。2人の友の事件を受けて、ゴールド出版は事業を狭い王都の学徒界隈から国中へ拡大しグラウクス出版と新生された。そしてマリーゴールドの最高傑作と名高い『脅告-きょうこく-』が大きく羽ばたき国を席巻する。私が送った大量の最後の資料を素にデルフィニウムも活動を続け、2人の名前は世間に知れ渡ったのです」
マリーとシルクの過去作の人気にも火をつけて。
「脅告は、ソフィアが疲弊していくマリーに対する思いを書き綴ったお話だった。そうしてマリーを失って、挙句に私の指名手配。タガが外れ、グラウクス出版として名を変えた。ひどいお話でしょ……散々振り回したマリーもマリーですが、もっと最低なのが、過去にマリーから送られた手紙を読んでも字の薄い手紙をソフィアがナゾって私に心配をかけまいとしていた健気さに私が気づけなかったこと……ソフィアはやり返しただけ。私が時たまにシルクであることを思い出すのは、未練たらしく思い出と諦めを折衷しようにもしきれていないから」
「ソフィア王女に会いにいくか〜……はぁ、気が向かないなぁ」
「剣先を突き合わせた仲ではないですか」
「茶化すな。そうじゃなくてデルフィニウムの方にも言及する事になる。彼女を話題に出すのはね。嫌われてるみたいというか、嫌われた理由が目の前でなに茶化してんだというか」
「現マリーゴールドと現デルフィニウムの正体を知るのは私とあなただけですよ。ワクワクゾクゾクしませんか?」
「ゾワゾワしかない。現デルフィニウムのシルヴィア王女はミリアたちと同じ学年なんでしょ。パトリック様の結婚式の時に一回、顔を合わせたけれど言葉を交わすことなくむしろ睨まれたわ。てっきり、父さんの息子として嫌われてたと思ったのだけれど……そういや、仏頂面のシルヴィア王女がルイスの婚約者だって教えてくれたのソフィア様だった」
「うまく隠したものです。わたしもシルヴィアとの出会いにはソフィアの紹介があったんですよ。自分もサポートするから弟子にしてみないかって。最初はアカデメイアの資料探し役に過ぎなかった少女が、あの若さでここまで大成するもんですから私がいちばん驚いてますよ」
「大好きな師匠が指名手配される事件を報告し犯人だと主張する連中だから目の敵にされていたなんて……わかるかぁ!」
「その件に関しても全面的に私に非があるわけでして、申し訳ない」
「反省してる?」
「してますしてます!どのくらいか反省しているかというと……私の胸の内を表現するのならあれですアレ!」
「言わなくていい……そういえば、これ、リアナが書いたんでしょ?それともシルヴィア?」
「武功夜話。懐かしいですね。それ、娘さんの卒業式を控え王都に滞在していた鈴屋夫妻にどうしても書いて欲しいと頼まれたんです。まだ私がシルクとして王都にいた頃の作品です。私がお話を受けたのはおもてなし目当てですね。ベルが愛した味、あなたに馴染みのある味を知りたかったのもあります」
「にしては海咲さんや葵さんはシルクにひと騒動あっても特にコメントしてなかったけれど?」
「正体がバレると困るので顔バレには気を配ってました。夫妻の方はお面を被った上に時代劇の襖越しのようにカーテン越しでお話しするよう対応しましたね。葵さんの方は近づかないようにしていました。彼女のお姉さん、パトリック様についてる忍だったでしょう?せっかくガスパーさんを蓑にして齷齪調査の下準備をしてたのに、迂闊に近づいて逆に素性を調査されたりしても、ねぇ。触らぬ神に祟りなしってやつです。少しでも災いとなることは遠ざけないと」
「……本当に反省してる?」
「はい!反省してます!どのくらい反省しているかというと」
「……」
「……あれ、ツッコまないのかな?」
「反省の深さを訴求し比喩するほど軽い態度はない。それは相手を満足させるためにする喧しいまやかしだ」
「脅告。読んだんですね」
「ライバルだから」
リアナはまだまだシルクのやらかしを叱られる立場にある。……嬉しそうに細めた目の奥には哀しみが淡く透き通っているが、面と向かって悪くない顔で笑ってくれているいまの姿に僕は悪くない喜びを感じ取っている。




