13 Fourteen
4月14日。
「会社の話はこのくらいでいいだろう。それで、私に聞きたいことがあるんだったな。リアムくん」
「はい。ガスパーさん」
4月15日。
「健康そのものですが、強いていえばあなたと会うと胸の高鳴りが抑れず」
「さて。それじゃあ聞かせてもらおうかな。ミネルヴァの女神の間のことについて」
「つれないですね……」
リアムは日を分けて、ガスパーとシルクにそれぞれ女神の間で見た記録について訊ねる。
14日。
「懐かしいな。あそこでだけはメモが夜の0時を過ぎても消えないことに気づいて残したんだ。影の仕掛けを解き、聖母への祈りを届けたまではよかったのだが手詰まった。あのインクに触るとリヴァイブヘ送られてしまう。かといって、目星しい物はやはりインクを垂れながす女神の像の本だけ。結局、本を手中に収めることなく我々は諦めた」
「触れなかったんですか?」
「棒でつついたりしたのだが、石像の一部のように全く動かなかった。それどころか本に触れた物が石になってしまったんだ。そんなわけで安易に手で触れようとピーターはしなかった。あの女神が……アテナだったか。アテナなら、盾を持っているはずだとか、石になるなら鏡が必要だとかぶつぶつ言ってたな。私たちは段々と付き合いきれなくなって逃げたので、本の謎についてはそれくらいしか語れないが」
「あの。確認いいですか?石像というのは本を持った噴水の、ということですか?」
「そうだが」
早くも違った答えが返ってきた。
「ガスパーさんに聞きたかったのは、ピーターさんはどうやって聖母への祈りを達成したのかです。ダンジョン語の意味や発音をどう攻略したのでしょうか」
「ピーターはアカデメイアに登録していた級の更新を止めていた。高い級ほど研究費が出るが、カストラ様がスポンサーをしていたから必要なかったのだ。6級に至ればクロポが遣わす小夜啼鳥が発音の仕方を教えてくれる。9級に至るまでに鳥の彙は増えていき、ピーター曰く、1匹につき1つの言語をしゃべるらしい。私の知る限り、そこまで至ったのはピーターただ1人だがな」
飛び級したので既知のはなしとして相槌は打てないが、話を続けよう。
「それじゃあ意味は?」
「それは……言えない」
「どうしてもですか」
「ピーターが発見した方法だ。知っているのも私とカストラ様だけだ。他にも知っている奴らもいるやもしれんが、大きく広まっていないということはそういうことだ」
「ガスパーさん。僕は生まれつき知の書のスキルを持って生まれました。ですからダンジョン語は読めるし発音もできるんです」
自動翻訳のスキルもあるが、これはこの世界の言語を翻訳するもので、日本語などを翻訳するためには使わない。今となっては、なぜこっちの世界の言語が理解できたのかも判明したわけだ。
「それに僕は、石像の本を手に取りました」
「本当か!!?」
「ええ。本を手にすると奥の扉が開き、丘の上に出ました。そこでクロポに水時計の試験を受験するか否か問われました。難易度は0級、1級よりも簡単だと」
「やはりあの隙間は扉だったのか……そうか。すでに我々よりも深く知っているのか。だったら話してもいいのかもしれん」
ガスパーは徐に目を瞑り、ティーカップを手に取って一口の紅茶で喉を流した。
「アリスの書物は、我々が日常で扱う言葉で書かれているだろう」
「はい」
「では、人によって言語が変わるということは知っているな」
「……初耳です」
「それでどうやって……まぁ、知らなくてもいいことではあるな。夜の0時を回るまで、最初に本を開いた人物のネイティブな言語で本が内容を示す。不思議だろう」
「ええ」
「ピーターも同じ気持ちを抱いていた。きっと基礎となっている言語があるはずだ。ミネルヴァではインクで記そうと、石板に掘ろうと外に持ち出せば文字は全て抜け落ちる。持ち出せるのは知の書に写した知識の記憶のみ。……本当に、偶然だったんだ。探せども探せども見つからない言語、そしてダンジョン語、近年はミネルヴァのかばん語ともいうが、読み方も意味もわからない言語があるのみ。それに苛立ったピーターは何を考えたのか本を切り裂いたら中身が出てこないかとトチ狂うまで追い詰められた」
「本を切り取って持ち出そうとした人とかはいなかったんでしょうか?」
「本を傷つけたるどころかペンで点を打つだけでも容赦無くリヴァイブに送られるのだが……最初に説明されなかったか?」
「……初案内、まだ受けてないもので」
「それであの部屋に辿り着いて本まで手にしたのか……呆れるな。もしピーターが生きてたらお前を串刺しにしてたかもしれない……冗談だ。あいつは人に手をあげることは絶対にない。力に熱を上げるようなやつじゃなかったからな」
「ラディやあなたのお話から人となりが見えてくるようです」
「ああ。そのピーターが図書館の中でナイフを手に取ったのだから相当だ。だが、ピーターの振り下ろすナイフは紙を傷つけるすんでのところで止まった。やはりアイツにはできなかった。恨むほど、愛していたからだ……その愛がピーターに新しい発見をもたらした」
ガスパーは一息ためて、ピーターの発見について語る。
「ナイフの側面には、傷つけようとした本のページに書かれた文字が反射していた、はずだった。その鏡の中の文字はこれまでピーターが読むこともできなかったダンジョン語へと置き換わっていたのだ」
本の文字と鏡の中の文字が違った……?
「プリズマ」
「そうだ。ミネルヴァの入り口であるプリズマには裏と表で景色が反転していただろう。にもかかわらず、表からしかダンジョンには入れない。では裏の世界はどこにあるのか。それはダンジョンの中の鏡の世界にあった」
リアムが思い出したのはミネルヴァの景観を映し出していた入り口のプリズマの表と裏。
「誰も気づかないんですか?」
「気づいたとしても、はまさに目の前にいい例がいるだろう。だが気づけないのか、に関しては図書館へのノートとペン以外の持ち込みはギルドが禁止しているのでな」
「それでも……ほら、ランタンとか」
「夜になるとやわらかな緑色の光を放つ明かりが浮遊しはじめるので光源には困らないじゃないか……まぁ、いい。万が一にでも火が延焼してしまうと困るので、ランタンなどの図書館への持ち込みもまたギルドが禁止している。ピーターはその決まりを破って図書館にナイフを持ち込んだんだ。どうだ、引いたか?」
「……ちょっと引いてます」
「私もだ。だがピーターはギルドが禁止しているのは持ち込みであって、自分は仕舞っていた物を取り出しただけ、入る時は身につけてなどいなかったなどとあろうことか言い訳し、屁理屈で誤魔化した」
「そっか……ピーターさんも空間属性魔法の心得があったから」
「だな。それっぽい理屈で私たちの糾弾を回避しようとしていたその時のピーターの焦りようは見ていて面白かったよ」
それからもガスパーはピーターについて語る。その発見をしてからピーターがぐんぐんと級を増やしていったこと。また、級を増やすごとに閲覧許可の降りる書物にはダンジョン語の占める割合が増えていったこと。
「ミネルヴァの攻略の鍵はまさしく、鏡であった。私たちの言語が鏡で写すとダンジョン語に置き換わるのなら、ダンジョン語の書物を鏡に写すと」
「自分達の知ってる言語に置き換わる」
「そうだ。読みにくさはあるが、読めるようになる。その要領で聖母の祈祷文の乗った書物を発見し祈りを捧げ、女神の名前がアテナというところまでは解いた。ちなみに、石像の本を鏡越しで見ると石像は石ではないが固まったまま動かない一人の女性を映し出した。また、鏡には溢れる水、噴水を流れるインクが透明の水となって映る。それで鏡ごしに透明の水を見ながらであればインクに触れることができるというところまでは至った。本を取ったということは女性が指に嵌めていた緑色の宝石の指環も見たんだろう」
「はい」
「ピーターは、あの指環が本を石のように石像にひっつけている鍵になっているのではないかと考察していたのだが、実際はどうなのか、聞いてもいいのだろうか」
「祈祷文を歌詞に使った歌があるんです。聖母への祈りで必要なのは、発音と旋律。それが聖母の口利きで本を女神より賜るための条件だと思われます」
「なぜだ」
「あの部屋へ続く入り口のあった場所は劇場を見下ろす形だったでしょう」
「そうか……あれで開いたからてっきり……」
「それと指環はフェイクで取ってはいけない。手に乗せられているだけのものと身につけているものとでは価値が違う。女神の物を取ろうとすれば」
「石になる。丘の上のミネルヴァの像も同じ意匠の指環を嵌めていたな。人と神の領分を弁えろということなのかもしれない。君はそこまで欲深く無かったか」
「命拾いしました……花壇の石像がなかったら危うかったですよ」
「花壇の石像?なんだそれは。私たちが訪れた時には部屋にはアテナの石像しかなかったが?」
色々なことが判明したガスパーとの会談だったが、最後には新しい謎を残してミネルヴァ談義を終えることとなった。




