11 soave
こんなワクワクとした気持ち、心が躍って、空っぽだった体に血が通い出したみたいだ。
「ぼーっとしちゃって」
「比べて失礼だなって思うんだけど、スズカとミリアってどっか似てるんだよ」
「でしょうね。好きになる女の好みが通貫しているのは、ある種のあなたらしさの証ですね」
「……好きだったのかなぁ」
「それはちょっと無理があるかと」
「だよねー……やってることけっこう重かったと思うし」
「あら、可愛らしい」
「うっさい」
ナオトの顔が真っ赤に染まるのを見て、お腹いっぱいとでも言わんばかりの満足してるんだか、居心地が悪いんだかの気持ち悪そうな顔をしてマリナは一足先に夜更けへと潜っていく。
「私はどう?一応、独身!」
「君とはもう結婚してるようなもんだろ」
「結婚以上だ。魂で繋がっちゃってる!」
「まぁ有象無象だな。俺だってナオトと繋がってるわけだし」
「嫌なこという。やはりクロウはどこかしゅきになれない」
「おいおい、俺とお前も魂で繋がっちまってる仲だろ?ん?」
「うげぇー。あいだにナオトがいるからお前とは他人だ、うんそうだ、他人他人」
「……呼んでもいないのにどいつもこいつも夢の中に出てきやがって」
「俺たちが出向くほうが都合がいいと思ったのさ」
「……ありがとう」
「おぉ!ナオトの照れと自分の照れが同時に!?」
「なかなかに得難い気分だが、うつつをぬかすなよ」
「……じゃあ、おやすみ」
お前らがたのしそうでよかったよ……しかし、浮ついた、らしくない振る舞いをした。
「夜空で月の次にかがやいて見える星が、地球の兄妹星の金星だから──近づいたり、離れたりもするけど、近くにいるときは、ずっと隣で見ていて」
喧嘩して曇ることもあるけれど、歩幅は違うだろうけれど。
しらない人生の思い出を見る夢ではなくて、ただ、身近に感じたことを整理する……夢はこういうのでいい。
王都カウス・バルト。
リアムはシド・クリミナルの独房に赴く。
「これで何艇作った」
「自分で数えてるだろ」
「お前の方のも見せてみろよ」
「ほれ」
「……ちったァ手ぇぬけ」
「手、抜いたらそっちが緩めるだろうが」
「だからそうしろ」
「暇だろ」
「あぁああああ!毎回このやりとりしないと俺は弟と妹の近状も知れないのか!?」
「うっさいな」
「なんだ?そのやる気のない態度は」
「夢見が悪くてさ。お前に会いにくる日だったからかな……妹の夢を見た」
「前世のか」
「まぁ」
リアムは丁寧に作り込まれたコントラバスを受け取って亜空間へしまう。代わりに見本に手渡したホルンも受け取って同じくしまう。
「面会できるのは?」と嬉しそうに笑いかけるリアムに対して、シドは口を閉じて椅子から立ち上がり収監された王都監獄の特別房から、現在もステディエムで生活を送るジョシュとチェルニーとの面会へと移る。
「新刊、面白かった」
「ありがとう」
「どのくらい進んだ」
「49」
「そうか……ばか、勉強の方だ」
「G4はすごい。もうそこらの大人より賢くなった気がする」
「学ぶことが多いようでなによりだ。で、気がするだけか?」
「最近、リアムがさらに遠く感じる」
「あれは比べるだけ無駄だ」
「……わたしも……」
「ルビアの話はカレンデュラに脚色された実話だ。チェルニーの作品の方がよっぽど面白い」
シドの面会の条件である付き添いを担うリアムは太陽の光を一身に受けながら、芝生のシーツに大の字で背中を預け寝息を立てている。
付き添いの代価としてシドには手慰みの楽器作りをさせている。
そんなリアムは、持ち会社のMy FIRST BOOKからルビア・アルギィ(Rubia argyi)という作家名で2冊の本を執筆した。
一冊は『星屑と藻屑』。『星屑と藻屑』はノーフォークを出発しメルクリウスを攻略するまでのリアムの記録、自伝である。登場する人物等の名前に手が加えられており、鮮烈で隠すべきところは隠しているが、最後の舞台で大きな空鯨とかつての偉大な英雄と戦うシーンが改竄のベールを木っ端微塵に砕き裂いており、目を通した者はこの本が何を元に書かれているのか察するだろう。
もう一冊は『大空の騎士 -Firmamentum-』。片親に人のルーツを持つリディア・ムスカという妖精騎士が、隔てるもののない友であるはずの精霊と契約して故郷の血と袂を分つ異端のものがたり。
世間では伏せられている人魔大戦の元となった諍いを暴露した大問題作。
信じる読者はなく、大衆には創作として受け入れられている。
だが、巷ではベルをはじめ正義を讃える一方で、悪は可哀想に描かれてきた。ダークヒーロー”All for sins”を描いた本作は読み物として目新しい部類であり、人気が出た。
「だれのために書いたのか……いらんものまで見えるのは好かん」
「カレンデュラとルビアに……嫉妬?」
「んなわきゃねぇだろ。ならおまえに彼氏ができたら張り切っちゃうぞ。そら、そこに転がってる玉の輿はどうだ。すぐに嫌われてやろう。妹に手を出そうとする男だ。道連れにしてやる」
「そんなこというともうお兄ちゃん設定のキャラ書かない」
「おれにまで飛び火してね」
「まぁ俺と心中してくれ弟よ……」
相好を崩して自嘲気味におふざけの雰囲気を消したシドは、ソッと、ジョシュとチェルニーの頬に手を添える。
「目が見えるだろうに、録音魔石だけでも十分なんだ」
「このペンで書くのが癖になってるの」
「優しい妹だ」
「魔石を用意してくれてるのはお兄ちゃんだし……」
「愛の賜物だな」
「小っ恥ずかしいからやめてくれ」
「もう、ほんとにね」
「どれ……今度会った時にいくつか代えの持ち手を用意してやる。ちょっと細いだろ」
「ありがとう」
手に持ったペンの形を触れて覚える。
伸縮自在のギグリ・ソーを操るために訓練し得た技能応用だ。魔力の残滓混じりインクで書かれた原本の字を手のひらでなぞりながら弟妹の声で読むものがたりにシドは日々の安らぎを委ねていた。
「俺だったら、辛くてたまんねぇな……」
「なにが?」
「リアム……ナオトの話だ」
「ずるい。お兄ちゃんだけわかった風で。私もミネルヴァに行けたらなぁ」
「あんなとこやめとけ。それよりいつも通り、俺が話してやるから。そうだな……今回は俺とも因縁深いアルファベット”BC”についての豆知識。といっても情報源はそこな狸だけどな」
「大丈夫なのかよ」
「なんか話したい気分なんだよ。ベンジャミンと俺の共通点って弟妹がいることくらいだからなぁ。さて、奴らの使っていたある種の暦では、紀元って一般化された基準があって、その紀元の前の時代をBCって訳すんだってさ。BCってのは数字を増やしていくほど時代を遡っていくんだと。いわば歴史におけるマイナスの符号だ。でもその時代に生きた人たちの歴史がなければ自分はもちろん生まれなかったし、自分が愛してやまなかった世界も生まれなかったってさ。世界には愛されなかったが、恨みはない、それだけは確かだと俺の中へリアムは語りかけたのさ」
「……基点を作れば、マイナスも実在するってことだね。リアムさん、いろんな授業の時によく言ってた」
「そのリアムはそんな話をして罪人になった俺たちを励まそうとしていた。こじつける方が楽なことってけっこう多いわけで、そういう話もあるもんさっ、てな。まぁなんかさ、妙に納得しちまった。諦念に近い気持ちと優しい気持ちっての?が溢れてきたんだ……事実は一つでも、スケールはひとつじゃないって」
俺の殺した奴らをアマティヴィオラを使って、レテへ直接送り届けてくれもした。
罪を犯し、贖いながら、神に祈ることさえせずとも、これだけ穏やかな時間を過ごせる。少しだけ、人生がマシになった。
「そこで、だ。いろんなスケールを学ぶのに楽器作りが役立つから趣味にしろってなぁ。調性を語りながら雑にあしらいやがって。体良く人をこき使ってきやがる。2人とも気をつけろよ。真っクロ汚ねぇ度胸してるぜ、そいつマジで」
シドはケタケタ笑いながらリアムを指さして、如何に無茶な注文ばかり押し付けてくるかを2人に愚痴る。
生き別れていた俺の弟妹との共通のつながりは少ないが、その数少ないつながりがリアムなのだから、3人で面白おかしく話があーだこーだ盛り上がる。
……罪人の手作った楽器でも響く音が出るから不思議なもんだってなぁ。
「コナーさんは雨の宮で訓練してるけど苦戦してるって」
「過程を可視化できることを覚えるのは得意だが、感覚に頼り覚える系はアイツ苦手だからな」
「そういえば来週、妖精族の里からリアナさんが帰ってくるらしい」
「体の定期診断も兼ねての本の打ち合わせか」
「次はどんな本を書くのか楽しみだね」
「……そうだな」
次はいつ、ジョシュとチェルニー、そしてもう一つの家族2人に会えるんだろうかと、シドは外の日差しの温かさを物思いに肌で感じる。




