09 smorzand
ミリアと別れてからルイスと対峙するまでに語ることはない。
自分の正体を知った日から少し経って、いくつか、自分を倒すためのシミュレーションをした。
魔力総量で上回ること。こちらより消費量を抑えると表現してもいい。あとは敵がドラゴンとか其の類。やられようによっては案外あっけなく負けそう。
ミネルヴァの西南のスタディオン。
中央には芝のフィールド、それを囲むUの字型のトラック、そして観客席。
両者は芝のフィールドにて対峙する。
「勇者。本当にやりたいなら、引くけど?」
「貴族だから、ハワードだからある責任感は当然のことだ。なりたいように、やりたいようにっていうのは、凡庸だろう。それを聞いてお前が輝いて見えるほど、自由にできることを羨ましいと思っているのだと自覚はしている。だがそんなお前に私は憧れないし、そのときその時を生きながら、自分は自分のままでありたいと思ってるんだ」
「いや、何も成し遂げてないのに偽勇者やってる奴が何言ってんの。同じように担がれたのだとしても、こちとらやらなきゃいけないの極地にいるんですけど。その上でやりたいことやってんの。平々凡々庸庸々のルイス・ハワード。受け入れてくれる人に恵まれてることの幸せをお前にも教えてやる」
リアムの言葉はルイスの図星を綺麗に射抜いた。
「ところで、僕たちのひいお爺さんのギルマンは黒体という異名で竜の翼を焼いたらしい」
「……世迷言だ」
「どのドラゴンを相手どるかにもよるが、ひいお爺さんが成し遂げたことは並ではない」
「違う、そっちじゃない!!!」
「だったら尚更だ。ルイス君が如何に祖先に泥を塗っているのかを教えよう。試合中に、僕が強くなったと君が思ったら君が強くなっただけ。僕が弱くなったと思ったら君が弱くなっただけ」
ルイス。強い輝きを放つ瞳だ。気品があって誰からでも好かれそうなオーラを醸している。
「双方、準備はよろしいですね?」
この試合の見届け人となったベアトリーチェが合図を送る。
「カウント。5、4、3、2、1──試合開始」
「シュテファン=ボルツマン!!!」
「大円鏡智」
シャープス銃型のシュテファン=ボルツマンでルイスが狙いを定めると同時、リアムの体にドラゴンの王の力が根を張る。
「点火!!!」
「白体」
熱線がリアムの眼前に迫る。ルイスの攻撃は容赦無く確実に頭を狙ってきた。ちゃんと彼はこちらを恐れている。そして迷いなく引き金に指をかけて放射した……たいした勇気だ。
ルイスの攻撃に対して、リアムは構えを一切崩さない。
にも関わらず、熱線の先端はリアムの眉間に当たると消え、喉の辺りに開かれた円から逆方向に放射された。
「パワーズ……ッ!」
「難儀だ……」
ルイスは己が熱線の下に隠れて迫る線に反応できなかった。そんなルイスとの間に手を挟んだパワーズの腕が弾け飛ぶ。
ジワリかいた冷や汗を感じて、うるさくなる鼓動を鎮めなければならないと一呼吸おいたルイスは身を挺したパワーズを気遣う。
「すまない」
「目を離すな」
「今のはゲート、ではないよな」
「自分の契約者の、ましてや分火の攻撃で自分が傷つくくらい私は柔ではない……よく学べルイス。あれがドラゴンの力だ」
オレンジ色の光に染まった後ろ髪と瞳。それに魔力が感じられないのに空気がいままで感じたことがないほどに重い。リアムの異様なオーラの代わりように、ルイスの銃を掴む腕が震える。
「もっと熱く焼け!焦がしてみろルイス・ハワード!メラメラと血の湧き上がる戦いをしようぜ!!!」
日和ってしまったルイス相手に、少し煽ってみる。
「こちとらなにがとは言わないが、メラメラ燃えている」
シャーデンフロイデまで粒微塵にしてくれる……そんなヒーローを探してる。
ルイスは正面に位置どったまま……なのに、後方に熱を感じる。パワーズもお粗末だとわかっているだろう。それでもルイスに経験を積ませようとしていると考えるのが妥当だろうか。出来の悪い光魔法と熱魔法の組み合わせでそこにいるように見せかけてる。
「詰みだ」
目の前からパワーズを残しルイスだけが消えた。
背後からの声に耳を傾ける。
「蜃気楼というか、残火か」
「降参しろ。私はお前ほど粗野ではない」
「蛮勇を煮詰めたような奴がまた水掛けてきたよ。撃っていいよ。どうせ反射する」
厳密には反射ではなく向かってきた魔法を咀嚼して、竜力にし撃ち返してるだけだ。
しかしてこれが厄介で、アンバーの化身たるリアムは呑み込める量も桁違い。さて、どう戦う。
「聖なる火。ルイス!」
「雷砲!!!!!!!」
正面のパワーズが放った火が渦となってリアムを取り囲んだ。すかさずルイスがシュテファン=ボルツマンの銃口から雷魔法を放つ。
「よりによって……!リアム!!!」
会場にはエリシア、アルフレッド、フラジール、カリナ、レイア、ティナ、そしてカレンダーとコーンもいたが、観客席から試合を見守っていたミリアが我慢できずに誰よりも先に立ち上がり、リアムの身を案じる。
炎の渦が崩れ始めた。
一部の学生たちから悲鳴が上がる。
「ベアトリーチェ、判定を」
渦から解放されたリアムの頭部は容赦ないルイスの雷砲に貫かれてしまい半分近くが欠けて、立ち上る黒い煙が痛々しく肉が焦げたことを観客に周知させる。
「ルイスさん。交流会は新入生の歓迎会も兼ねているのですから……やりすぎです」
「判定だ!!!」
パワーズがベアトリーチェに強く審判を下すように急かす。判定さえ下されてしまえばあとはなし崩しでどうとでもなると考えているのだろう。
「容赦ない挟撃。実に良かったと思います」
「あなた頭が……」
頭部が欠けながら平然と喋っているリアムに対し、ベアトリーチェの心胆を寒からしめる。
「ただ頭の一部を霧化した。まったくのノーダメージです……ほらね」
「で、ですが試合は」
「続行ですよね」
蛇に睨まれたカエルのように、リアムの笑顔に睨まれて縮こまったベアトリーチェの体の緊張が留まらず、増していく。
ベアトリーチェが一時の恐怖で逆らえなくなった、このタイミングで、リアムはドミナティオスを呼び出す。
「ティ」
「はい」
「見かけは2対1に見えるが、実際はルイスの方が圧倒的に数の不利を抱えている。控えていてくれ」
「吸血鬼の霧化までそんなに自在なのか……魔装で超弦を再現してみせたのだから、当然と考えるべきだったんだ……」
「大丈夫。手は出させない」
「お前は、私を最初から殺す気だった」
「そうだね」
「回りくどいことをして、罠の中でもがく私を惨めにさせる気だ」
「そうだろうね」
「……こんな状況で、一縷の望みを抱く私は烏滸がましいだろう」
「言ってみるといい」
「我が身は灰となりても、誇りとともにありたい。すべてを出し切る」
「ルイス。実は、君と僕との因縁はさほどない。障るのは君が勇者を名乗ってることくらいだ……取り下げる気は」
リアムに許しの機会を得たルイスは、静かに観客席にいた聖女を名乗る女、ドリアの顔を見て答えた。
「この2年のことを全て捨てられる勇気が、私にあればなぁ……」
人間、実際に喋ってみないとわからないことも多々ある。
関わりのない噂だけなら、嫌悪感を抱いたり怒っていれば楽だからそうしてる。
しかし、対話する機会があるのなら、人を見て話す。そんな分別ある人間であるつもりだ。
「なら、君に任せる。頼んだ」
リアムからかけられた想定の外の言葉に目を見開いて、「そうか……」と、こちらが察する程度の気持ちにケリをつけたルイスが、距離をとる。そして照準をしっかりと定めて、魔力を練り込む。
「聖火よ。我が血を種に燃やし尽くせ。灰の大地に崩れ落ちる灰となりて、最後に我が身は朽ち果てる──アードゥル。点火」
仰々しい言葉を並べ立てているが、まぁ、これも一種の演出だ。
未熟なルイスは自分の身すら焦がす熱を生み出すほど熟練してはいない。
とはいえ、すべての魔力を込めた一発である。
オーバーヒートに僅かに届かず、しかし常人相手では灰すら残さないほどの熱線がリアムへとぶつかり、そして、予想の枠内を外れず、白体によって反射される。
「……ッ……どうか、お許しください」
訂正。予想の枠内は外れた。
ルイスを庇うように手を広げた乱入者の胸が綺麗にくりぬかれる。
威力の減衰した放射はあろうことかシュテファン=ボルツマンの銃身に当たって外れてしまった。
「ドリア!?」
聖女らしいといえば聖女らしいのか。それともただの保身だろうか。自分の選定した勇者が負けそうなんだから、指を咥えてみてられなかったのか、それとも恋に生きる性分なのだろうか。
これにはリアムも嘲笑せずには、我慢ならない。
「どちらにしろ、献身、とも言えないただの独善だ。見ていてとても可哀想だ」
胸を貫かれたドリアが、光の粒となってリヴァイブへ送られた。
なんだかな……ルイスに真実を追う姿勢が少しでも見られたならよかったのに。
これからは、嫌でも自分に憑いた嘘と生きていかなければならない。
しかし若すぎるのも事実、だれが点けたともしれない嘘に乗っかって、恋心を抱いているのであろう想い人が自分の嘘の身代わりになって、その甲斐なく決闘に散るわけだが、トラウマだけで終わらせるのは酷だ。
「守られることしかできない……格が違う……」
「生まれつきの格とかはそう変わらないと思うなぁ。その辺は自信を持っていい。君はカラダに恵まれてるし、環境に恵まれてる。ついてきてくれる人もいるし、だから、これが終わった後に、今一度まわりを見回してみなさい。君はちゃんと人生を歩めてる。だから自分から外道に踏み込む必要はないんだよ」
「格が違わないなら、なにがチガうっていうんだ!!!」
「生まれた世界?」
リアムがルイスの頭に手を置いた。
「目をよく見ろ。僕はたしかに生きている。とにかく、血は通ってる。勇者がこれから相手にする輩も同じだ。そしてそいつらは僕と似た性質を持っている。ずっと弱いけれど、君が役目を代わってくれるのだからありがたい……」
「私は、ただ、勇者らしく常に──」
「いい心がけだ。なにぶん、自分に勇者という言葉が似合わないことは一番わかっているつもりだ。さて、パワーズ」
「その手を離せ」
「いいや、ダメだ。けじめはつける。それで、対話する気は?」
「……」
「暗い火だ。だが、たしかな熱を感じる。パワーズ。お前は僕のことが大嫌いかもしれない。だけどこちとら執着もないしどうでもいい。だからこの国を護れ。民を守れ。その中から僕だけは除外していい」
「慈悲のかけらが塵ほどはお前にもあるのか……」
「僕はリアムだが、素はナオトだ」
「そういう勘違いは最初からしてはいない」
「……末那識──死の暴力」
ルイスの意識がフッと途切れる。そうして肉体の器だけとなった体は光の粒となってリヴァイブの門へと転送されていった。
「……ナオト。あなたはとても慈悲深い」
「ティ。ありがとう。戻っていいよ」
「晩はあなたの好きなものをいっぱい用意しておきますね。では失礼」
これで後から新聞や噂でドミナティオスすら召喚せずに勝ったとか騒がれないだろう。
「……この試合、リアムの勝利……」
「おつかれっしたー」
ベアトリーチェ。この人も後輩思いのいい人だし、なんなら初対面の僕にすら気を遣ってくれるような人だったが、如何せん義憤と表裏の気遣いに成り下がってしまった。出会うタイミングが悪かった。いまは首を突っ込みたがる性分の方が目に付く。十分ビビらせたし、最後はちょっとだけ砕けてみたりする。一応、姉さんの友達だから……この言い訳はちょっとキツイかぁ。
これで、学院に未練はない。
「こんなことされたら……こんなの……乗り越えられない」
この場の誰よりも雷が輝くほどの時間を懸命に生きる人──ミリア・テラ・ノーフォーク。
「あんまりじゃない。チャンスをくれたっていいでしょ!!!」
雷轟のような声にリアムの足が止まり、駆けて、正面に立ちはだかったミリアと目を合わせる。




