チャプター5 共有
「どうした。依頼は達成したのか?」
意外にも依頼者は、ニアの呼びかけにすぐ応えてくれた。
初めは着信を無視されるかと思ったがそんなこともないらしい。
しかしそれ以外は、予想どおり仏頂面の男がこちらを睨んでいる。
「いや、あの少しトラブルがありまして」
言いにくそうに伝えたニアの言葉に、男の眉が跳ね上がる。
「…………トラブル?」
「おばあ様の住まいの近くで、強力な感染者が発生しています」
ニアはかいつまんで説明する。
無事にシェルター付近まで到着したこと。
そして荷物を受け渡す直前で感染者からの奇襲を受けたこと。
「今は一時撤退して様子を見ています。おばあ様は無事ですか?」
ニアの問いかけに、画面越しの息子に驚いた様子はなかった。
その代わりわずかに表情が曇る。
「本当か? ついさっきも娘が母とVRで会話をしたんだが」
「……え?」
予想外の返答だった。
あれだけ近くで戦闘があったのだ。
おそらくシェルターの中であっても、周囲で戦闘が起こっているくらいは感知をしているはず。
その中で、普段と変わりない日常を過ごせる人間はそうはいない。
「まさか嘘ついて煙に巻こうとしてるんじゃないだろうな?」
ニアがだまり込んだのを見て、息子の眉間に皺が寄った。
疑われている。
「おい、その言い草ふざけんじゃ──むぐッ」
「ははははは。こちらの話です。誓って嘘は言ってません。第一嘘をついて我々に得がありません」
相変わらず沸点の低い相棒のくちばしを押さえながら、必死に説明する。
「まったく母の周りは問題ばかりだな。元々は俺たち家族を置いて独りで個人用シェルターに逃げ込むような偏屈な人間だ。連絡すら取り合ってなかったのだが」
男が困ったように眉間を揉む。
確かに今個人用のシェルターに入っている者達はほぼすべてが都市型シェルターの出身だ。
つまりは何かの理由があって、都市を離れたということ。
息子であった彼は取り残された側なのだろう。
きっと複雑な思いもあるはずだ。
「何かきっかけがあったんですか?」
「娘が母の存在を知って、話したいと言い出したんだよ。電話を掛けてみたら人が変わったかのように娘を溺愛してな」
男の眉尻がわずかに下がる。
(羨ましさ……と、悲しみ?)
男の表情が複雑に変化した。人間が作る表情には、多くの感情が含まれている。
ニアにすべてを読み取ることは難しい。
「おばあ様も個人用シェルターに行って気持ちが変わったのかもしれないですね」
基本的に都市型シェルターを出るということは、二度と戻れないということを意味する。
たとえ感染していなかったとしても、都市型シェルターへの再入場の許可は下りない。
「いや、人間はそう簡単に変わらない。──だが娘にとっては良い祖母であることは確かだ」
男が言い切った。
「わたしたちも、おばあ様に荷物が届けられるように努力します。感染者についてもなんとかする予定です」
あの少女の願いであるならば、やはりニアも思いを聞いてあげたい。
だがニアの言葉を聞いて、男の表情がより険しくなる。
「その感染者との戦闘もあるのだろう? いいか、たとえ出費が増えたとしても、報酬は上乗せしないぞ。成功時のみだからな。所詮、バイオロイドだ。信用などしていない。前金を持って逃げ出したところで失望などせん」
男が報酬について念を押す。
まるで感情のこもってない声音だ。
ニアの肩の上で、くちばしを押さえられたアストラルが激しく抵抗する。
怒り狂っているのだ。
ここで解き放てば、こじれるのは確実だ。
アストラルだって、ニアと同じ精神構造を持っている。
この男の娘である少女には好感を持っているはずなのだ。
でもこんなにも嫌味を言う男に対する反応は違う。
(──思っていることと発言は一致しないってことだよね)
根っこが同じ思考形態でも、反応は千差万別だ。
同じように物事に対するアプローチも一つだけではない。
「…………そういうこと、なのかな? あの、娘さんと話をさせてもらっても良いですか。おばあさまとの会話内容を聞きたいので」
「娘に聞いても何も変わらないと思うぞ」
突然のニアの提案に男は少し面食らった様子だったが、拒否はしなかった。
画面が切り替わって、小さな少女が現れる。
どうやら父親との会話は聞いていない様子だ。
背景も変わったので、別室にでもいたのだろう。
先ほど祖母と話した内容を中心に聴取を進める。
「おばあちゃんね。元気だよって言ってたよ。カメラは壊れているけれど、元気いっぱいだって」
孫の答えは、父親の発言と同じだった。
つまりいつもと変わりがなかったと。
あれだけの戦いだ。
焼却機も利用したのに?
「何か外に危険があるようなことは言ってませんでしたか?」
「ううん。何も言ってなかった!」
「……そう、ですか」
「おばあちゃんは本当に優しいんだよ。いつも私のことを心配してくれるの!」
「良いおばあ様ですね。貴女が連絡を取ったから二人は出会えたんですもんね」
「うん! お父さんに相談して連絡したの! お父さんはがっかりするかもって言ったけれど、そんなことなかった! とっても優しくて悩みも聞いてくれるの!」
少女は饒舌に語る。
祖母について話せることが嬉しいのだろう。
確か祖母と初めて連絡を取ったのが二年前。
今の年齢からすると、恐らく四、五歳のときだろうか。
「わたしと話したいと思ってたんだって!」
「よかったですね」
「でも電話できたときからずっとカメラが壊れててね。おばあちゃんの本当の姿を見たことがないの。わたし、一度本物のおばあちゃんを見てみたいんだ」
「荷物を届けられるように頑張りますね」
「うん! バイオロイドのお姉さんよろしくお願いします!」
屈託なく微笑む少女に、いま祖母は危機に瀕しているとは言えなかった。
父親もその話題は避けたいと思うはずだ。
ニアは少女との会話を父親が聞いていないことを確認する。
「そういえば、お父様は優しい方ですか?」
「おとうさん? 優しいよ! ちょっぴり顔は怖いけど、わたしのお願いをいつも聞いてくれるの」
「……なるほど。分かりました。お話を聞かせてくれてありがとう。お父様に代わっていただけますか?」
「うん!」
少女から父親へと画面が切り替わった。
「もう話はいいのか?」
父親の問いに首肯する。
これ以上は聞いても仕方がない。
あとはあの感染者をどうやって討伐するかだ。
ニア達バイオロイドには、ポーター業とは別にもう一つ重要な役割があった。
それは感染者の駆除。
人類がまた母なる大地を取り戻すための、重要な任務なのだそうだ。
法律上でも駆除を優先するように規定されている。
別に感染者と道すがら出会ったとしても、都市型のシェルターへの報告をしなければ、討伐の義務は発生しない。
しかし父親にこうやって状況を報告してしまった以上、感染者の討伐は必須になった。
「大丈夫です。ですが、特例条項一〇条の適用により、感染者の討伐を依頼内容に追加します。以降一〇日以内に私からの返信がなかった場合、自動的に本部に依頼内容と連絡が行くので、そのことだけ知っておいてください」
そのことを説明する。
「母さ…………。母をよろしく頼む」
「………………努力はします。今はただ無事を祈りましょう」
「ああ」
息子の不安そうな表情を最後に、ニアは通信を切った。
「ニア、嘘ついたろ」
通話を切るとアストラルが切り込んでくる。
そういえば、いつの間にか静かになっていた。
長い付き合いだ。
当然アストラルに嘘はつけない。
会話を聞いたこと、そして一回目の戦闘の状況を見て、一つ思い浮かんだことがある。
確信は持てない。
だから息子には話さなかったのだ。
「ごめんねアス。本当はやっちゃいけないことなんだけどね」
眉尻がさがる。
本来は業務違反だ。
特に安全・安心、信頼をモットーとするニア・トランスポートサービスにおいては。
「かまわねーよ。あのおっさんは高圧的でいけすかなかったんだ。逆にすっきりしたぜ。…………で、どうするんだ?」
だがアストラルはまるで気にもしていないかのように、吐き捨てる。
口調が強いのは、罪悪感に駆られているニアを励ますためだろう。
そんなアストラルの優しさにニアは心の中で感謝する。
「うん。一つ思いついたことがある。協力してくれる……?」
そう。
息子と娘の話を聞いて、思いついたことがあったのだ。
半分以上は推測の域を出ない予測。
だからこそ証明する必要がある。
それは同時に、あの感染者を討伐することにもなる。
あのバイオロイドの無力化なしに、予想の確認はできなかった。
「嫌だ──なんていうわけねーだろバカ!さっさといこうぜ、マスター」
アストラルが胸を張る。
ニアは一人ではない。
信頼を置ける相棒がいる。
「……うん!」
ニアは笑みを浮かべると、思いついた推測と作戦について説明を始めた。




