チャプター4 休息
「いふぁ、今回はヤバかった……!」
ニアはレーションを頬張りながら、洞窟の中で作業をしていた。
一時間ほど流された後、這々の体で近くの洞窟に逃げ込んだのだ。今のニアは完全に片手が使い物にならない。
生き残った左手だけの作業では、なんとも非効率だ。
「逃げ切れた、と思うか……?」
アストラルが時折、くちばしを貸してくれながら、器用に問うてくる。
ニアはうーんと悩むそぶりをする。
「いや、逃がしてくれたんだと思うよ。素体となったバイオロイド、随分と強かったんだね。わたしが出会った中で一番強い感染者かも……」
率直に感想を述べる。
多分本気で狩りに来たのなら、ひとたまりもなかったと思う。
ニアたちが気づくことすらできないほどの超ロングレンジからの焼却機の狙撃や、ニアの目であり耳であるアストラルから狙われたら、戦いはもっと一方的だったはずだ。相手に本気の殺意がなかったのが幸いした。どちらかというと、こちらを観察しながら反応を確かめるような動きだったように思う。
「ちっ、しかも待ち伏せしてやがった。あれは本能に従った休眠とかそんなんじゃない。意図的にステルスをかけてオレたちを待ち伏せていた感じだった」
「確かにね」
アストラルの言うとおり、感染者にしてははっきりとした自我も残っている様子だった。
いままで出会った人間の感染者で自我を感じる者はいなかった。
皆、食欲に支配されて身体能力任せの攻撃を仕掛けてくる場合が多い。
経験を積み、強くなるといってもそれは戦闘に特化した場合の話だ。
戦闘以外の行動に、意志を感じることはない。
しかし、今回の感染者は違う。何かしら目的を持っていたような気もする。
たった今レーションを食べ終えたばかりのニアの腹が鳴る。
「困ったなぁ。ついでにお腹も減った。レーションの残り、もっとない?」
「まったく……気が抜けるぜ。ほらよ」
「回復のためにエネルギーが必要なの! うへへ。今はレーションでもありがてぇ」
アストラルが渡したレーションにニアがまたかぶりつく。味はともかく、今は何個でも食べられる。
「で、腕は大丈夫なのかよ?」
アストラルがつっけんどんに問うてくる。
こういう話し方のときは大抵、内心は逆のときが多いことをニアは知っている。
なんだかんだ言って心配してくれているのだ。
「大丈夫。筋組織と骨格はズタズタだけど、神経系のダメージはそれほどじゃない。これなら注射一本だよ」
ニアはそう言って緑色の液体が封入された注射器の針カバーを口で器用に開けた。
ポーション。
昔のテレビゲームでよく使われた回復アイテムの名前にちなんで、多くのバイオロイドがそう呼ぶもの。
その実は、回復用に調整されたナノマシン製剤だ。
損傷部位に注入されると、ナノマシンが破損箇所を直しつつ不足組織すら補って修復していく。
完全な欠損なんかだと、より高機能なナノマシンが必要だが、筋骨の破損程度なら、数十分で元通りだ。
「……その注射一本で今回の報酬すべてパーだけどな」
随分間があったあと、アストラルがぽつりと呟く。
その声音は若干冷たくなっている。
「………………」
やべ、地雷踏んだかも。
一番安価なポーションですらニア・トランスポートサービスには痛い出費だ。
少なくとも今回の必要経費には計上していないだろう。
凍てつく視線を受けながら、ニアは上目遣いにアストラルを見る。
「あのー、アスさん……?」
「帰っても依頼成功パーティは無しな」
「……アスのいぢわる」
「会社存続の危機だ。涙を飲め」
がっくりとうなだれる。
こんなに大変な思いをしたのだ。
一日とは言わないから、せめて一食だけでも好きなものをすきなだけ食べたかった。
だがその儚い願いも鬼経理によって、水泡と化しそうだ。
くそう。いつか、メニュー表の端から端まで一気に頼んでやる。
そう思いながら、ニアはポーションを患部に注射した。
「よし」
折れた右手の手の平を握ったり、開いたりを繰り返す。肩・肘の動きも遜色ない。
完全に元通りだ。
「なあ、あの感染者どう思う?」
アストラルがニアの回復を待っていたとばかりに訊ねてくる。身体が回復したら、今度は作戦だ。
そのまま飛び込むほど、バカじゃない。
「うーん。場所的には最悪。シェルターだってバイオロイドの感染者に集中攻撃されたらひとたまりもない」
「だな。むしろシェルターがまだ残ってることに驚きだな」
視覚を保存した戦闘時の映像を、それぞれで確認しながら対策を練る。
「アスも結構攻撃を受けていたんだね」
「ああ、上空に逃げようとすると牽制の礫が飛んできた。避けるのに苦労したぜ」
だから、あれほど焦った声をしていたのだろう。アストラル自身も避けながらニアのサポートまで行ったのだ。
かなり骨の折れる作業だったろう。
「やっぱり長距離型だなぁ。近接ならそれなりにやれるけど、ロングレンジで攻められたらどうしようもない」
「奴の射程をどのように切り崩すかが問題だな……焼却機すら持ってたもんな」
「あれはバイオロイドだったときと同レベルで使いこなせると考えていいだろうね。だとしたら奴の射程圏内は数キロになる」
「とんでもなく厄介だな……」
結局、あの感染者をシェルターから引き離すことはできなかった。
アストラルが先ほど行った広域調査ではシェルター付近に隠れている可能性が最も高い。
「とにかく一気に近づいて、近接からの焼却機で一撃で倒すしか、方法はないかなぁ」
「今回は……いいのか?」
アストラルが歯切れ悪そうに訊ねる。
恐らく、無力化ではなく相手の完全な討伐でいいのか、と聞いているのだ。
「うん……。無力化できるほど優しい相手じゃない。今回は完全に倒しに行く」
思わず声が固くなるが、アストラルは何も言わずに聞いてくれた。
「じゃあ、異常行動の予測をある程度立てないとな。奴の目的とか理由が分からないと、結局最後は一か八かの賭けになっちまう」
「そうなんだよねー。なんでわたしたちに手加減するのか……」
「情報が少なすぎるな……」
二人で、うんうん唸るもなかなか答えは出ない。
一〇分くらい議論を重ねた後、一度依頼者への報告を行うことにした。
「難癖つけられて、報酬減額されるなよ? あと会話は簡潔にな。個人端末は従量制なんだから」
「じゃあアスがやってよ」
鋭い眼差しで睨むアストラルを、ジト目でにらみ返す。
「鳥が喋っても人間は信じない。ついでにあんな奴と話したらオレはキレる」
アストラルは当然のごとくのたまうとそっぽを向く。
依頼者にキレたら、それこそ依頼がパーだ。
だったら、ニアがやった方がいいだろう。
「結局アスが通話したって減額されるじゃんか……」
ニアはぶつくさと文句を言いながらも、通信端末に相手が反応するのを待った。




