初ダンジョン
探索者講習を終えた俺は腰に短剣を下げ、第一ダンジョンの前に立っていた。
巨大なコンクリート製の管理施設。
入口には金属製のゲートが設置され、多くの探索者が出入りしている。
受付では探索者証を提示し、入場記録を残す仕組みらしい。
「探索者証をお願いします」
「はい」
カードを読み取り機へかざす。
ピッ、と電子音が鳴った。
「第一ダンジョンへの入場を許可します。お気を付けて」
軽く頭を下げ、ゲートをくぐる。
その瞬間、空気が変わった。
「……これが、ダンジョンか」
薄暗い石造りの通路。
壁には一定間隔で魔石灯が埋め込まれ、青白い光を放っている。
外とは違い、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
探索者たちが行き交う。
一人で歩く者。
三人ほどのパーティ。
手慣れた様子で奥へ向かう者もいれば、俺のように周囲を警戒しながら進む初心者もいた。
講習で教わったことを思い出す。
『第一ダンジョンは比較的安全ですが、油断は禁物です』
『初めての探索では、入口付近から離れないように』
深呼吸を一つ。
短剣の柄を握り直し、ゆっくりと歩き始めた。
◇
数分歩いただろうか。
前方の曲がり角から、何かがぴょこんと姿を現した。
「……あれか」
半透明の青い身体。人の膝ほどの高さ。丸いゼリーのような魔物。
スライム。
第一ダンジョンで最も弱いと言われる魔物だった。
スライムもこちらに気付いたらしい。
身体を震わせながら、ゆっくり近付いてくる。
「落ち着け……【固定ダメージ+1】」
講習通り、慌てない。スキルを発動すると、力が手、短剣へと移っていく。
短剣を構える。
距離は二メートル。
一メートル。
今だ。
「はっ!」
短剣を振り下ろす。
だが、刃はぬるりと滑り、浅くしか入らなかった。
「くっ!」
スライムが体当たりしてくる。
「うおっ!」
慌てて後ろへ下がる。
勢いは弱い。
それでも初めて受ける魔物の攻撃に心臓が大きく跳ねた。
「これが……魔物」
息を整える。
もう一度構える。焦るな。
講師は言っていた。
『油断しないこと』
『深追いしないこと』
『まずは生きて帰ること』
俺はゆっくりと間合いを詰めた。
そして、短剣を突き出す。その瞬間、身体の奥で何かが反応した。
右手の奥が、一瞬だけ熱くなる。
「……?」
短剣の切っ先がスライムへ触れる。
次の瞬間、スライムの身体が小さく揺れた。ただ、それだけだった。
「効いた……のか?」
見た目にはほとんど変化がない。
だが、確かに手応えはあった。
もう一度。
さらにもう一度。
何度も突きを繰り返す。
十回。
二十回。
三十回。
「はぁ……はぁ……」
腕が重い。息も切れてきた。
その時だった。ぷるり、とスライムが震え――。
音もなく崩れ落ちた。
「……倒した?」
その場に青い魔石が一つ転がる。
どうやら、本当に倒せたらしい。
「三十回くらい……か」
思ったより多かった。
これでは効率が悪すぎる。
他の探索者なら一撃か二撃で倒せる相手だと聞いている。
「やっぱり、ハズレなんだな」
苦笑しながら魔石を拾い上げる。
それでも、不思議と後悔はなかった。
初めて魔物を倒した。
それだけで、昨日までの自分とは少し違う気がしたからだ。
俺は魔石をポケットへしまい、もう一度ダンジョンの奥へ視線を向けた。
まだ始まったばかりだ。
探索者としての人生は。




