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最初の一歩

 スキル授与センターを出た俺は、その足で探索者用品店へ向かった。

 探索者を諦める。


 そんな選択肢もあった。


 だが、退職金は有限だ。再就職も上手くいかない。

 だったら、一度くらい挑戦してから諦めても遅くはない。


 駅前から少し歩いた先。


 大きな看板が目に入る。


 **『探索者ショップ・フロンティア』**


 店内には武器や防具、リュック、ライト、救急用品などが並んでいた。


「いらっしゃいませ」


 店員が笑顔で迎える。


「えっと、ダンジョンの探索をしたいのですが、初めてでして……」


「でしたら初心者セットがおすすめですよ」


 案内された棚には、『探索者スターターセット』と書かれた札が置かれていた。


 革製の防具。丈夫なリュック。懐中電灯。応急処置用品。


 だが――


「――ただ、武器は別売りになります」


「やっぱり、そうですよね」


 値札を見る。安い鉄剣でも三万円。槍や斧はさらに高い。


「高いな……」


 工場で使っていた工具なら扱える。だが、剣なんて触ったこともない。良し悪しも分からない。


「初心者の方なら槍を選ぶ人も多いですよ。距離が取れますから」


「なるほど」


 確かに理にかなっている。


 だが、俺の頭には別の考えが浮かんでいた。


(一ダメージしか与えられないなら、振りやすい武器の方がいいんじゃないか……?)


 何十発、何百発と当てるなら、重い武器より軽い武器だ。

 その方が疲れない。


「こちらなんか人気ですよ」


 店員が差し出したのは一本の短剣だった。


 片手で扱える程度の長さ。価格も一万五千円。


「これにします」


「ありがとうございます」


 会計を済ませる。

 財布の中身は少し軽くなった。


 だが、不思議と後悔はなかった。


 ◇


 翌日、俺は探索者管理局を訪れていた。


「探索者登録ですね」


「はい」


 受付で申請書を書く。


 住所。年齢。緊急連絡先。スキル名。免責同意書(危険なダンジョンではまた別で免責同意書を書く)。


 最後の欄だけ、少しだけ手が止まる。


 **固定ダメージ+1**


 書くだけで情けない気分になる。受付の女性も、一瞬だけ目を丸くした。


 だが、すぐに営業用の笑顔へ戻る。


「登録は完了しました」


 カードが一枚差し出される。


 探索者証。これで俺も探索者だ。


「なお、初めてダンジョンへ入る方は、安全講習の受講が義務となります。毎年、講習を受けずに命を落とす人が後を絶ちませんので」


 そう言って一枚の案内を渡された。

 初心者講習で参加費無料か。明日の午前開催とはちょうどいい。


「講習の内容はどの程度まで」


「はい、最低限の安全知識、くらいですかね。」


「参加します」


 迷う理由はなかった。今の俺に必要なのは知識だ。

 強いスキルじゃない。経験もない。


 だからこそ、生き残る方法を学ばなければならない。


 探索者としての第一歩は、魔物を倒すことではない。

 生きて帰る方法を知ることだった。


 ◇


 翌日、講習に来てみれば三十人ほど集まっていた。


 周囲を見れば、学生や会社員もいる。それに定年後のおじさんまで。先日の青年は見当たらなかった。


「ねぇ、スキル何だった?」


「私? 【聖剣術】」


「おぉ、当たりじゃん!」


 といった会話が聞こえてきた。


 やがて、一人の男性が教壇へ立った。


「本日、皆さんの講習を担当する佐伯です。よろしくお願いします」


 四十代ほどの落ち着いた男性だった。

 無駄な笑顔はなく、どこか軍人のような雰囲気がある。


「まず最初に伝えておきます」


 教室が静まる。


「ダンジョンは危険です」


 スクリーンに数字が映し出される。


「毎年、多くの探索者が命を落としています。原因は魔物だけではありません。事故、判断ミス、遭難……理由は様々です」


 誰も口を開かない。


「探索者は自己責任です。誰かが助けてくれる保証はありません。だからこそ、生きて帰ることを第一に考えてください」


 重い空気が教室を包んだ。


 ゲームではない。


 本当に命を懸ける仕事なのだ。


 講師は画面を切り替える。


「では、新人探索者が命を落としやすい理由を説明します」


 画面には四つの項目が映る。


 ――深追い。


 ――油断。


 ――単独行動。


 ――ポーションを惜しむこと。


「目の前の魔物を倒せそうだからと追い掛ける。勝てると思い込む。仲間と離れる。そして、回復アイテムを節約して取り返しがつかなくなる」


 講師は教室を見回した。


「覚えておいてください。ポーション一本より、皆さんの命の方が高い」


 その一言が妙に印象に残った。


 講義は続く。


「次は探索者ランクについてです」


 探索者には活動できる範囲が決められている。


「第一ダンジョンは比較的安全ですが、それでも毎年死者は出ています」


 一定の実績を積み、許可を受けることで次のダンジョンへ挑戦できるらしい。


「実力以上のダンジョンへ挑めば、生還率は大きく下がります。必ず許可された範囲で活動してください」


 命を守るための制度。そう考えれば納得だった。


「ステータスや冒険者ランクが記載された探索者カードについては、講習が終わった後に配ります」


 講義が終わると、今度は実技が始まった。


 武器置き場には木剣や短剣、槍、盾が並んでいる。


「好きな武器を手に取ってください」


 俺は迷わず短剣を選んだ。


 片手で扱いやすく、体格にも合っている。それに先日買った短剣とリーチが似ているからだ。


「まずは構え方から」


 講師の動きを真似しながら短剣を振る。


 一振り。


 二振り。


 三振り。


「……おや」


 講師が俺の前で足を止めた。


「経験者ですか?」


「いえ、工場で部品を運ぶ作業もしていました」


「あぁ、なるほど」


 講師は納得したように頷く。


「体の使い方や体重移動が上手いですね。力任せではなく、腰が使えています」


 思わぬ評価だった。


 毎日重い部品を運び、機械を扱っていた経験がこんなところで役に立つとは思わなかった。


「うわっ、すげぇ」


 木剣を振った金髪の女子高校生が、講師に褒められる。


「【聖剣術】なら前衛として期待できます」


 高校生は嬉しそうに笑った。


 その後も基本動作を繰り返し、実技は終了した。


 最後はスキル確認だった。


 一人ずつ前へ出て、講師がスキルを確認していく。


「身体強化。前衛向きですね」


「火炎操作。扱いやすいですが、危険も伴う攻撃魔法です」


「水操作。支援にも向いています」


 周囲から小さなどよめきが起こることもあった。


 そして俺の番、探索者証を差し出す。


 講師は表示された文字を見て、ほんの一瞬だけ動きを止めた。


「……固定ダメージ+1?」


 教室が静かになる。


 またか、そう思った。


 だが講師はすぐに表情を戻した。


「……珍しいスキルですね」


 それだけだった。


 余計なことは何も言わない。


「以上です」


 俺は軽く頭を下げ、席へ戻った。


 講習の最後。


 講師は探索者証へ認証を行っていく。


 俺の番になると、端末をかざし、小さな電子音が鳴った。


「これで皆さんは第一ダンジョンへの入場資格を得ました」


 探索者カードを手渡される。


 そして、教室から拍手が起こる。講習が終了した。


 建物の外へ出て、腰に差した短剣へそっと触れた。


「……ここまで来たんだ」


 退職し、スキルを授かり、講習も終えた。


「やるしかない」


 俺は前を向く。


 その視線の先には――**第一ダンジョン入口**が静かに口を開けていた。

 この時の俺はまだ知らない。


 そのダンジョンが、人生最初の転機になることを。

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― 新着の感想 ―
ファンタジーなのに、退職金や再就職、装備の値段、安全講習など妙に現実的な生活感があって、そこが面白かったです。 特に、工場勤務の経験が短剣の扱いや体の使い方につながっているところが印象的でした。派手…
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