反応
授与室を出ても、俺の視線は端末の画面から離れなかった。
**固有スキル【固定ダメージ+1】**
何度見ても、表示は変わらない。
「……固定ダメージって何なんだよ」
検索してみようとした、その時だった。
「おっ、終わったか!」
待合室で話した金髪の青年が、俺に声を掛けてきた。
「どうだった?」
「いや、それが……」
俺は端末を見せる。
青年は興味深そうに覗き込み――。
「……え?」
固まった。
「固定ダメージ……プラス一?」
「知ってるのか?」
「いや、聞いたことはあるけど……」
青年は眉をひそめる。
「でも、こんな数字は初めて見た」
「どういう意味だ?」
「固定ダメージって、そのままの意味だよ。攻撃力とか関係なく、決まった数字のダメージしか与えられない」
「……つまり?」
「一発で一ダメージ」
頭の中で計算する。
一ダメージ。本当に、そのまま一。
「えっと……ゴブリンの体力って?」
「最低でも五十くらいはあるな。固定ダメージではないから、ゲームとして考えるともっとあるかも。防御力なんてあるだろ」
「……百発とか?」
「そうなる。現実として考えると空気抵抗とか全力で攻撃したか〜なんてのもあるだろうがな」
思わず笑ってしまった。
「冗談だろ」
「俺も冗談なら良かったんだけどな」
青年も苦笑いを浮かべる。
「普通は攻撃系スキルなら攻撃力が何十、何百って伸びるんだ。【身体強化】とかさ。なんか、【鑑定】とかいうスキルでは、そう表記されてたりするらしい。固定ダメージなんて見たことないし、その上『+1』は……」
言葉を濁した。
つまり、そういうことなのだろう。
「兄ちゃん……運が悪かったな」
慰めるように肩を叩かれる。
さっきまで自分が落ち込んでいた人間とは思えない。
【乾燥耐性】も、普通に生活することを考えると当たりの部類だろう。
その時、近くを歩いていた男性が端末を見て足を止めた。
「固定ダメージ+1?」
「え?」
「そんなスキルもあるのか」
その一言で、周囲の視線がこちらへ集まる。
「一ダメージしか与えられないってこと?」
「探索者は無理だろ」
「スライム相手でも時間が掛かりそうだな」
小さな笑い声まで聞こえてきた。
悪意というより、純粋に珍しいものを見るような反応だった。
それが逆に胸へ刺さる。
「……失礼します」
俺はその場を離れた。
◇
授与センターの一階。
探索者向けの相談窓口には、何人もの職員が座っていた。
「スキルについて相談したいんですが」
「承知しました。こちらへどうぞ」
案内された席へ座る。
中年の女性職員が、端末へ俺のスキル情報を表示した。
「【固定ダメージ+1】ですね」
少しだけ困ったような表情になる。
「このスキルについて教えてください」
女性職員は一度端末を操作した。
「……少々、お待ちください」
何度か画面を切り替える。
「……?」
「失礼しました。データベースを確認したのですが……」
「何かありましたか?」
「【固定ダメージ+1】という固有スキルの記録がありません。前例が存在しないようです」
「前例が?」
「はい。このようなスキルは初めて確認しました」
人の数だけスキルはあるし、当然っちゃ当然か。珍しいスキルだから記録が少ないだけかと思った。
「はい。おそらく固定ダメージ系は、攻撃力や相手の防御力に左右されず、表記された数値のダメージを与えるスキルです」
「つまり、本当に一だけ?」
「はい」
あまりにもあっさりした返答だった。
「じゃあ、鍛えて攻撃力が上がっても?」
「スキルの内容は変わりません」
「武器を変えても?」
「変わりません」
「レベルが上がっても?」
「固定ダメージそのものは変化しません」
一つ質問するたびに、希望が消えていく。
「ただし」
女性職員は言葉を続けた。
「固定ダメージ系は、防御力による軽減を受けません」
「え?」
「相手の防御力がどれだけ高くても、与えるダメージは必ず固定値になります」
防御を無視する。
それだけ聞けば、強そうにも思えた。
「ですが、ほとんどの場合は攻撃力の高いスキルの方が効率的でしょう。例えば百ダメージ与えられる探索者なら、防御を考慮しても数十ダメージは通ります。これは【鑑定】スキルを用いた事実です」
つまり、一ダメージでは話にならない。
「……現状では、探索者として活動するのは厳しいと思われます。スキル成長で余程変化しない限りは」
女性職員は、できるだけ傷付けないように言葉を選んでくれていた。
それでも現実は変わらない。
探索者になるために授かったスキル。
そのスキルで、探索者は厳しいと言われたのだから。
「分かりました。ありがとうございます」
席を立つ。
出口へ向かう足取りは重かった。自動ドアが開き、夏の熱気が頬を撫でる。
空はどこまでも青い。
だが、俺の未来だけが曇って見えた。
「……これから、どうするかな」
端末には、変わらず一つの文字列が表示されている。
**【固定ダメージ+1】**
世界中の誰もが笑うような、ハズレスキル。
それが、俺の人生でたった一つの固有スキルだった。
◇
「……あのスキル、本当に前例がないのか?」
一人の職員が小さく呟く。
「検索結果はゼロでした」
静かな部屋に沈黙が流れる。
「本部へ報告だけは上げておこう」
「……そうですね。似たようなタイプもないですし」
「そうか? 攻撃力アップなんて似たようなもんだろ」
「攻撃力アップなどは魔法が大半です。スキルは変化を感じられる肉体強化や魔法強化ですから」




