表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/8

ハズレスキル

 世界が変わったのは、二十年前。


 世界各地に突如として『ダンジョン』が出現した。


 そこから現れる魔物は人々を襲い、社会は混乱に陥った。しかし同時に、ダンジョンから採れる魔石や未知の資源は莫大な価値を生み出し、人類は戦うことを選んだ。


 そのために生まれたのが――探索者。


 スキルを授かり、ダンジョンへ挑む新たな職業だった。


 本業として命を懸ける者もいれば、副業として休日だけ潜る会社員もいる。危険は伴うが、それ以上に稼げる夢のある仕事として社会に浸透していた。


 社会も、それに合わせて変化した。


 人手不足を補うため、中学校卒業後に就職する道は珍しくなくなった。高校や大学へ進学する者もいるが、働きながら通信教育を受ける制度も整備されている。


 俺――鹿ノも、その一人だった。


 十五歳で働き始め、七年。今年で二十二歳。


 毎朝同じ時間に起き、工場へ向かい働く。仕事が終われば、資格などの勉強だ。決して裕福ではないが、生きていくには十分な給料だった。


「すみません、鹿ノさん!」


 慌てた様子で一年目の後輩が駆け寄ってきた。


「この機械、また止まっちゃって……」


「どれ」


 俺は作業を中断し、機械を覗き込む。


「焦らなくていい。ここ、ローラーに粉が詰まってるだけだ」


「あっ……本当だ」


「止まったら故障を疑う前に、まずここを確認。昨日も教えただろ?」


「すみません!」


 苦笑しながら工具を渡す。


「謝るより覚えろ。次は一人でできるようにな」


「はい!」


 後輩は嬉しそうに頷き、再び作業へ戻っていく。


「鹿ノさんって、本当に面倒見がいいですよね」


 近くで作業していた同僚が笑う。


「教えるのも仕事だからな」


「でも、そのせいで自分の仕事が遅れるじゃないですか」


「新人が辞める方が困るだろ。それに俺にはこれくらいしか出来ないからね」


 そう言って持ち場へ戻る。


 誰かが困っているなら手を貸す。


 そんな働き方を、七年間続けてきた。


 ――だからこそ。


「鹿ノ君、ちょっといいかな」


 昼休みまであと少し。


 工場長に呼ばれ、会議室へ向かった。

 中には工場長と人事担当が座っていた。


 なんとなく嫌な予感がする。


「会社の経営状況は知っているよね」


「……はい」


 知っている。


 ダンジョン資源の流通が変わり、海外企業との価格競争に負け続けていることくらいは。


「そこで、希望退職者を募集することになった」


 渡された書類。

 表紙には『希望退職制度のご案内』と書かれていた。


「もちろん強制じゃない」


 工場長はそう言った。

 だが、その目は笑っていない。


「……希望しなかった場合は?」


「部署の再編成で配置転換になる」


 つまり、残っても居場所はない。


 遠回しな退職勧告だった。


「君はまだ若い。探索者という道もある」


 人事担当が営業スマイルを浮かべる。


「探索者……ですか」


「今はスキル授与制度も充実しているし、副業から始める人も多い。むしろ、この機会に挑戦してみるのも悪くないよ」


 簡単に言うなぁ。


 探索者は夢がある。その代わり、命を落とす危険もある。

 テレビでは毎週のように殉職者のニュースが流れている。


「……分かりました」


 俺は書類にサインした。


 これで七年間勤めた会社とも終わりだ。


 …………。


 七年間、色々と仕事をしてきた。

 初任給で買った工具もある。教えた後輩も何人もいる。


 ……それでも会社は俺を必要としなかった。


 少しだけ、せつないな


 ◇


 退職金を受け取って、一ヶ月が経とうとしていた。引き継ぎもスムーズに終わり、後は有給をすべて使っておさらばだ。


「はぁ……、やっぱつれぇわ」


 希望エージェントから紹介されても、SPIとか社会に通用するスキルが全然ねぇ。勉強、苦手なんだよなぁ。


 駅前広場では、大きな広告が流れていた。


『あなたも探索者になりませんか?』


『スキル授与受付中!』


『一度きりの適性判定!』


 画面の中では若い探索者が笑顔で魔石を掲げている。


「……探索者、か」


 働き口を探してもいい。


 だが、中卒で職歴は工場勤務だけ。今より条件の良い仕事が見つかる保証はない。まともな資格も取れていないし。


 だったら――。


「――うん、人生に賭けてみるか」


 俺はスマートフォンを取り出す。


 探索者管理局のサイトを開き、最寄りのスキル授与センターの予約ページへ進んだ。


 スキルは後天的にも得られる。だが、国が認可した授与装置によって、一人につき一度だけ、固有スキルを得られるのだ。


 何を授かるかは、誰にも分からない。


 強力なスキルで人生を変える者もいれば、役に立たない能力で終わる者もいる。


 運命を決める、一度きりの選択。


 予約完了の通知を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。


「頼む……せめて、普通のがいい」


 予約当日。


 俺は朝から落ち着かなかった。


 スーツを着るべきか迷ったが、結局は普段着にジャケットを羽織るだけにした。


 どうせ面接じゃない。


 運命は服装じゃ変わらない。


「ここか……」


 駅から歩いて十分ほど。


 目の前には、国立探索者管理局・第三スキル授与センターと書かれた近代的な建物がそびえていた。


 ガラス張りの外壁。


 入口には金属探知機のようなゲートが設置され、制服姿の警備員が周囲を見回している。


 想像以上に厳重だ。


「お、兄ちゃんも今日か?」


 振り向くと、二十歳くらいの青年が気さくに声を掛けてきた。


 金髪にピアス。


 いかにも快活な人という雰囲気だ。


「そうですね」


「緊張するよなぁ。俺なんか昨日ほとんど眠れなかったぜ」


 そう笑う彼とは対照的に、俺の胃はずっと重い。


 もし本当に役に立たないスキルだったら、もう実家の両親を頼るしかない。……せめて、職を失ったことは伝えとくべきだったか。


「それでは受付番号順にお入りください」


 職員の案内で建物の中へ入る。


 受付では身分証を提示し、いくつかの書類へ署名をした。


「こちらが同意書になります。スキル授与は生涯一度のみです。結果に対する異議申し立てはできませんので、内容をご確認ください」


 一度きり――紙に書かれたその一文が、妙に重く感じた。


 名前を書き終えると、番号札を渡される。


 **二十七番**


「待合室でお待ちください」


 中へ進むと、そこには数十人が座っていた。


 高校を卒業したばかりに見える若者。

 スーツ姿の会社員。

 定年後らしき初老の男性。


 年齢も職業も様々だ。


 探索者は、一部の特別な人間だけのものじゃない。

 人生を変えたいと願う、誰にでも開かれた道だった。


「二十一番の方」


 一人、また一人と名前が呼ばれていく。

 十分ほどすると、先ほど話しかけてきた青年が呼ばれた。


「よっしゃ! 行ってくる!」


 勢いよく立ち上がり、授与室へ入っていく。


 だが、数分後。


 戻ってきた彼は、さっきまでの笑顔が嘘のように消えていた。


「……どうでした?」


 思わず尋ねる。


 青年は苦笑しながら、自分の端末を見せた。

 そこには、固有スキル【乾燥耐性】と表示されていた。


「まぁ、暑さに対しても耐性あって、熱中症には強いらしいけどな!」


 夢を掴む者はいる。だが、大半は平凡か、それ以下。

 スキル授与とは、そういうものなのだ。


 俺は無意識に拳を握り締める。


 固有スキルが微妙じゃ、汎用スキルでも活躍は難しいだろう。何故なら、探索者は山程いて、鍛えている者だって少なくない。


「二十七番、彩翁鹿ノさん」


 ついに、俺の番号が呼ばれた。


 心臓が大きく脈打つ。


 立ち上がった俺は、一度だけ深呼吸をしてから、授与室の扉へ手を掛けた。


 この扉の向こうで、俺の人生は変わる。


 良くも、悪くも。


 そう思いながら、静かに扉を開いた。


「それでは、授与を開始します」


 透明なカプセルへ入り、手を台座へ置く。


 眩い光が視界を埋め尽くいた。


 数秒後、機械音声が静かに告げる。


 **《固有スキルを確認》**


 **《【固定ダメージ+1】》**


 ……え? 俺は表示された文字を見返した。

 固定ダメージ……プラス、一?


 職員の表情も一瞬止まる。


「固定ダメージ?」


 聞いたことのない名前だったようだ。


「……授与が完了しました。お疲れさまでした」


 職員は事務的にそう言うだけだった。


「固定ダメージ+一……。なんの冗談なんだ?」


 授与室から移動しながら、何度も確認する。

 正直、期待出来るスキルじゃない。桁しょぼいし。


 だが、俺にはそのスキルが当たりなのか、ハズレなのかすら分からない。基準が分からないから。


「……固定ダメージってなんだよ。ゲームかよこれ」


 ただ一つ分かるのは――。


 これが、俺の人生を左右する唯一の力だということだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
七年間真面目に働いてきた鹿ノが退職を迫られる展開に、切なさを感じました。 人生を変えるために挑んだ一度きりのスキル授与で、まさかの【固定ダメージ+1】。 一見ハズレにしか見えない「+1」が、これからど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ