ハズレスキル
世界が変わったのは、二十年前。
世界各地に突如として『ダンジョン』が出現した。
そこから現れる魔物は人々を襲い、社会は混乱に陥った。しかし同時に、ダンジョンから採れる魔石や未知の資源は莫大な価値を生み出し、人類は戦うことを選んだ。
そのために生まれたのが――探索者。
スキルを授かり、ダンジョンへ挑む新たな職業だった。
本業として命を懸ける者もいれば、副業として休日だけ潜る会社員もいる。危険は伴うが、それ以上に稼げる夢のある仕事として社会に浸透していた。
社会も、それに合わせて変化した。
人手不足を補うため、中学校卒業後に就職する道は珍しくなくなった。高校や大学へ進学する者もいるが、働きながら通信教育を受ける制度も整備されている。
俺――鹿ノも、その一人だった。
十五歳で働き始め、七年。今年で二十二歳。
毎朝同じ時間に起き、工場へ向かい働く。仕事が終われば、資格などの勉強だ。決して裕福ではないが、生きていくには十分な給料だった。
「すみません、鹿ノさん!」
慌てた様子で一年目の後輩が駆け寄ってきた。
「この機械、また止まっちゃって……」
「どれ」
俺は作業を中断し、機械を覗き込む。
「焦らなくていい。ここ、ローラーに粉が詰まってるだけだ」
「あっ……本当だ」
「止まったら故障を疑う前に、まずここを確認。昨日も教えただろ?」
「すみません!」
苦笑しながら工具を渡す。
「謝るより覚えろ。次は一人でできるようにな」
「はい!」
後輩は嬉しそうに頷き、再び作業へ戻っていく。
「鹿ノさんって、本当に面倒見がいいですよね」
近くで作業していた同僚が笑う。
「教えるのも仕事だからな」
「でも、そのせいで自分の仕事が遅れるじゃないですか」
「新人が辞める方が困るだろ。それに俺にはこれくらいしか出来ないからね」
そう言って持ち場へ戻る。
誰かが困っているなら手を貸す。
そんな働き方を、七年間続けてきた。
――だからこそ。
「鹿ノ君、ちょっといいかな」
昼休みまであと少し。
工場長に呼ばれ、会議室へ向かった。
中には工場長と人事担当が座っていた。
なんとなく嫌な予感がする。
「会社の経営状況は知っているよね」
「……はい」
知っている。
ダンジョン資源の流通が変わり、海外企業との価格競争に負け続けていることくらいは。
「そこで、希望退職者を募集することになった」
渡された書類。
表紙には『希望退職制度のご案内』と書かれていた。
「もちろん強制じゃない」
工場長はそう言った。
だが、その目は笑っていない。
「……希望しなかった場合は?」
「部署の再編成で配置転換になる」
つまり、残っても居場所はない。
遠回しな退職勧告だった。
「君はまだ若い。探索者という道もある」
人事担当が営業スマイルを浮かべる。
「探索者……ですか」
「今はスキル授与制度も充実しているし、副業から始める人も多い。むしろ、この機会に挑戦してみるのも悪くないよ」
簡単に言うなぁ。
探索者は夢がある。その代わり、命を落とす危険もある。
テレビでは毎週のように殉職者のニュースが流れている。
「……分かりました」
俺は書類にサインした。
これで七年間勤めた会社とも終わりだ。
…………。
七年間、色々と仕事をしてきた。
初任給で買った工具もある。教えた後輩も何人もいる。
……それでも会社は俺を必要としなかった。
少しだけ、せつないな
◇
退職金を受け取って、一ヶ月が経とうとしていた。引き継ぎもスムーズに終わり、後は有給をすべて使っておさらばだ。
「はぁ……、やっぱつれぇわ」
希望エージェントから紹介されても、SPIとか社会に通用するスキルが全然ねぇ。勉強、苦手なんだよなぁ。
駅前広場では、大きな広告が流れていた。
『あなたも探索者になりませんか?』
『スキル授与受付中!』
『一度きりの適性判定!』
画面の中では若い探索者が笑顔で魔石を掲げている。
「……探索者、か」
働き口を探してもいい。
だが、中卒で職歴は工場勤務だけ。今より条件の良い仕事が見つかる保証はない。まともな資格も取れていないし。
だったら――。
「――うん、人生に賭けてみるか」
俺はスマートフォンを取り出す。
探索者管理局のサイトを開き、最寄りのスキル授与センターの予約ページへ進んだ。
スキルは後天的にも得られる。だが、国が認可した授与装置によって、一人につき一度だけ、固有スキルを得られるのだ。
何を授かるかは、誰にも分からない。
強力なスキルで人生を変える者もいれば、役に立たない能力で終わる者もいる。
運命を決める、一度きりの選択。
予約完了の通知を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。
「頼む……せめて、普通のがいい」
予約当日。
俺は朝から落ち着かなかった。
スーツを着るべきか迷ったが、結局は普段着にジャケットを羽織るだけにした。
どうせ面接じゃない。
運命は服装じゃ変わらない。
「ここか……」
駅から歩いて十分ほど。
目の前には、国立探索者管理局・第三スキル授与センターと書かれた近代的な建物がそびえていた。
ガラス張りの外壁。
入口には金属探知機のようなゲートが設置され、制服姿の警備員が周囲を見回している。
想像以上に厳重だ。
「お、兄ちゃんも今日か?」
振り向くと、二十歳くらいの青年が気さくに声を掛けてきた。
金髪にピアス。
いかにも快活な人という雰囲気だ。
「そうですね」
「緊張するよなぁ。俺なんか昨日ほとんど眠れなかったぜ」
そう笑う彼とは対照的に、俺の胃はずっと重い。
もし本当に役に立たないスキルだったら、もう実家の両親を頼るしかない。……せめて、職を失ったことは伝えとくべきだったか。
「それでは受付番号順にお入りください」
職員の案内で建物の中へ入る。
受付では身分証を提示し、いくつかの書類へ署名をした。
「こちらが同意書になります。スキル授与は生涯一度のみです。結果に対する異議申し立てはできませんので、内容をご確認ください」
一度きり――紙に書かれたその一文が、妙に重く感じた。
名前を書き終えると、番号札を渡される。
**二十七番**
「待合室でお待ちください」
中へ進むと、そこには数十人が座っていた。
高校を卒業したばかりに見える若者。
スーツ姿の会社員。
定年後らしき初老の男性。
年齢も職業も様々だ。
探索者は、一部の特別な人間だけのものじゃない。
人生を変えたいと願う、誰にでも開かれた道だった。
「二十一番の方」
一人、また一人と名前が呼ばれていく。
十分ほどすると、先ほど話しかけてきた青年が呼ばれた。
「よっしゃ! 行ってくる!」
勢いよく立ち上がり、授与室へ入っていく。
だが、数分後。
戻ってきた彼は、さっきまでの笑顔が嘘のように消えていた。
「……どうでした?」
思わず尋ねる。
青年は苦笑しながら、自分の端末を見せた。
そこには、固有スキル【乾燥耐性】と表示されていた。
「まぁ、暑さに対しても耐性あって、熱中症には強いらしいけどな!」
夢を掴む者はいる。だが、大半は平凡か、それ以下。
スキル授与とは、そういうものなのだ。
俺は無意識に拳を握り締める。
固有スキルが微妙じゃ、汎用スキルでも活躍は難しいだろう。何故なら、探索者は山程いて、鍛えている者だって少なくない。
「二十七番、彩翁鹿ノさん」
ついに、俺の番号が呼ばれた。
心臓が大きく脈打つ。
立ち上がった俺は、一度だけ深呼吸をしてから、授与室の扉へ手を掛けた。
この扉の向こうで、俺の人生は変わる。
良くも、悪くも。
そう思いながら、静かに扉を開いた。
「それでは、授与を開始します」
透明なカプセルへ入り、手を台座へ置く。
眩い光が視界を埋め尽くいた。
数秒後、機械音声が静かに告げる。
**《固有スキルを確認》**
**《【固定ダメージ+1】》**
……え? 俺は表示された文字を見返した。
固定ダメージ……プラス、一?
職員の表情も一瞬止まる。
「固定ダメージ?」
聞いたことのない名前だったようだ。
「……授与が完了しました。お疲れさまでした」
職員は事務的にそう言うだけだった。
「固定ダメージ+一……。なんの冗談なんだ?」
授与室から移動しながら、何度も確認する。
正直、期待出来るスキルじゃない。桁しょぼいし。
だが、俺にはそのスキルが当たりなのか、ハズレなのかすら分からない。基準が分からないから。
「……固定ダメージってなんだよ。ゲームかよこれ」
ただ一つ分かるのは――。
これが、俺の人生を左右する唯一の力だということだけだった。




