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031-4

 一般人から異能力(チカラ)は、普通の人間に+αされた能力に映るらしい。

 では、異能力者にとって、異能力とは+αされた能力なのだろうか?


――否


 異能力者にとって、異能力とは自己の延長線上にあるものでしかない。それは生物が呼吸することと同じくらい、極々普通のことでしかない。

 だから、自分の異能力を嫌悪する異能力者でさえ、完全に異能力を封じることに躊躇する。呼吸を止めることに等しいことを躊躇するのは当たり前のことだろう。

 では、翔太――俺様の場合はどうなる?

 アレに汚染された俺様は、自分の意志や思想とは関係なく異能力を御することを強いられている。普段、御している異能力を行使することで何が生まれるのか?


――快楽


 そう、普段は封じられている異能力を行使する。これほど甘美な感覚は、この世界には存在しない。

 体の隅々を歓喜が駆けめぐる。今まで、ガラス越しに接していたような感覚がクリアになる。


「おい、どうした? どうしてそんなに脅えている? さっきまでの威勢はどうした?」

「き、貴様は最低ランクの異能者じゃなかったのか! オレにいったい何をしやがった!」

「何を? おいおい、俺様は最低ランクの異能者なんだろ。俺様が何か出来るはずないだろ」


 体の芯からこみ上げてくる愉悦が笑い声となってこぼれてしまう。

 さっきまで、人のことを虫けらのように見下していた伊集院が、脅えた顔で俺様を見上げている。周囲を見渡すと、取り囲んでいた生徒どもも、似たような顔して俺様を見ていた。

 ふざけた連中だな。さっきまでのお祭り騒ぎはどうしたよ?

 苛立ちをぶつけるように伊集院を蹴り飛ばす。潰れた蛙のような声を上げながら伊集院は数メートル吹き飛んで、ボールのように転がっていく。


「おら、さっさと起きあがれよ。てめーが始めた私闘だろ。這い蹲ってんじゃねーよ」

「卑怯な手で……オレの異能力を封じて……いい気に、なるなよッ!」

「立ち上がれるじゃねーか。さっさと続きを始めて終わらせよーぜ。俺様も暇じゃねーんだよ」

「貴様が病院送りになって終わりじゃッ!」


 口から血を垂らしながら絶叫する伊集院。血走った目で俺様を睨みつけながら突進してくる。

 ピリピリと伝わってくる殺気に、自然と口の端が持ち上がる。伊集院(こいつ)を喰らったあとは、どうするか? 周りで騒いでいた連中も喰らってしまうか。


「バカ騒ぎはそこまでにしておけ」

「――ッ! なんだこの犬どもは!」


 風が吹いたと思った瞬間、俺様と伊集院の間に小柄な女性――玄谷なずなが立っていた。彼女は気だるそうな顔で俺様を睨んでいた。


「ただのバカ騒ぎであれば、別に目くじらをたてる必要も無かったのだぞ。まったくもって面倒なことをさせおって」

「例え教師だといっても我々の聖戦を邪魔することは許され――」

「面倒だ、寝てろ」


 声を荒げた伊集院の腹部に手をあて、玄谷なずなが寸勁を放つ。伊集院はうめき声を洩らすことも出来ずにその場に崩れ落ちる。


「おいおい、教師が生徒に手を出していいのかよ」

「構わん。口で言っても分からんアホウに気を使ってやるほど、わたしは暇ではない。それに寝かしつけた方が余計な怪我をせずに済む。逆に安全を確保してやっているので、礼を言われてもいいくらいだ」


 ぱちん、と玄谷なずなが指を鳴らすと、大型犬が現れる。伊集院の胴着――腰あたり――をくわえると器用に運んでいく。式神ってやつか。


「で、鬼灯よ、異能力(チカラ)を使い始めて何秒経過した?」

「その質問に答える義務が、俺様にあると思ってんの」

「素直に答えるかどうかで、浸襲度は推し量れる。鬼灯め、少し侵されているようだな」

「ずいぶんな物言いだな。俺様は俺様。それ以上、それ以下でもないっていうのにさ」

「鬼灯のいう"俺様"の基準はどうやって決めている? ちゃんと数値化できて、誰が見ても必ず納得できるのか?」


 玄谷なずなが鼻を鳴らす。

 俺様を見下しているのか? 小馬鹿にしたような態度が気にくわない。もう喰らおう。


「トンチで時間稼ぎか? 残念だけど、俺様はそれほど気が長くはねーぞ」


 言い終わると同時に地を蹴る。

 まずは異能力(チカラ)を喰らわせてもらおうか。


「甘い。行動が短絡過ぎるな」

「なん――ッ!」


 不意の衝撃が俺様を貫く。

 玄谷なずなが右掌底を繰り出した姿勢で、俺様を見据えていた。

 いつ一撃を繰り出しやがったんだ。


「思考が錯乱しているぞ。余裕があるな」

「ふざけ――ッ!」


 衝撃が俺様を貫く。

 一発、二発、三発――。

 異能力(チカラ)の混じらない純粋な物理な衝撃。

 少しでも異能力(チカラ)が混じっていれば、喰らうことが出来るというのに、ふざけやがって。


「どうした、もう終いか?」

「くそったれが! 後悔させてやるよ!」

「そうか。それは残念だ。わたしの方は終わらせる気満々だからな」


 ぱちん、と玄谷なずなが指を鳴らす。

 同時に複数の小型犬が俺様を取り囲む。


「寝ろ。――封!」

「くそったれがぁぁぁ!」


 小型犬が輝きながら俺様の周りを走る光景を最後に、俺様の意識は途切れた。


「……サンキュー、なずなちゃん」



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