031-2
「逃げずにノコノコとよく現れたな、鬼灯翔太ッ! そこだけは褒めてやろうッ!」
実技実習室に入った俺を迎えたのは、鼓膜を破らんばかりに響き渡る伊集院武史の大声。
柔道着姿の伊集院は腕を組んで仁王立ちしていた。
俺は顔をしかめながら、周囲を見渡す。
フロアの入り口は、覆面をつけた生徒が閉鎖しているため、俺と伊集院以外の姿はない。
その代わりに数カ所――東西南北に設置された観戦スペースに生徒が詰め入っていた。
実技実習室の入り口の騒動を考えれば、中の様子を見るために生徒が観戦スペースにいるのは当然だろう。
見世物になっている現状が、俺のモチベーションを著しく低下させている。
視線を感じながら、俺は伊集院の近くまで歩み寄る。
ゴリラが柔道着を着ている、という表現がしっくりくる伊集院の姿は、視界に入るだけでゲンナリしてくる。
俺はため息をつきながら、大胆不敵な笑みを浮かべる伊集院に尋ねる。
「……確認するのもバカらしいが、俺は決闘に呼び出されたんだよな? 見世物になるために呼び出されたんじゃないんだよな?」
「無論、決闘のためだ、怖じけづいたのか? 今なら土下座して、床を舐めれば見逃してやるぞッ!」
「誰が怖じけづくかよ。決闘というわりには人が多すぎないか? 決闘って、確か法律で禁止されているらしいぞ。人目につくのはマズイんじゃねーの?」
「何を言いだすかと思えば、そのような世迷いごとを……。コレは決闘にあって決闘にあらずッ! なぜなら、コレは聖戦だからだッ!」
一切の迷いもなく、ハッキリと言い切る伊集院。
ああ、そうだった、忘れていたよ。
神代梓非公式親衛隊は、話が通じる相手じゃなかったな、頭のネジがイカれているんだったわ。
聖戦の一言で、俺の感じる理不尽全てを正当化してくる。
本当に迷惑極まりない。
「もういい……。お前らの理屈に付き合うと、頭がおかしくなりそうだ。さっさと終わらせて、帰らせてもらうぞ」
「デカイ口を叩きよるわッ! 早々に実技実習室から退場することは許そうッ! ただし、貴様がたどり着くのは、墓場か病院のベッド、どちらかよッ!」
ビリビリと俺の鼓膜を攻撃してくる伊集院の大声。
太い指で、伊集院が俺を指差すと、観戦スペースの生徒から歓声が上がる。
「ガハハハッ、民衆の支持はオレに有りッ! 大罪人よ、今ここで永遠の眠りを与えてやろうぞッ!」
「チッ、ちょーしにのってんじゃねーぞ。いくら温厚な俺でもブチ切れるぜ」
「安い挑発だなッ! 最低ランクの貴様が切れたところで、たかが知れておるわッ!」
伊集院は、そう言い放つと立ち上がった熊のように構える。
ただでさえデカい図体がさらに巨大に見える。
伊集院の武術の腕は知らないが、スピードはないだろう。
掴まれなければ、余裕で倒せるはずだ。
俺は静かに息を吸い込み、カラダの調子を上げていく。
「怪我しても恨――ッ!」
とっさに俺は横に飛ぶ。
一瞬前まで俺の立っていた位置を、伊集院が通り過ぎていった。
速度を出した大型トラックが突っ込んできたような圧力があった。
チカラを使わずに人間が出せる速度を超えていた。
「おい、チカラは無しといってなかったか?」
「オレはチカラを使ったつもりはない。しかし、チカラを抑えている封具の調子がおかしい様だな。なぁに、心配するな、本気には程遠い出力だ。それに実技実習室で、チカラを使っても咎められない。そもそもの結果も変わらないのだからなッ!」
「常時発動タイプか。多少はマトモなやつかと思った俺がバカだった」
「鬼灯翔太ッ! ここで朽ち果てよッ!」
再び砲弾の様に突撃してくる伊集院。
俺を捕まえようと伸ばしてくる伊集院の腕をかわし、懐に潜り込む。
そして、右掌底を伊集院の鳩尾に、カウンターで叩き込む。
「――ッ! 手段選ばずってやつかよ」
右手から伝わる硬質な衝撃。
同時にくぐもった金属音が響く。
状況を確認するよりも早く、俺は伊集院から距離を取る。
右手は骨折などの致命傷はなさそうだが、衝撃に痺れてマトモに動きそうにない。
伊集院を見ると、愉悦に歪んだ笑みを浮かべながら柔道着の前を開いてみせる。
分厚そうな鉄板が腹巻の様に巻かれていた。
「何度も同じ手がオレに通用すると思ったのか? 前回、貴様にヤられた場所は重点的に守らせて貰ったッ!」
「……そーかい。意外と根に持つタイプなんだな」
俺は歓声に酔う伊集院を見据えながら、次の一手を考えるのだった。
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