031-1
実技演習室は、”室“という言葉が付いているが、神咲学園の校舎や体育館には存在しない。
もちろん普通に剣道や柔道などを行う道場にもない。
異能という表社会に出せないモノを扱うため、人の目につきにくい場所に実技演習室は設けられている。
「手入れをすれば目立つから、って理屈はわかるけど、実技演習室までの道は整備してほしいな。人払いの結界とか、人の目をそらす方法なんて色々あるだろ……」
俺は裏庭の奥、雑木林を縫うように伸びる、雑草だらけの小道を歩きながらボヤく。
獣道一歩手前という状態の小道を五分ほど歩くと、石造りの建造物が姿を現わす。
古代ギリシャのコロシアムをスケールダウンした、円形闘技場が実技演習室だ。
直径八十メートル、高さ十五メートル、天井付き。
人工衛星から見つかりそうだが、色々な結界を施し、隠蔽しているらしい。
「暇人、多すぎだろ……」
実技演習室の入り口が目に映った瞬間、俺は呟いてしまう。
放課後の実技実習室は、特定の期間――霊障実習や実技試験の前――ぐらいしか混まない。
なのに、入り口には多くの生徒が詰めかけていた。
俺が今まで見た中で、一番混んでいるかもしれない。
「あ、鬼灯。ボイコットせずに来たんだ」
「……藤代、暇人だな」
「アンタと一緒にしないで。あたしは、仕事だから」
俺の姿を見つけて、人混みから駆け寄ってきた藤代。
彼女は右腕につけた『風紀委員』の腕章を指差してみせる。
「藤代、風紀委員の中でお荷物なのか? こんな小物の小競り合いみたいな場所に駆り出されるなんてよ」
「ブラックリストに名前が載ってる鬼灯が、関わる騒ぎよ。腕に覚えのあるメンバーが、強制的に実技演習室に集められているわよ」
「暇人が多いんだな、風紀委員」
「役割を考えれば、風紀委員は暇なくらいがちょうどいいのよ。アンタが騒動を起こしていなければ、今日はミッちゃんと甘い物の買い出し行けたのに」
頬を膨らませ、俺を睨む藤代。
俺は肩をすくめてみせる。
騒動に巻き込まれただけで、俺が騒動を起こしたわけじゃないんだけどな。
「ゲッ、鬼灯の野郎、きてんじゃん」
「マジで。最低ランクのくせに空気も読めねーのかよ」
「アイツがビビってこない方に賭けてたのに、マジふざけんなよ」
実技演習室に集まっていた人垣から、ひときわ大きな声が聞こえてくる。
長髪、金髪、ピアス、だらしなく着崩した制服といった、いかにも不良といった感じの男子生徒たちが騒いでいた。
一部の生徒の間で、こういう騒動の際にどちらが勝つかなど、賭け事が流行っている。
たぶん俺が現れない方に賭けて負けたんだろうな。
どういう掛け方が出来たのか知らないが、自業自得で、人に文句を言うのはやめて欲しいものだ。
「アイツ、なずなちゃんに飼われてんでしょ。マジやばくない?」
「マジで? 真性のロリコンじゃん。ヤバー」
「バカシロどーなんの? 遊び? アイツの尽くし方ってマジやばくない? 絶対、頭おかしーって」
ゲラゲラと下品な笑い声をあげながら、不良男子生徒たちに続いて現れるギャルっぽい女子生徒たち。
耳障りな笑い声だけでなく、カラフルな髪色と化粧で目も痛い。
世話になっている梓や、なずな教諭に対する暴言は許されるのか? 許されないよな。
俺は自然と拳を作る。
「……鬼灯、押さえなさい」
藤代の低い淡々とした声音。
反射的に突貫しかけた俺の進路を塞ぐように、藤代が俺の前に背を向けて立ちふさがる。
「アナタたち、学年と名前を言いなさい。校則違反よ」
「何いってんの、このガキ。風紀委員の腕章で、俺らがビビると思ってんの? ばかだねー」
「ケイタ、軽ーく遊んでやりゃいんじゃね? どうせクソが空気読まなかったせいで、ぼろ負けじゃん。少しはいい思いしてもよくね?」
「いいじゃん。風紀委員とバトってやれよ。俺ら賭けの胴元してやるからよ。負けた分、取り替えそーぜ」
卑下た笑い声をあげながら、盛り上がる不良生徒たち。
遠巻きに見ている生徒たちも徐々に状況を把握し、集まってくる。
ケイタと呼ばれた男子生徒は、仲間たちから持ち上げられ、やる気満々の様子。
それに対して、藤代は恐ろしいほど静かだった。
「十秒、時間をあげる。素直に謝れば、今回は許してあげるわ」
「何ガンくれてんの? 全然怖くねーよ。何が十秒だ、頭おっかしーんじゃねーの」
ヘラヘラと緊迫感のかけらもないケイタ。
仲間たちも一緒になって笑う。
コイツら、正気か?
俺は口に出さずに呟く。
周囲を視線だけで確認すると、遠巻きに見ていた生徒たちは、固唾を飲んで見守っている。
それもそのはずだ。
藤代を中心に、重く冷たい空気が渦を巻いている。
この空気を感じて警戒しないヤツは、余程の実力者か余程の自惚れた奴しかいないだろう。
「……十秒よ」
「だからな――ゲボッ!」
次の瞬間、ケイタに叩き込まれる無数の拳。
瞬きの間でボロ雑巾と化す。
「アナタたち、こうなりなくなかったら、大人しく生活指導室に行きなさい」
何が起きたのか理解できず、呆然とする不良たち。
ワンテンポ遅れて数人の生徒――腕に風紀委員の腕章――が、不良たちを取り囲む。
藤代はポケットから取り出した除菌シートで、拳を拭いながら俺に向き直る。
「鬼灯、とりあえず中に入ったら? このゴミ掃除が終わるまでに片したら、今回の騒動は不問にするように、上に掛け合ってあげるわよ」
「お、おう……」
笑顔だが、目が全く笑っていない藤代。
堪えているつもりだろうが、怒りが全身から漏れ出している。
俺は曖昧な返事をしながら、当初の目的である実技実習室に向かった。
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