030
伊集院から決闘の申し入れがあってから、三日が過ぎた。
つまり決闘当日、俺は五時間目の授業をエスケープして、校舎の屋上に寝転がっていた。
程よい風と、優しい陽光のおかげで、屋上は昼寝に最適な環境が出来上がっていた。
「こんな日に真面目に授業を受けるのは、もったいねーよな」
誰に尋ねるわけでもなく、俺は屋上に大の字になって寝転がる。
すぐにでも熟睡できそうだった。
しばらく、目を瞑って周囲の喧騒を静かに聞き入っていると、近づいてくる気配があった。
殺気があるわけでもなく、俺は特に気にしない。
気配は俺のすぐそばで、ピタリと止まる。
「そのまま寝転がると服が汚れてしまいますわよ」
不意に聞こえてくる女の声。
見上げるようにして確認すると逆光でシルエットになった人影があった。
真っ黒に塗りつぶされているため、当然スカートの中身とか見えない。
まあ、輪郭からスカートを押さえているようだから、どのみち見えないだろうけど。
「……白木か?」
「そうですわよ。神代さんでも、藤代さんでもありませんわ。不満ですか?」
少し拗ねたような声音の白木。
特に不満があって尋ねたらわけじゃないんだけどな。
「授業時間なのに白木が屋上にいるというのが、不自然すぎて自信がなかっただけだ。優等生が屋上にいるべき時間じゃないから仕方ないだろ」
「別に、わたくしは優等生ではありませんわ。普通に授業を受けて、普通に評価されているだけですから。過大評価過ぎますわ」
「その普通ってのがなかなか難しいもんなんだよ」
俺は大げさにため息をついてみせる。
白木がスカートを気にしながら、俺の横に静かに座る。
横目で確認すると、白木の腰の上まで伸ばした癖のない黒髪が、風にサラサラ揺れる。
彼女は大きな澄んだ瞳で遠くを見つめる。
その姿は一枚の絵画を見ているような美しさがあった。
気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は流れる雲に視線を移す。
「鬼灯くんは、授業をサボっている割には、赤点の補習を受けていませんわ。わたくしには、無理な芸当ですわ」
「俺が赤点を回避しているのは、梓が真面目に授業を受けて、座学の試験前にヤマを俺に強制的の叩き込んでくれるおかげだ。アレがないと確実に毎回赤点の大盤振る舞いしてるぞ」
「鬼灯くんのために真面目に授業を受けるなんて、神代さんらしいですわね……。鬼灯くんは、赤点の補習と、いやじゃありませんこと?」
「別にー、って感じだな。まあ、バイトとか出来なくなって、小遣いが苦しくなるのはあるが、それだけだしなー。絶対、コレをやらないとダメなんだとか、アレが絶対欲しいとかないからなー」
自然に出てきた欠伸を噛み殺しながら答えると、何が面白かったのか、白木はクスクスと口元を隠しながら笑う。
「神咲学園に通う学生は、何かしら求めていますわ。それが自分の意思であったり、親の意思だったりと様々ですわ。赤点を取れば、家から落ちこぼれ扱いされるって、必死になっている生徒も多いですわよ」
「そいう連中は、霊障駆除実習とか、異能が絡むと授業で成績良ければ許されるだろ。一般の常識と離れた世界の住人なんだから」
「昔は一般教養がなくとも問題なかったようですわ。最近は情報化社会になったせいで、一般教養くらいないとダメとなったようですわよ。まあ、世界的に有名な一族とかは違うみたいですけど」
「時計塔の連中や、イスカリオテの名を冠した奴らが、スマホ片手にSNSに自撮りをアップしだしたら、世も末だろうな」
「末ですわね。異能は闇に潜むモノ。表に出てくれば、片っ端から塵芥にされますわ。例外はあると思いますけど」
クスクスと笑う白木。
何故かその笑い声に違和感を感じてしまう。
違和感の原因が何か、俺が眉間にシワを寄せていると、白木が立ち上がる気配がする。
「さて、そろそろ教室に戻りますわ。保健室に頭痛止めを貰った帰りですから。あまり長居すると怪しまれますわ」
「……そうか」
俺の返事を待たずに、白木はフワリとスカートを翻す。
そのまま軽い足音が響き、白木の気配が屋上から消える。
上半身を起こし、白木が出て行った屋上のドアを睨む。
そうしたところで違和感の原因が何だったのかわかるはずもない。
「ヤメだヤメだ。俺の気のせい、悩むだけムダ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いて、昼寝を再開するのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
なんか早いペースになってます。




