029
「翔太……、もう、無理……」
そう言いながら、俺にしなだれかかってくる梓。
柔らかな感触と、ふわりと、石けんの香りが鼻腔をくすぐり、俺は一瞬、ドキリとしてしまう。
「そこっ! 学食で何を始めるつもり! 風紀を乱さない!」
「……病み上がりなのに、神代さんは、平常運転ですわね」
頬を赤らめながら、抗議する藤代と、呆れた顔で紅茶のペットボトルに口をつける白木。
二人の反応は予想通りと言わんばかりの梓は、さらに俺に体を預けてくる。
制服越しに伝わる梓の体温。
俺は努めて平静な表情を崩さない。
「学食のオバち――お姉さんが、体調崩した梓のために、特別に作ってくれたタマゴ粥だぞ。ちゃんと食べろよ」
「私、ネコ舌。食べた感触のない粥も嫌い。それくらい、翔太も知っているでしょ」
「知っているけど、好意はありがたく受け取るもんだ」
「お粥が食べた実感が薄いっていうのは同意いたしますわ。でも、消化しやすいものは、消化に使うエネルギーを減らせるらしいので、体調が悪い時は体にいいですわよ」
「お腹いっぱい食べても、お粥はすぐお腹減るから、わたしも苦手だな」
俺の予想に反して、藤代と白木は、お粥に対して否定的。
お粥だけだと、侘しい。
だが、お供を用意すれば、色んな味が楽しめて美味しいんだけどな。
学食のオバ――お姉さん特製のタマゴ粥は、薄味でタマゴの味がハッキリと分かる。
薬味の刻んだネギが、良いアクセントになっている。
だが、病弱で上品そうな見た目のに反して、ジャンクな味が好きな梓の好みではない。
あまり人の料理に手を入れたくないんだけど。
俺は、テーブルに用意されている調味料から、醤油を手に取る。
タマゴ粥に円を描くように、醤油を垂らして、レンガで軽くかき混ぜる。
「ほれ、これくらいの味なら大丈夫だろ」
レンゲに一口分、タマゴ粥をすくって、梓の口もとに差し出す。
梓は、一度、息を吹きかけて、タマゴ粥を冷ますと、パクリと食べる。
「……うん。いい塩梅。さすが翔太。私のこと、わかってる」
「なんの自慢にもならねーな」
「神代梓検定、一級取れば将来安心だよ。これで貴方も神代梓マスター」
「……履歴書にも書けない役に立たなさそーなやつだな」
ドヤ顔の梓を見ていると思わず、笑いが溢れてきた。
梓も俺につられて笑う。
「ストーップ!」
「待ったですわ!」
藤代と白木の声が、俺と梓の笑い声を止める。
「あまりにも自然過ぎて、呆気にとられてしまいましたわ。藤代さん、破廉恥を止めるのは
貴女の役目なのに、何をなさってるんですか」
「ちょ、私は風紀委員であって、破廉恥を取り締まってるんじゃないよ。てか、白木さんも反応できてなかったじゃん」
「自然体過ぎて、反応できるわけないじゃないですわ」
慌てる二人に俺は首を傾げてしまう。
ちらり、と梓を見ると口の端を持ち上げて、良からぬことを考えてそうな笑顔を作っていた。
「何を今更。私と翔太の関係は、これが自然体」
俺にしなだれかかりながら、梓が微笑む。
ちろり、と唇を舌で舐める姿は、どこか妖艶で、周囲から息を飲む音が無数に聞こえてきた。
藤代と白木も、頬を染めて梓の笑みに呑まれて固まってきた。
時間にして何秒過ぎただろうか、我に返った藤代が、わなわなと震える指を梓に突きつける。
「な、な、なに破廉恥なことをしてんのよ!」
「ふふふっ、ハレンチってなに? 私は微笑んだだけだよ」
「――ッ! あんた、わかってるでしょうが!」
「藤代さん、落ち着きなさいですわ。神代さんのペースに飲まれては、思うがままですわ」
「で、でも……」
「その気持ち、わたくしもわかりますわ。だからこそ、ここは耐えるべきですわ。冷静になるべきですわ」
白木の言葉に藤代は、下唇を噛みながら、梓を睨む。
そして、藤代と白木は、固い握手をかわす。
なんか二人の友情が深まったようだ。
これで、めでたし、めでたし――
「ふっざけんじゃねーぞッ! ゴラッ!」
怒号が食堂に響き渡る。
肌越しにビリビリと殺気が伝わってくる。
振り返るとゴリラが柔道着を着ていると表現しても差し支えない、ゴツくて大柄な男子生徒の姿があった。
男子生徒は、鬼の形相で、怒りから顔が真っ赤になっている。
当然、知らない顔ではない。
梓の非公式親衛隊の一人だ。
「大久保を退けて安心しているようだが、自惚れるのもここまでだッ! ヤツは我らの中で最弱ッ! 鬼灯翔太よ! このオレ、伊集院武史によって! 貴様は我らが実力を! 恐怖を! その身に刻み、慄くのだッ!」
柔道着ゴリラ、もといい伊集院が大声で宣言する。
あまりの声量のデカさに、周囲にいた生徒は両手で耳を塞ぎ、食堂の窓はビリビリ震えている。
意気込んでいる伊集院だが、過去に俺が病院送りにしたことがある。
それなのに、ここまで強気な発言ができるのは、天晴れとしか言いようがない。
「……バカ? 死にた――モガッ」
体感温度が二、三度下がりそうな殺気を漂わせ始めた梓の口を手で塞ぐ。
同時に、藤代と白木を視線で御す。
「で、どーするんだ?」
「低ランクの異能者である貴様を、異能で叩き伏せても心を折ることは出来まい。オレは紳士だからな、体術で決闘を申し込む!」
懐から白手袋を取り出した伊集院は、一瞬悩む仕草を見せる。
一呼吸置いて、伊集院はスタスタと俺のそばまで歩み寄ると、メンコのように白手袋を俺の足元に叩きつける。
「三日後、午後四時に実技実習室に待つ!」
そう言い捨てると、食堂から去っていく伊集院。
怒号と、今の行動が噛み合わず、周囲の生徒はポカン、としていた。
梓も「なにあれ?」と困惑した視線を俺に向けていた。
俺はとりあえず、投げつけられた白手袋を落とし物入れに入れることにした。
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