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028(※)

 部室棟――旧校舎は、不自然に人の気配がなく、外の喧騒も別世界の出来事のようだった。


 ぺち、ぺち、ぺち、と廊下に響くスリッパの音。


 玄谷なずなは、小柄な体躯に不釣り合いなスーツと、羽織ったヨレヨレの白衣を引きずるようにして、廊下を歩いていた。


 そして、すぐに目的地――気を失っている大久保利啓太の姿を見つける。


「全く、教師をメールで使いっ走りにするなど、鬼灯はなっとらんな」


 なずなは、ため息をつきながら肩をすくめる。


 軽い口調と比べて、なずなの表情は険しく、鋭く細められた瞳が周囲の様子を伺っていた。


「残滓の感じからして、大久保がチカラを使ったようだな。だが、妙だな……」


 常人では感じ取ることのできないチカラの残滓。


 なずなが把握している大久保の異能力は、発火能力(パイロキネシス)


 かなりの実力者で、自分の意思で燃やすモノを選別できると記憶している。


 パチン、と、なずなが指を鳴らすとパピヨン――式神が三体、姿を現す。


 なずなに招ばれたことが、よほど嬉しいのか、三体は尻尾を振りながら、跳ねるように、なずなの周りを走る。


「少しは落ち着くのだ。この場に漂う残滓を調べよ」


「「「わん!」」」


 三体の式神は、元気よく返事をすると、転がるように走り回り始めた。


 クンクン、と鼻を鳴らして、チカラの残滓を調べる姿は、普通のパピヨンにしか見えない。


「調べるのは、これで良しとして、大久保をどーするか」


 うつ伏せになっている大久保を、なずなは片手で雑にひっくり返す。


 衝撃に大久保が「ヴッ!」と、唸り声を漏らすが、なずなは気にしない。


 苦しそうな表情で、脂汗を滲ませる大久保の額に、伸ばした人差し指と中指を添える。


「随分と内側(なか)がメチャクチャになっているな。万全の状態でない上に、チカラを全力で使った後遺症、か?」


 なずなは、柳眉を眉間に寄せながら、首をかしげる。


 普通なら、身体の隅々まで、澱みなく気が巡っている。


 しかし、大久保の気の巡りはズタズタになっていた。


 無理やり引き裂いた、喰いちぎった、という表現がピッタリ当てはまりそうな状態だった。


「……応急処置は容易いが、本格的に治療しないとチカラが暴走する可能性が高いな。美舟の婆さまに頼むしかないか。小言が面倒なんだがな」


 なずなの衣食住に関して、小言をいう顔なじみの異能者を思い出す。


 服装に気を使え、食べ物に気を使え、式神を寝具がわりにするな、などなど。


 なずなは、嘆息しながら柏手を打つ。


 ゴールデンリトリバー――式神が姿を現し、横たわる大久保のすぐ横に、行儀よく伏せる。


 なずなは片手で大久保を式神の背に乗せる。


「美舟の婆さまのところまで、運んでくれ。急患だと忘れずに伝えておいてくれ」


 式神は頷くと、大久保を背中に乗せたまま、軽快に宙を蹴って走っていく。


 なずなは、式神を見送ってから、周囲を改めて見渡す。


「……これは少し面倒かもしれんな」


 ガジガジと乱暴に頭を掻くと、なずなは走り回るパピヨン――式神たちの元へ向かうのだった。

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