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027

 職員室を後にし、俺はあてもなく校舎を歩き回る。


 どうすることが一番正しいのか、俺にはわからない。


「よくも聖域(ここ)に足を踏み入れることが出来たな」


 不意に背後からかけられる男の声。


 足を止めて、振り返ると学生服を着た包帯男が立っていた。


 包帯男は、包帯の巻かれた指で、クイッとメガネの位置を直す。


「ここって……あぁ、部室棟か。大久保、もう病院から出てきたのか。一ヶ月、経っていないぞ」


「ふははははっ、随分と己を過大評価しているな! あの程度のダメージごとき、我輩の鋼の肉体! 強靭な精神力の前には、無きに等し――ゲホッ! ゲホッ!」


 声高らかに口上を述べていた包帯男、もといい梓の非公認親衛隊の大久保は脇腹あたりを押さえながら蹲る。


 前回、梓と藤代にボコられて、あばらが二、三本は確実に折れてたはず。


 特殊な治療――異能者による治癒でもなければ、短期間で治るはずがない。


 異能者による治療は、副作用や耐性の問題があり、緊急時以外は利用されない。


 なので、大久保以下、病院送りになった連中は、一般的な治療を受けているはず。


 まだ、少し動いただけで、泣きたくなるほど痛いはず。


「くふっ、くくっ、ははははははっ、この痛み! この痛みこそが! 我輩の活力! 原動力である! それは我輩を聖戦へ導く! 大罪人、鬼灯翔太ッ! 今ここで、その罪を贖うのだ!」


「涙が出るくらい痛いなら、大人しく病室に帰れよ。今なら何もせずに帰してやるから」


「涙? 否ッ! これは断じて涙ではない! 鬼灯翔太の(まなこ)が、腐って濁りきっているから、そう見えているだけなのである!」


「いや、誰がみても、泣いてるだろ……」


 同意を求めようとするが、周囲に人の気配はない。


 いつもなら梓の非公認親衛隊の覆面隊員がいるのに、珍しい。


 全員病院送りで、動ける奴がいないのか?


「我輩の魂は! この瞬間を待っていたのである! 大罪人を裁く、この瞬間を! 鬼灯翔太ッ!」


 次の瞬間、紅い炎が大久保を包み、包帯だけを焼き尽くす。


「骨まで灰となり、往生しろ! ≪地獄の劫火(ヘル・ファイヤ)≫」


「チッ! 校舎でチカラを使うなんて、気が狂ったのか?」


「ふははははっ、気が狂った程度で鬼灯翔太を屠ることが出来るのであれば、僥倖なのである!」


 大久保は両手に生み出した赤赤とした火球を、俺に向かって嬉々として撃ち込んでくる。


 一つ、二つ、三つ。


 バックステップをしながら、俺は飛んできた火球を躱す。


 リノリウムの廊下の床に火球が触れた瞬間、天井を焦がすような火柱が上がる。


 距離があるにも関わらず、チリチリとした熱気が肌を焼く。


 火球が避けれない速さで飛んできていたら、ヤバかったかもしれない。


「校舎を燃やす気かよ! なずなちゃんに、ぶっ飛ばされるぞ!」


「校舎を燃やす? 鬼灯翔太よ、何を言っているんだ?」


 口の端を持ち上げ、どう猛な笑みを浮かべる大久保。


 顔の高さまで持ち上げ左手には、火球が猛る様に揺れている。


 余裕綽々の大久保に、俺は違和感を覚える。


 梓の非公認親衛隊の活動をしている大久保だが、それ以外は常識人の範疇に収まる学生だ。


 校舎どころか、燃えやすい物がある場所で、軽々とチカラを使うような性格をしていない。


「……火災警報機が、反応してない?」


「ふははははっ、よーやく気づいたか! 我輩を低ランクの異能者と同じと思うのは愚の骨頂なのである! 本物の焔使いというものは、己が灰燼に還したいモノだけを、燃やし尽くすことが出来る高尚な存在なのである! つまり! この場において、我輩の炎に焼かれるのは、鬼灯翔太のみなのである!」


「燃焼対象の選別だと……、常識外れなことするんじゃねーよ!」


「異能者のチカラとは、常識に囚われない存在なのである。それすら理解できぬとは、哀れな者よ、鬼灯翔太」


 大久保の高笑いに合わせるように、左手の火球も燃え上がる。


 勝ち誇ったような大久保の姿に、少しイラっとしながら、俺は素早く周囲の状況を確認する。


 先ほどの炎で、廊下や天井に焦げた跡はなく、燃えたような臭いもない。


 さっきの火球と火柱は、幻覚だったのか?


 否、少なくとも大久保は、制服を燃やさずに包帯だけを燃やした。


 チカラで、そう見せたとしても、長時間維持するのは難しい。


 導き出されるのは、炎を操る異能者で、実力者ということだ。


 俺が取れる手段は、距離を詰めて、大久保をぶん殴るくらいか。


 一撃で意識をトばせば、被害も最小に収まるだろ。


 静かに、ゆっくりと息を吐き、脚力を溜める俺に、大久保は制するように右手を突き出す。


「おっと、我輩は紳士なので、先に教えておくのである。鬼灯翔太よ、『爆発反応装甲』というものを知っているか?」


「……知らね」


「やはり知らなかったな。簡潔に説明すると、衝撃を受けた瞬間、爆発して衝撃を相殺する装甲である」


「……このタイミングで、俺に教えてきたってことは、似たような仕掛けがあるってことか?」


「ほう、鬼灯翔太よ、察しがいいのである。我輩の最強の盾が、まさしく爆発反応装甲なのである。我輩に拳で触れた瞬間、爆発が起こり、致命傷を与えるのである。チカラなき者は、我輩に直接、攻撃するしかない。つまり、本気を出した我輩の前では、鬼灯翔太には敗北の二文字しかないということである」


「……そーかい。ご丁寧に自己申告ありがとよ」


「どういたしましてである。そして、さようなら」


 ゴミでも捨てる様に、大久保が火球を放る。


 同時に火球は膨れ上がり、廊下を埋め尽くす。


「チッ! めんどくさいことしやがって!」


 数歩、後ろに飛びのく。


 先ほどまでと違い、炎は床に着弾しない。


 それどころか俺の方に一直線に向かってくる。


 さっきは、あえて火球が床に触れるように飛ばし、床に触れたら火柱に変わるようにしていたのだろう。


 油断したせいで、炎との距離を取り損ねた。


 ここは一階なので、窓を突き破って外に出る手段もある。


 いや、大久保のチカラが、廊下の窓ガラスにも付与されていた場合、窓に触れた時点で灼かれて終わりだ。


 ここから逃げるが最善の手か。



――それは違う。



 迫る炎に背を向けようとした瞬間、頭の片隅で俺の声が響く。


 いつもなら即座に否定するが、それが出来なかった。


 ああ、そうだ。


 最善の手は別にある。


 あの程度のチカラに、俺が逃げる理由は無い。


 俺は静かに息を吐く。


 時間が引き伸ばされていく感覚。


 肌にチリチリ感じていた炎の熱も気にならなくなっていく。


 眼前に迫る炎を見据えながら、俺は無造作に右手を前の伸ばす。


 次の瞬間、迫っていた炎は消え去り、目を見開いたまま硬直する大久保の姿が現れる。


「――!」


 大久保が唾を飛ばしながら、何か喚いている。


 引き伸ばされた感覚の中で、拾い上げた大久保の音声は引き伸ばされて、言葉としての艇をなさない。


 特殊な徒法で、大久保との距離をゼロにかえる。


「……大人しく、寝てろ」


 俺はソッと右手を大久保の鳩尾に添える様に、密着した状態から掌底を叩き込む。


 大久保の表情が歪んだのは一瞬。


 そのまま膝から廊下に倒れ込み、大久保は動かなくなる。


「――っは……はぁ、はぁ、はぁ」


 同時に引き伸ばされていた時間が元に戻り、脂汗が噴き出してくる。


 激しい動悸と、全身を包む倦怠感に、俺は思わず倒れそうになる。


 かろうじて、廊下の壁に手をつき、難を逃れる。


「ほんの一瞬、チカラを使ってこにザマだ。情けねーな」


 自虐的な嗤いがこみ上げてくる。


 俺は、なずな教諭に大久保の回収をメールで依頼し、体を引きずるようにして男子寮に戻った。

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