026
「……珍しいな。鬼灯、気でも狂ったのか?」
職員室で、なずな教諭からの第一声。
だいぶヒドいと思うのは俺だけだろうか。
抗議しても問題ないよな?
「俺が職員室に足を運んだら、狂人扱いなんすか? 俺は善良な一学生っすよ」
「授業のボイコットは日常茶飯事。呼び出しても三回に二回はエスケープ。病院送りにした生徒の数は三桁に届く。そんな鬼灯が善良な一学生? 寝言は寝て言え」
「……気持ちを入れ替えた、とか今までの行動を反省してとか、マイルドな表現はないっすか?」
「ない。あるわけがない」
きっぱりと言い切る、なずな教諭。
俺のため息を聞きながら、なずな教諭は、ズズズッ、と音を立てながら、美味しそうに緑茶を一口すする。
「まあ、鬼灯が今ここに現れていなければ、放課後に呼び出すつもりだった。手間が省けた。でかしたぞ、鬼灯」
「……うわーい、なずなちゃんから、褒められたゾ」
「つぎ、ちゃん付けしたら潰すぞ」
ぎろり、となずな教諭が睨みつけてくる。
同時に俺の背筋を悪寒が走る。
無闇に反論してはいけないと、俺の本能が察する。
「神代はどこだ?」
「ちょっと体調を崩したんで、大事をとって今日は休んでいます。動けないわけじゃないんで、呼べばくると思いますけど」
「いや、いなくても問題はない。で、”調子“は大丈夫なのか?」
コトン、と、なずな教諭が置いた湯飲みの音がやけに大きい。
周囲に教員の姿はあるが、やけの空気が静まり返っていた。
先ほどの一動作で、なずな教諭が、いつもの様に結界を展開したのだろう。
音を完全に遮断する結界。
プライバシーを考慮してか、単に場所を変えるのが面倒なのか、俺は前者だと俺は信じたい。
「”調子“は、全然問題ないです」
「……わたしの能力を踏まえた上で、その答えか?」
「はい。なずな教諭のことだから、男子寮に式神を配置してるんでしょう」
「異能力を使う人間を集めているからな。男子寮だけじゃなく、女子寮にも置いている。最近はプライバシーとかウルサイから、音声や映像を収集出来るような式神は置いていないけどな。何か異常があれば、わたしに連絡がくる」
昨日、俺のウチにいる”アレ“が蠢いたことを、なずな教諭は確実に気づいている様だった。
俺はすぐに意識を失ったので、わからないが、梓が全力で結界を張ってくれたはず。
外部に”アレ“の気配が漏れたのは一瞬。
そのおかげで、学園では昨日の件について話題になっていない。
一瞬の異常を察知した、なずな教諭の式神は、さすがとしかいいようがない。
「“アレ”は、また眠ったみたいです。ただ、次いつ目覚めるか、わからないです」
「だろうな。“アレ”が大人しく封じられる存在なら、あのクソったれどもも死なずに済んだだろうからな。神代が実力があるとはいえ、“アレ”を封じ込めれたことは僥倖だ。こう言ってはなんだが、三年前の経験があったおかげだろう」
「……でしょうね。梓には感謝しても感謝しきれないです」
いくら梓が神代家当主を上回るチカラがあったとしても、“アレ”はヒトの身で扱える存在じゃない。
三年前の惨劇の後、梓が“アレ”が目を覚ました時を想定して、入念に準備をしていたのだろう。
でなければ、俺の部屋を中心に男子寮あたりが消滅していたに違いない。
「それで、鬼灯が、わたしを尋ねた理由は何だ? いっそのこと俺ごと始末してくれというヤツか?」
「……それが頼めるなら、苦労はしませんよ」
「そうだな。鬼灯を始末して、“アレ”も一緒に、この世界から退場してくれる保証はないからな。ま、わたしとしては、鬼灯を始末した後の神代が厄介だ。面倒なことに確実になるのに、上のバカどもは思慮が足りなさすぎる」
「それは、俺を始末する話があったってことですか?」
「当たり前だろ。三年前から、ちょいちょい思い出した様に提案するバカがいる。今回の件を耳にしたら喜ぶだろうな」
ズズズッ、となずな教諭は不満そうな音を立てながら緑茶を啜る。
三年前の被害を考えれば、当然の話かもしれない。
今でも、右腕を失い、血塗れになりながらも、俺の名前を呼び続ける梓の姿を思い出すことが出来る。
街一つが消滅した事実を隠蔽するために、“協会“も苦労したに違いない。
俺が始末されなかったのは、俺のウチに堕ちた”アレ“が、俺の存在が消えた瞬間、ソトに出てしまうという懸念からだ。
俺の存在が”アレ“にとって、檻になっているという仮定のおかげだ。
「まあ、今回の件について、わたしは報告する気はない。“アレ”は結果、出てこなかったからな」
「それでいいんですか? 梓には悪いけど、“アレ”が出てこなかったのは、運が良かっただけですよ。次も上手くいくとは限らないですよ」
「それでも今回は凌いだんだろ。次も凌げないとは限らない。違うか?」
なずな教諭は、俺を挑発するように、鼻を鳴らす。
俺は、反射的に拳を握りしめる。
気を鎮めるように一呼吸置いてから、口を開く。
「毎回、綱渡りのような対応が上手くとは限らないです。……せめて俺の意識がある間は“アレ”を確実に封じこめておく方法を知りませんか?」
「ふむ、ようやく尻に火がついたのか? 鬼灯らしくない発言だな」
「わかりません。……ただ、梓を泣かせたくないだけです」
「随分と個人都合で、青臭いことを口にしたな」
「……ダメですか?」
「いや、わたしはいいと思うぞ。世界の命運をかけて~、とか鬼灯が口にしていたなら、コンマゼロ秒で張り倒していた。聖人君子じゃないんだ、個人都合は大歓迎だぞ。時と場合によるがな」
いたずらっ子の様な笑みを浮かべながら、なずな教諭は俺を見上げる。
「で、具体的な方法が分からず、わたしのところに来たというところか」
「……はい」
俺の言葉に、なずな教諭は机のキャビネットをゴソゴソと探る。
パチン、と指を鳴らすと、保温ポットと急須、茶碗を、背中のトレイに乗せた式神――ゴールデンリトリバ――が、静々と歩いてくる。
なずな教諭は、式神の背からトレイを受け取ると、テキパキとお茶を入れる準備をする。
茶碗に、キャビネットから取り出した粉末状の何かを入れ、急須から緑茶を注ぐ。
湯気とともに、緑茶の清涼感のある香りが鼻腔をくすぐる。
「とりあえず、飲んでみろ。新茶ではないが、玉露だ」
「……いただきます」
唐突に勧められた緑茶を、訝しげながらも俺は口に含む。
ふくよかな香りと、トロリとした甘みが口内に広がる。
なずな教諭は、新茶ではないと断っていたが、十分に美味しい。
きっと値段も高い玉露に違いない。
と、思った瞬間、妙な苦味が顔を出す。
緑茶のもつ苦味とは違う、異質な苦味。
ただし、記憶の片隅に覚えのある苦味に俺は首を傾げてしまう。
「美味いか?」
「はい。でも、なんか妙な味がします。茶碗に入れた粉末が原因だとは思うんですけど」
「あの味に気づくとはさすがだな。無味無臭と言われているんだけどな、あの毒薬」
「ブハッ! ど、毒薬! 何を飲ますんですか!」
「少量だろうと摂取した瞬間に、体の気の巡りを狂わせ、麻痺させる。毒薬とは言ったが、異能者は無意識にチカラ行使する奴もいるので、手術のときにも“使うことがある”麻酔の様なものだ」
「手術のときに使うのは、正しい使い方じゃないでしょ! 毒薬として使うのが正規の使い方っすよね!」
俺は、吹き出した緑茶(毒入り)を制服の袖で拭いながら、なずな教諭に抗議する。
なずな教諭は、素知らぬ顔で、注ぎ足した緑茶を啜る。
いくら見た目が幼いとはいえ、イタズラで済ませれる範疇を超えていると、俺は思う。
ここはビシッと一言、言ってやるべきタイミングな気がする。
「で、鬼灯は、身体が麻痺しているか?」
「え? ……全然、大丈夫です」
なずな教諭に先に声をかけられ、面を食らいつつも、俺は身体の調子を確かめる。
手のひらを開閉したり、屈伸したり、肩を回したり。
特に変わった感じはしない。
「くそったれどもが、鬼灯に耐性が付く様に、少量ずつ摂取させていたらしいからな」
「ああ、だから――」
記憶の片隅に覚えのある味だったのか。
口には出さずに、俺は一人納得する。
「まあ、厳密にいえば違うが、毒薬でも少量ずつ摂取すれば、耐性が付いて効果がなくなることもある。鬼灯も少しずつチカラを行使すれば、少しずつチカラの制御が出来るかもしれない」
「……例として、毒薬を飲ませるのは無茶過ぎじゃないっすか?」
「でも、納得できただろ」
胸をはり、ドヤ顔で言い切る、なずな教諭。
正直に言うと、可愛い。
なずなちゃん、って呼びたくなるが、ぐっと堪える。
「鬼灯がチカラを使えば、ウチにいる“アレ”に近づく。ヒトの身では手がつけれない存在だが、“アレ”に近しい存在なら、一矢報いることも可能かもしれない」
「……それは可能性があるかも、という仮定の話ですよね?」
「ああ、そうだ。確実な話ではない。無駄なことと思うか?」
「それは――」
俺は、なずな教諭の言葉に即答することが出来なかった。




