025
「……っく、かはっ!」
胸に溜まった淀んだ空気を俺は吐き出す。
目覚めは最悪で、ズキズキとした鈍痛が頭を埋め尽くしていた。
「お、俺は……、まだ、俺で……いられた、のか……」
感覚を確かめるように右腕を持ち上げる。
しかし、右腕が動く気配はない。
最悪の結果を考え、絶望が頭をよぎる。
「すぅ……すぅ……、翔太……」
はっきりしてくる感覚が、小さな寝息と胸の上にある温かさを伝えてくる。
視線を向けると、俺の胸に覆いかぶさるような体勢で、小さな寝息を立てる梓の姿があった。
頭痛は治らないが、俺は安堵の息をこぼす。
ソッ、と左手を持ち上げると、梓の頭を優しく撫でる。
猫の毛のような、細くサラサラとした手触りを返す梓の黒髪。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
感触を確かめるように、梓の頭を撫でる。
それに合わせるように、梓の寝息も、深く、長くなっていく。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
いつのまにか頭痛は治まっていた。
「……翔太ッ!」
「ぐえっ!」
唐突に目を覚ました梓が、俺の腹部を容赦なく両手で押す。
梓の体重は、それほどないはずだが、全く予想していないタイミングだったため、俺の腹は背中に付くほど圧迫された。
そして、俺の意識とは関係なく、変な声が喉の奥から飛び出してきた。
「翔太、ふざけてんの?……一度、死んでみる?」
「ちょ、ま、待て。不可抗力だ。梓が俺の腹を、思いっきり押したせいだ」
「人のせいにする、男らしくない」
「って、さらに圧迫しようとすんな!」
梓は眉間に眉を寄せ、怒った顔をしつつ、右肘を俺のみぞおちに添えていた。
俺は慌てて上半身を起こす。
同時に梓が俺に抱きついてくる。
「もう、ダメかと……思った。もう“翔太”が、目を覚まさないと思った。あの時、アイツらが……やろうとしていた、封神の結界を、真似て……効果がなかったら、私は……翔太を……」
「……すまん」
嗚咽を噛み殺しながら、梓が胸の内を告げてくる。
俺は一言を絞り出し、唇を噛みしめる。
梓を一人にしないと、あの時に誓ったというのに、俺は何をやってんだ。
情けなさと悔しさがこみ上げてくる。
「翔太は、悪くない。悪いのは、アイツら、だから……。アイツらが、いなければ、翔太が“アレ”を内に堕ろすことは、なかったから」
俺の胸に顔を押しつけながら、梓は顔を左右に振る。
アイツらには、非人道的なんて概念はない。
狂気の末に行き着いた、人体実験なんて日常茶飯事だ。
俺が、実験の結果、死んでもなんとも思わない連中だった。
アイツらの思惑通りなら、俺と学園にはいなかったはずだ。
でも、俺は生き延びた。
梓がいたから、生き延びれた。
「アイツらがいて、“アレ”を内に堕してポンコツな今の俺が、俺なんだよ。そのおかげで、梓と出会えたんだ。悪いことばかりじゃないだろ?」
「……うん」
「梓のおかげで、“アレ”が目を覚ますまで、多少の時間は稼げたはず。助かった」
「……どういたしまして」
「あとは、俺が“アレ”をどうか出来るようになるのが先か、“アレ”が出てくるのが先か、だ」
「翔太、勝算はある?」
「ゼロじゃない程度にな。なずな教諭にも相談してみるさ」
「私も協力する。命がけで、“アレ”を押さえ込む。とりあえず、翔太に約束して欲しいことがある」
俺の胸から顔を離すと、梓は真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「チカラを使わないで。翔太がチカラを使えば、“アレ”が共振で目覚める可能性がある。結界が共振で綻びるかもしれない。翔太、藤代と白木と行った霊障駆除実施で、チカラを行使した?」
「……ほんのちょっと、な。それで少し体調を崩しただけだ」
「翔太は、チカラの行使は、気の巡りを一時的に悪くし、体調を崩すだけと思ってる?」
「いや、多かれ少なかれ、気の巡りが悪くなることは、”アレ“に影響があると、少しは、思っている」
歯切れの悪い俺に梓の顔がみるみる不機嫌そうになっていく。
睨みつける梓の目が『わかってるなら、するな!』と非難してくる。
当然かもしれない。
俺がチカラを行使するということは、ダイナマイトを手に持ったまま、火遊びをすることに近い。
誤って火の粉がダイナマイトに降りかかれば大惨事だ。
「……今後は、チカラを使わないと約束して、翔太」
不安の混じった懇願するような梓の声。
――”用事“と“覚悟”をしておくことだ。
不意に脳裏に響く、なずな教諭の言葉。
俺は反射的に梓に返そうとした言葉を飲み込む。
心を鎮めるように一呼吸する。
「約束は出来ない」
「……何故?」
「チカラを使うことを躊躇して、後悔はしたくない」
梓の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
一呼吸置いて、梓が呆れた顔をしながらため息をこぼす。
「チカラを使ったせいで、体調崩して、トイレに半日閉じこもった回数、覚えてないの? 翔太はバカなの?」
「後悔するくらいなら、バカで結構だ。愛想つかしたか?」
「そんなわけない。バカすぎて、翔太に惚れ直した」
冗談ぽく返す梓の頬が、ほんのり赤くなっていく。
「でも、しばらくは翔太がチカラを使うには禁止。今回の途中経過をみたいから」
「ああ、わかった」
「あと、私が翔太用の術具を作る。気休めかもしれないけど、封神の術具を組み込めば、“アレ”の影響を少しは抑えられるかもしれないから」
「無理しなくていい。以前も疲労困憊になりながら用意してくれたけど、すぐに砕けちゃっただろ」
「あの時は素材が粗悪だったから。学園のもつルートがあれば、いい素材を集められると思う。前よりはマシなものが作れるはず」
決意を新たにする梓。
そんな梓に俺が水をさせるはずがない。
「わかった。梓、術具作成を頼む。ただ、無茶はしないでくれよ」
「うん、わかった」
鼻息荒く、上下に首を振る梓は、気力十分といった様子。
そんな姿を眺めながら、俺は、“用心“と”覚悟“について、思案するのだった。




