022-4
「はははははっ! ぬるい! ぬるいぞ、ホネホネ!」
廃校舎に響く、なずな教諭の幼い声。
簡単に見つけられないと予想していた式神――なずな教諭――は、すぐに見つかった。
取り残された机と椅子が散乱する教室で、式神と骨格標本が対峙していた。
どいう原理なのか、宙に浮く頭蓋骨とそれを中心に浮遊するバラバラになった骨。
統率された動きで浮遊する骨が次々と式神に襲いかかる。
式神は笑い声を上げながら、拳打を繰り出して迎撃していく。
ときおり放たれる蹴りが骨を砕く。
式神はデフォルメされた身体のため、四肢が短く、リーチがないはずなのに、骨格標本に対して優位に立っている気がする。
「お、鬼灯。そっちは片付いたのか?」
「はい、なんとか。……なんかめちゃくちゃ楽しそうですね?」
「楽しいぞ。例えるなら蛍光灯のスイッチ紐を相手にシャドーボクシングだ。スイッチ紐に比べて不規則な上に数も多いので楽しさ倍増だぞ」
「それって、誰かに目撃されたらめっちゃ恥ずかしい禁断の遊びっすよ。俺に見られてテンション下がらないんですか?」
「安心しろ。例えだと言っただろ。相手はスイッチ紐じゃなく、骨格標本だ。見られて恥ずかしいことなど何もない」
俺の言葉に応じながらも、襲ってくる骨をを的確に迎撃していく式神。
なんというか、例えだとスイッチ紐でシャドーボクシングしているところを見られたとしても、なずな教諭は恥ずかしがらずに堂々としていそうだ。
むしろ勧めてきそうだ。
「ふう、鬼灯。そろそろ交代だ。さすがにこれ以上、動かすと式神に込めていた霊力が空になる」
「空になるとマズイんですか?」
「戦闘行為などを行わなければ問題ない。ただし、不慮の事態が起こった時に対処できないでは意味がないだろう。少なくとも鬼灯のサポートとしてきてるんだぞ。ただ監視するだけなら初めから遠隔操作で式神を用意しない」
不慮の事態が何を指すのか?
俺は即座に浮かんできた考えを頭の片隅に追いやる。
そんな俺の姿に式神が肩をすくめた様な気がした。
「鬼灯、黒瑪瑙の玉はまだあるか?」
「はい、十分残ってますよ」
「ふむ。高みの見物している頭蓋骨に数発、撃ち込んでやれ。骨格標本が防御した隙に、わたしと交代だ」
「頭蓋骨が本体ってわけですか?」
「そういうことだ。タイミングを合わせろ。いち、にーの、さん――」
式神の言葉に合わせて、俺は素早くヒップバッグから黒瑪瑙を取り出す。
間髪を容れず頭蓋骨へ指弾を撃ち込む。
式神を攻撃していた骨たちが即座に頭蓋骨を守る様に集まる。
黒瑪瑙の弾は骨をいくつかの骨を粉砕するが、頭蓋骨へ届く前に力をを失い、弾かれる。
だけど、式神から俺に骨格標本の標的を切り替えさせるには十分だ。
バックステップする式神とすれ違う様にして、俺は骨格標本の正面に躍り出る。
「鬼灯、速攻だ」
「了解っす」
俺は一気に骨格標本との距離を詰める。
現れた脅威に即座に反応する骨格標本。
無数の骨が一斉に俺に襲いかかってくる。
俺はすかさずヒップバッグから取り出した護符を突き出し、言葉を発する。
「解ッ! まとめてぶっ飛べ!」
護符を中心に展開される防御結界。
防御結界を盾に俺は強引に突撃する。
襲いかかってきていた骨たちを、まとめて吹き飛ばす。
無防備になった頭蓋骨に向かって俺は跳躍し、ヒップバッグから抜き取った短刀を突き刺す。
甲高い音が響き、頭蓋骨が短刀の侵入を拒む。
短刀を握る手に力を込めた瞬間、じわり、とカラダの内側から何かが染み出してくる。
「ハハハハハッ! 雑魚のくせに粘るんじゃねぇ! さっさと滅びろ!」
無造作に手を伸ばす。
刃の侵入を拒んでいた不可視の何かを無造作に握りつぶす。
ガラスの砕ける様な音と共に短刀の刃が頭蓋骨に突き刺さる。
ワンテンポ遅れて、宙に浮いていた骨たちが床に全て落ちる。
「雑魚が手間取らせるんじゃねぇよ」
近くに落ちていた骨を踏み砕く。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
何度踏み潰してもイライラが収まらない。
仕方ない、全て塵芥に還せば少しは気分が晴れ――
「鬼灯!」
「――ッ! な、なんですか?」
式神――なずな教諭――の声で俺は我に返る。
一瞬前まであった苛立ちは嘘の様に消えていた。
「それ以上、過剰攻撃をくわえて骨格標本を壊すのであれば、弁償させるぞ」
「や、やめます。だから、弁償は勘弁を」
「戦闘行為で気分が高揚することはある。だが、切り替えが大事だ」
「……はい」
「ふむ、素直でよろしい。では、そいつをよこせ」
「そいつ?」
式神の言葉に周囲を見渡す。
近くにあるのは壊れた骨と、刺し傷の出来た頭蓋骨、そして俺が握る刃が砕け散った短刀くらいだ。
式神――なずな教諭――が欲しがるものが、その中に含まれているとは考えにくい。
俺のヒップバッグに入れている固形栄養食が欲しいのか?
式神って飲食で霊力の補給が出来るものなのか?
「えーっと、フルーツ味とチョコレート味がありますけど、どっちがいいですか?」
「はあ? 何を言っておるんだ、鬼灯。わたしがよこせと言っておるのは、鬼灯が握っている短刀の柄だ」
「短刀の柄って、刃が砕け散ったんで、もう使い物にならないですよ」
「そんなのは当たり前だろう。というか、鬼灯は霊具の使い方を確認していないのか? その短刀は霊障の核を封じるものだぞ。刃が核に接触後、術式が発動し、柄に仕込んである封具に核を封じるものだぞ。霊障の核からチカラを奪うために、封じる際に刃ごと霊障のチカラを砕くんだ。まあ、霊障の深度が深いと封じれずに砕けるだけだがな」
「マジですか……」
「わたしが嘘をついてどうする。もしかして、本気で知らなかったの?」
俺は無言で頷く。
式神が額を押さえながら深いため息をつく。
「鬼灯、チカラを行使しないのであれば、最低でも学園の売店で買える霊具の扱い方くらいは覚えておけ。ほれ、柄頭に付けられた石が淡く光りながら点滅しているだろう。封印が成功した証だ」
「……点滅している。消滅させたわけじゃないのか」
「意外と思うかもしれないが、消滅させるより、封じる方が簡単だ。まあ、詳しい話は、そのうち授業で習うだろう。ほれ、柄を渡せ」
俺は式神の小さな手に短刀の柄を乗せる。
「あ! しまった。解剖模型を封じた短刀の柄、その場に置いてきてしまって……」
「……鬼灯、バカだな。今回は大目に見てやろう。後片付けにくる清掃隊に回収するように連絡しておいてやろう」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。素直に感謝できるのは美徳だ。今後も忘れるなよ。よし、鬼灯、帰るぞ」
「了解っす」
さも当然のように、俺の頭に飛び乗ってくる式神。
ツッコミを入れても無駄なので、俺は軽くため息をつくにとどめる。
ペチペチと式神に額を叩かれながら、俺は霊障実習が終わったことに安堵した。
わずかなシコリのようなモノを感じながら。
お読みいただき、ありがとうございました。




