022-3
「チッ、作戦変更だ。鬼灯、突撃だ!」
式神――なずな教諭――の声が廊下に響く。
俺は反射的に床を蹴る。
そして、待ち構えていた人体模型の一体、骨格標本に肉薄する。
「チェスト!」
骨格標本の胸部に拳底を叩き込む。
予想より軽い反動。
吹き飛びながら、バラバラになっていく骨格標本。
「てめぇも吹き飛んでろ!」
間髪入れず、右足で解剖模型に突くような蹴りを放つ。
足の裏から伝わってくる重い感触。
解剖模型が十字に腕を交差させて俺の蹴りを受け止めていた。
クロスアームブロックする人体解剖模型は妙にシュールだ。
成人男性くらいの大きさだが、模型なので重量は十数キログラムのはず。
ほとんど位置を変えずに解剖模型に蹴りを受け止められた事が若干ショックだ。
「鬼灯、手を休めるな。一気にカタをつけろ」
「簡単に、言ってくれますね」
「もう一体の方は、足止めくらいしてやろう」
式神は俺の頭を踏み台にして跳躍すると、吹き飛んでいった骨格標本が消えた廊下の奥の闇に飛び込んでいく。
少しはサポートする気になってくれたのか。
俺は横目で式神を見送りながら、重心を下げながら解剖模型に突貫する。
「ぶっ飛びやがれ!」
人体模型の顎めがけて伸び上がるようにしながら、拳底を突き上げる。
伝わってくる感触から会心の一撃が決まったと確信する。
が、解剖模型が俺の腕を即座に掴んでくる。
「ちょ、マジかよ!」
思わず声が出る。
解剖模型は特に体勢を崩した様子はなく、平然としていた。
頭は俺の一撃で吹き飛ばされてないけど。
頭のない解剖模型がギリギリと万力のように俺の腕を締め上げてくる。
「うらぁ! 離しやが――っと」
力任せに掴まれた腕を振りほどこうと力を入れた瞬間、解剖模型は何の抵抗もなく手を解放する。
思わずたたらを踏みながら、解剖模型を確認すると両腕がもげていた。
ワンテンポ遅れて、俺の腕を掴んでいた腕が廊下に落ちる。
俺と解剖模型の間に妙な空気が流れた、ような気がした。
勝手に動いているとはいえ、パーツの連結部分の強度がそのままってどういうことよ。
普通は謎の力でガッチリ接続されて外れなくなってるものじゃないのか。
軽い疲労感を覚えながらも俺は気を取り直す。
「とりあえず、腕も頭もなけりゃガードはできねぇだろ! 改めて吹っ飛びやがれ!」
解剖模型の胴体に回し蹴りを叩き込む。
重い衝撃に思わず軸足がブレる。
俺の足と解剖模型の足がクロスしていた。
「なっ、腕が簡単にもげるくせに、蹴りを蹴りで迎撃できるって、どんな理屈だよ!」
理不尽さに思わず声が出てしまう。
霊障に常識を求めること自体が無駄なのだろうが、簡単に腕がもげるなら、蹴りを迎え撃たずに素直に吹き飛べよ。
「くそっ、これだから霊障は嫌いなんだよ。物理攻撃が通じるだけマシだけどよ!」
拳打を繰り出し、解剖模型をけん制する。
解剖模型が体勢を崩したところをすかさず、ローキックを打ち込む。
吹き飛ばすのではなく、床に叩きつけるように。
解剖模型はローキックでバランスを崩しただけでなく、脚が付け根から外れる。
「よし! これで終いにしてやるよ!」
俺はヒップバッグから短刀を一丁取り出す。
仰向けで倒れていく解剖模型の心臓に、逆手で握った短刀の刃を突き立てる。
脳みそを揺らすような甲高い音が廊下を埋め尽くし、短刀の刃がまとった燐光が輝きを増す。
次の瞬間、ガラスの割れるような音が響き、短刀はバターに突き立てたように、するりと解剖模型に突き刺さる。
短刀から手を離し、解剖模型から距離をとる。
しばらく様子を見てみるが、解剖模型が動く気配はない。
「終わり、なのか……」
自分の言葉を自分で耳にして、俺は肺に溜まっていた空気を吐き出す。
梓と組んでいる時に呆気なく霊障が倒されるのを目にしているが、自分一人だと呆気なさに不安を感じてしまう。
「なんとか倒せたな。チカラを使わず、梓の力も頼らずに……。っと、のんびりしている暇はないな。なずな教諭を探さないとな」
解剖模型に突き刺した短刀を抜き取り、なずな教諭――式神――を探す準備をする。
「げっ、短刀も使い捨てかよ……」
解剖模型から抜き取った短刀の刃が砂のように砕けて空気に溶ける。
俺は柄だけになった短刀をしばし見つめる。
これ以上、霊具として使い道がなさそうな短刀の柄に、未練の混じったため息が出る。
ソッと短刀の柄を解剖模型の上に置いて、俺はその場を後にした。




