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022-1

「はっはっは、楽しいか、鬼灯?」


 廃校舎に響く、なずな教諭の笑い声。


 そして、リノリウム製の廊下をバタバタと足音を響かせて走る俺。


 廃校舎としては荒れていないが、廊下に積もった埃が靴底と廊下の摩擦係数を下げ、走りにくいことこの上ない。


 俺の頭の上に乗っかっているデフォルメされた、なずな教諭――遠隔操作タイプの式神――がペチペチと額あたりを叩いてくるので、更に走りにくい。


「ぜっぜん、楽しくないっす! なんなんですか、あれは?」


「さあ? 少なくとも霊障というのは確かだ。ほれ、もう少しスピードを上げないと追いつかれるぞ」


「追いつかれるって言うくらいなら、俺の頭に乗っかるのを止めてくださいよ」


「イヤだ。遠隔操作で激しい運動をすると疲れるんだ。空を飛ぶのも疲れるのでやりたくない」


「ちょ、何のためにきたんですか?」


「鬼灯のサポートだ。それ以外にないだろう」


「サポートするって言ったじゃないですか」


「しただろう。だから、アレを発見できただろう」


 小さな手で親指を立てて、後ろを指す、式神。


 肩越しに確認するとアレ――人体骨格模型と人体解剖模型――が追いかけてきた。


 二体とも背筋を伸ばし、腕を直角に曲げた、妙に洗練された綺麗なフォームで走っている。


 歩幅が狭い――ピッチ走法――の割には足の回転が遅いおかげで、追いつかれずに済んでいるのが現状だった。


「発見したのなら、後始末までしてくださいよ」


「はっはっは、バカなことを言うな。それでは鬼灯の実習にならないではないか。だいたい、マスコットキャラクターはメインで戦わないんだぞ」


「いつからマスコットキャラクターになったんすか!」


「鬼灯の頭の上が思いの外、いい塩梅でな。わたしにマスコットキャラクターになることを決意させた」


「なんすか、その理由は! もう、あんなキモいのを相手するくらいなら赤点でいいですよ」


「鬼灯、アレで気持ちっていうのなら、この先やっていけないぞ。アレはリアルに作られているが、所詮は作り物だ」


「見た目がグロいとかじゃないですって。何で陸上部が見本にしたくなるようなフォームではしってるんですか。しかも、息ぴったりのシンクロした動きで。理解できなくてキモすぎでしょう」


「ふむ、それは一理ある意見だな。何故、追いかけてきているのかもわからないからな。ついでに言うと、足音が聞こえてこないのも不気味だな。まったく、妙な霊障を実習に引き当てたものだな」


 そう言うと、式神は大声をあげて笑い始める。


 何かがツボにハマったらしく、笑い声が収まる気配はない。


 なずな教諭は俺をサポートするために、わざわざ普段は使わない遠隔操作の式神を用意したと言っていたが、まったく役に立つ気配がない。


 人体模型が怪しいと助言はしてくれた。


 だが、人体模型が動き始めて、逃げ始めてからは、俺の頭に乗っかってるだけだ。


 遊園地の絶叫マシンを楽しんでいるような雰囲気すらある。


 このまま廊下を走り回っていては、埒あかない。


 俺はヒップバックに右手を突っ込むと、冷たく硬質な手触りのする物を幾つか握りしめる。


 確認すると黒い球体状の石が五個、右手の中にあった。


「ほう、黒瑪瑙か。邪気祓いと破魔のチカラが込められているようだな」


「普段は絶対に用意しない、ちょっと高めの霊具(アイテム)です。封入タイプなので、誰が使用しても一定の効果が期待できる、ってわけです」


 俺は床を蹴り、前方へ跳躍。


 身体を捻り、壁に両足をついて着地。


 勢いを膝で相殺しながら、右手を駆け寄ってくる人体模型二体に向ける。


 ちょっと気恥ずかしさを感じながら、霊具を活性させる言葉(トリガー)を口にする。


「解! 往生しろ!」


 俺は熱を帯び始めた霊具を弾にして、指弾を放つ。


 急所がどこだと悩む暇もない。


 それぞれの頭部に狙って指弾を撃ち込む。


 霊具の弾丸は淡い燐光の尾を引いて、狙い通りに人体模型に命中する。


 衝撃で二体とも後方へ吹き飛んでいく。


「よっしゃ! 撃破! さすがお高い霊具」


 俺は身体が重力を思い出す前に壁を蹴り、宙返りして床に着地する。


 頭にしがみついていた式神から楽しそうな笑い声が廊下に響く。


「いいぞ、鬼灯。実に良いアクロバティックな動きだ。もう一度、やってくれ」


「……イヤっす。とりあえず、帰りますよ」


「帰る? なんでだ?」


「霊障の原因はぶっ飛ばしたから、実習は終わりでしょ」


「はっはっは、随分と間抜けなことを言うのだな。鬼灯、ちゃんと確認したのか? 今回の霊障駆除実習のランク、忘れてないか? Bランクの霊障が指弾一発で片付くなんて、随分と楽勝すぎると思わないか?」


 頭に乗ったまま、俺の額をペチペチ叩き式神。


 俺はイヤな予感を感じ、急いで人体模型が吹き飛んだ方に顔を向ける。


 廊下の奥にわだかまる漆黒から、二体の人体模型が姿を現したからだ。


「はっはっは、中々面白い霊障じゃないか。指弾を口で受け止めているぞ」


「ウソだろ……。簡単に受け止められるモノじゃないぞ」


「まあ、憑依系の霊障って、耐性が高いこともあるんだ。むしろ単純な物理攻撃で依り代にしている器を壊した方が手っ取り早いことがある」


「なんで先に言ってくれないんですか。霊具を無駄に使ったじゃないですか」


「経験して身につくことは多いからな。安易に教えるのはよろしくない。ま、あそこまで見事に動くとは思っていなかった。妨害(ジャミング)系の霊具を用意してきているなら使え。一度仕切り直しだ」


 俺は、ヒップバックから金属塊を取り出す。


 コーヒー缶サイズのソレから栓を引き抜くと人体模型に目掛けて投げる。


 人体模型に触れる瞬間、缶から不可視のチカラが放たれる。


 俺には見えないが、缶を中心に霊力をかき乱す嵐が吹き荒れているはずだ。


「走れ、鬼灯」


 頭に乗っかる式神の号令で、俺は戦略的撤退を開始した。


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