021
深夜というには少し早い時間帯。
俺は廃校となった木造二階建ての校舎の前に立っていた。
資料では廃校になって二十年以上経過していると書かれていたが、特に荒れ果てた様子はない。
ツタが覆い茂っている部分はあるが、窓ガラスが割れたり、壁が壊れているような箇所も見受けられない。
定期的に誰かが手入れでもしているのだろう。
霊障駆除実習の会場を確認し、俺は改めて後ろに向き直る。
同時にため息がこぼれた。
「……なずな教諭、式神は何のつもりなの?」
「どういう意味だ? わざわざ鬼灯のために用意してやった特別仕様だぞ」
そう言って自信ありげな表情で胸を張るなずな教諭――ではなく、なずな教諭を三分の一のサイズにしたような式神だった。
若干デフォルメされている外観は愛らしく、霊障駆除実習のような荒事が向いているようのは見えない。
なずな教諭のファンが見れば、間違いなく自制できずに家にお持ち帰りする違いない。
「非常に言いにくいんだけど、もう少し強そうな式神とチェンジを……」
「ああ? 鬼灯、わたしは言ったはずだぞ。特別仕様だと」
「式神がなずな教諭の見た目に似てたら、そりゃ特別仕様でしょうよ。普段は犬とか動物っぽいやつばっかですから。どうせならドラゴンとか強カッコイイ――ガハッ!」
突然、衝撃が腹部を貫通する。
見ると式神の右拳が俺の腹に突き刺さっていた。
あまりにも鋭い一撃だったため、拳が打ち込まれた腹側より、背中側に痛みが走る。
俺は膝から地面に崩れ落ち、喘ぐように空気を求める。
だが、喘ぐだけで空気が肺にうまく入っていかない。
「どうだ、鬼灯。わたしの動きを捉えることが出来たか?」
「っ、かはっ……い、いきなり、何を……」
「式神を見くびっている鬼灯が悪い。何が特別仕様なのか考えたか? 見た目だけで、わたしが特別仕様だというと思うか?」
「思い、ませ、ん……。なにが、特別、仕様なん、ですか……」
「何が特別かと説明するには、式神の使役方法について話す必要がある。使役方法は自動モードと遠隔操作モードで大きく二つに分けることができる。自動モードは自律させるか行動を設定するか、五感共有するかどうかで細分できる。わたしが普段、背に乗っていたり、お使いさせる式神は自立させている。霊障駆除実習の時に生徒について行っているのが行動設定を行っている。いいか、鬼灯」
「は、い……」
「鬼灯、返事はハッキリしろ」
「さ、っき……の一撃で、呼吸が……」
「だらしないな。霊障駆除の現場にいるんだ。常に神経を研ぎ澄ませていないから、もろに一撃を喰らうことになるんだ」
はあ、とデフォルメされた、なずな教諭が、ため息をつく。
俺は苛立ちを抑え込みながら、必死に呼吸を整えることを優先させる。
「そして、今回は普段使わない遠隔操作モードで式神を用意してやった」
「な、ら……なんで、その姿、に?」
「至極簡単な話だ。操作する式神を自分の外観に近づけることで、より精密な動きができるようになるからだ。ヒトがイヌやネコなどヒト以外のカラダを自由自在に動かせるわけないからな。まあ、普段から意識して訓練していれば別だろうけどな」
「別に、自分のかっこう……させなくていいので、は?」
「いちいち式神の外見形成のために人形を買う趣味は、わたしにない」
「なら、テレビとか見て、パクればいいじゃ、ん」
「そんなことして、チクられたらどうする。式神のために著作権やら肖像権やら支払う気はない」
なずな教諭はキッパリと言い切る。
忘れがちになるが、なずな教諭って外見に似合わず荒んでいるんだよな。
誕生日にファンシーグッズを貰うくらいならアルコール類のほうがマシ、って言ってたもんな。
ようやく呼吸が回復し、俺は立ち上がり、手や膝に着いた土埃を払い落とす。
「で、なずな教諭は俺が一人で実習受けるのを許可した目的は?」
「さすがに察していたか。わざわざ確認しなくてもわかっているだろ?」
「なんとなくは。でも予想が外れて赤っ恥ってのは避けたいんで」
「わたしと鬼灯の二人しかいない。赤っ恥になるようなこともないだろう」
「推察だけでものを言いたくないんですよ。俺は予想屋でもないし、未来予知能力があるわけでもないんで、確証のないことを口にしたくないんですよ」
「バカだな、鬼灯。予想屋や未来予知能力者だったなら、簡単に未来を口にできない。未来が外れてみろ。恥ずかしいだけじゃなく、信用問題だろ。予想屋でも未来予知能力者でもないから好き勝手言って、ハズしても問題ないんだよ」
ドヤ顔で強引すぎる理屈を口にする、なずな教諭。
マスコットみたいな姿なのに納得させる妙な説得力があった。
こういう時、少しでも納得してしまったら、負けなのだろう。
俺は推察していた内容を諦めて口にすることにする。
「……例の廃工場絡み。あれから特に話に出てこないことが不自然すぎるんですよ。学園側が情報操作している場合は調査結果が芳しくない。あの廃工場を拠点にしていた何者かが情報操作しているなら状況は最悪、ってところです」
「ふむ、なかなか良い読みだ。廃工場の話題が出てこないのは、学園側が情報を止めているからだ。ただし、そもそもの情報の出どころが不明だ。追加の情報が流れてこないということは、廃工場を拠点にしていた何者かも情報操作している可能性がある。状況としては良いとは言えず、警戒中だ」
「学園側が情報を止めると相手の思うツボなんじゃないですか?」
「元々情報の出所が限定的だろう。喫茶店――白木の実家以外の場所で噂になった形跡は皆無だ。廃工場の情報自体が指定した範囲、つまり学園内だけに浸透するようにしたかったと推察できる。そして、廃工場の話題はピタリと止まっている。学園側が多少情報操作をしているが情報自体が流れていない。何者かは目的を果たしたと考えてもいいだろう」
「目的を果たした?」
「ああ、そうだ。学園の調査班は、そう判断した。高度な制御を要する結界の構築、守護者の性能。それらを測るのが目的だったとした。白木の喫茶店で情報を流したのは、彼女が優秀な生徒だったから。廃工場に侵入する際、自分の実力に見合う生徒に声をかけるという思惑もあっただろう、としている」
「……随分と都合のいい解釈じゃないですか」
「特殊な学科があるといえ、学び舎だからな。閉鎖的で体面を気にするところは、普通の学び舎とかわらん。むしろチカラがあるからこそ、判断を見誤ることもある」
なずな教諭の声のトーンがわずかに下がる。
何かを含んだその声に俺は反応することは出来なかった。
「まあ、学園の調査結果は、そんなところだ。だが、わたしは少し違う。何者かが目的を果たした、というところは同意している。ただし、目的の生徒が現れたから、目的を果たしたと考えている」
「……目的の生徒。梓、藤代のことですか?」
「何故、そう考える?」
「他に考えようがないじゃないですか。二人とも優秀な生徒ってのはすぐに調べがつくでしょう」
「順当に考えれば、そうなるかもな。わたしは、そうとは考えないけどな」
「なんでですか? 俺なんて最低ランクの生徒ですよ。結界でチカラを封じる必要もないし、守護者とまともにやりあうことも出来ないんですよ」
「ああ、そうだな。普段はまともにやりあう必要がないからな。神代が片付けてしまうからな」
式神を通して感じる、なずな教諭の鋭い視線。
俺は感情を押さえ込みながら努めて平静な声を出す。
「俺が狙いだったと? 冗談もいいところですよ」
「冗談と思いたければ、そう思えばいい。だが、わたしは言ったよな。"用心"と"覚悟"だけはしておけと」
「……はい」
「わたしの勘違いなら笑い飛ばして終わりだ。わたしが恥をかくだけで実害は皆無だ。だが、何者かの狙いが鬼灯だった場合、最悪の結果もありえる。それは理解しているよな?」
俺は、なずな教諭の言葉にただ頷くしかなかった。
俺の脳裏をフラッシュバックする光景。
舞い落ちる純白の雪が、血霧に触れ、赤く、紅く、染まっていく。
何もかもが赤く、紅く、染め上げられていく。
「わたしが出来ることは、それほど多くない。わたしは、わたしであって、鬼灯ではない。わたしが用心しても、覚悟しても、あまり意味はない。だから、お前自身が"用心"と"覚悟"をしておくことだ」
「……わかり、ました」
俺は何とか言葉を口にする。
口の中はカラカラに乾き、水分を失った唾液が喉に絡みつき、気持ち悪い。
なずな教諭に返した言葉。
俺は本当に"用心"と"覚悟"をすることが出来るのだろうか?
「さて、話はここまでだ。本来の目的に戻るぞ。サクッと霊障駆除を終わらせてこい」
「……了解です。ふと、思ったんですけど、実習が終わってから話した方がマシだったんじゃないすか?」
「おぉ、それはそうだな。まあ、してしまったものは仕方ない。気持ちを切り替えていくぞ」
「……うぃっす」
俺は力なく返事をすると、ピコピコと足音が聞こえてきそうな式神の後に続いて廃校舎に向かうことにした。




