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「……翔太、正気? 私は認めない」


 俺の前に自然体で立ちはだかる梓が不満を口にする。


 いつもなら人影が殆ど無い夕暮れの教室だが、今日は霊障駆除実習を予定する生徒が準備に勤しんでいる姿があった。


 当然、俺も霊障駆除実習があり、今から集合場所へ移動するところだった。


 梓は俺の進路を塞いだまま動く気配は微塵も無い。


 数秒の逡巡を経て、俺は口を開く。


「俺はいたって正常だし、梓が何を認めないのか見当がつかない」


「ウソ。翔太はわかってる。というか、霊障駆除実習前の現状でシラを切れると思う?」


「シラを切る? その必要性が俺にはな――ん?」


 次の瞬間、俺の眼前に鈍色に輝く物体が突きつけられていた。


 あまりにも忽然と突きつけられた物体(それ)に俺は正確に認識することが出来なかった。


 数秒が経過し、物体(それ)が短刀であると俺の脳が認識する。


「あ、あぶねぇだろ、梓」


 短刀の刃先を凝視していた自分の間抜けさを誤魔化すように声を出す。


 そんな俺を梓はガラス玉のような瞳で見つめていた。


 そこには怒りどころか他の感情すら滲み出していない。


 俺は周囲の喧騒が遠のいていくような錯覚を覚える。


「私は、認めない」


 抑揚に欠けた声で梓が淡々と口にする。


 梓が何を認めないのか?


 俺が一人で実習を行うこと意外に思いつかない。


 実習直前の今日まで、梓は何も言ってこなかったから問題ないと思ったんだけどな。


「わかった、わかったから、刃物をおろせ」


「私は、拒否する」


「だから――」


「私は、認めない」


 俺の言葉が終わるより早く、梓が言葉をかぶせてくる。


 身体はおろか、突きつけた短刀すら微動させない梓。


 精巧に作られた人形と錯覚してしまうほど、梓から生物的な気配が希薄になっていく。


 その姿は、どこか懐かしさがある。


 出会ったすぐの頃、梓は"動く人形"と形容しても何の違和感もなかったからだ。


 俺は短刀を握る梓の白い手に自分の手を乗せる。


 短刀を強く握りしめているせいなのか、元々なのか、梓の冷たい手を俺は、ゆっくりと下げる。


「今回の実習は俺一人でやる」


「私は、認め――」


「別に梓と組むのがイヤとかじゃないからな」


「なら、何故? どうして?」


 感情の起伏が感じられない梓の声と表情。


 だが、瞳は僅かに潤み、すがるように俺を見つめている。


 一瞬の迷い。


 俺は口にする言葉に気恥ずかしさを感じながら口を開く。


「……男の意地、だな」


「意地?」


「まあ、その、なんだ、たまには出来るところを見せておかないとな。ランクが低いってだけで舐めてくる連中もいるからな」


「それは翔太の事を知らないだけ。舐めてくる連中を翔太が相手する必要ない。私が――」


 俺は、ため息を零しながら、梓の頭をポンポン、と軽く撫でる。


 突然の事に梓は口を開けたまま固まる。


「俺だけ舐められるのは構わないが、梓までとやかく言われるのは、気分が悪い。だから、今回の実習を一人でやる事にした」


「わ、私のために、そんな事しなくていい。私は、舐められてもいい。翔太と、一緒に居られるなら、全然平気」


「だから、男の意地って言っただろ。梓が良くても俺が良くないんだよ」


「でも翔太は、まともに戦えない。私が、翔太のかわりに戦わないと」


「安心しろ。別にチカラを行使しまくるつもりはねーよ。それに、なずな教諭が式神でサポートしてくれる予定だ。霊障駆除実習で使う道具も援助して貰えるから、いつもの安い護符を買い漁る必要もないぜ」


 ニッ、と梓に笑ってみせる。


 梓は呆気にとられたようだが、すぐに口もとを弛ませ小さく笑う。


「……翔太、今回は認める」


「そうしてくれると助かる」


「でも、次は相談無しなら問答無用で認めない。翔太を病院送りにしてでも、実習を受けさせない」


「冗談だよな?」


「翔太が冗談だと思うなら、冗談でいいよ」


 調子が戻ってきたのか梓は口もとを隠しながら「フフフッ」と含みのある笑い声をこぼす。


 俺は悪寒を感じ、先ほどの発言が冗談でないことを本能的に察してしまう。


「へー、鬼灯って、神代のために今度の実習は一人っ子するんだー。知ってた、白木さん?」


「へー、そうなんですか。わたくしは全然知りませんでしたわー」


「――ッ! ふ、藤代! 白木!」


 背後から聞こえてきた棒読みの台詞。


 俺が慌てて振り返ると藤代と白木が並んで立っていた。


 二人とも腕組みをしながら、半眼で俺を睨んでいた。


 そこはかとなく、殺気を感じるのは俺の気のせいだろうか。


「ふ、二人とも、いつからいたんだ?」


「鬼灯が『男の意地』って言ったあたりかな」


「あら、奇遇ですね。わたくしもです」


 藤代と白木は笑っている。


 だが、目が笑っていない。


 俺は二人の姿に薄ら寒さを感じてしまう。


「二人とも実に良いタイミング。私と翔太を祝福していいよ」


「ちょ、梓! 変なこと口走るな!」


「どこが変? 客観的な事実に基づく理論整然とした事しか口にしていないのに」


 さも不思議そうに小首を傾げる梓。


 俺は梓の口もとがわずかに弛んでいることを見逃さなかった。


 これは相談もなく実習を一人で受けることを決めたことに対する報復か? それとも次の実習を一人で受けさせないための布石か?


「好き勝手言うんじゃないわよ、神代!」


「神代さん、異議ありですわ!」


 梓の挑発に即反応する藤代と白木。


 やる気充分、といった様子の三人。


 すぐに騒ぎが収まりそうにない。


 俺は横目で教壇の上の方に掛けられて丸いアナログ時計を確認する。


 霊障駆除実習の集合時間まで十分を切っている。


 荷物を取って移動するだけでギリギリの残り時間。


 俺は悩んだ末、ソッと教室をでる。


 いつもなら三人をなだめるくらいはするのだが、その時間も惜しい。


 実習は時間に厳しいんだ。


 時間が過ぎたせいで危険度が上がることが多いからな。


 俺は自分に言い訳する。


 そして、被害を受けるであろうクラスメイトに謝りながら集合場所へ向かった。


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