019
帰りのホームルーム。
なずな教諭が教壇に立ち、諸連絡を伝える。
内容は次の霊障駆除実習について。
なずな教諭の話が終わる前に、ざわめきが教室で起こり、それを横目に俺はため息をつく。
面倒だ、と口にしかけたが、俺は言葉を飲み込む。
毎回、同じようなことを言っているような気がするからな。
「いいかー、おまえら。次の霊障駆除実習で挑戦するレベルと参加メンバーの提出は金曜の放課後までだからなー。提出を忘れた生徒は漏れなく赤点で追試だぞー」
なずな教諭の気だるそうな声が教室に響く。
教卓にしなだれかかる様にしながら、なずな教諭があくびをかみ殺す。
愛らしい姿にクラスメイトの一部が「ぐはっ!」と声を上げ、大げさな仕草で机に伏していく。
感涙する者や鼻血を出す者もいる。
いつも通りの平和な光景だ。
「センセー、メンバーの組み方に今回は制限はあるんですか?」
不意に女子生徒が、なずな教諭に訊ねる。
同時に教室から喧騒が消えていく。
誰もが、なずな教諭の返答に興味津々といったところか。
メンバー構成で霊障駆除実習の難易度が変わるっと言ってもおかしくない。
優秀なメンバー、チカラの相性が良いメンバーだと難易度の高い霊障でもクリアする事ができるからだ。
「今回は最大十名までという人数以外に制限はない。ただし、メンバーの実力に見合わない難易度を選んだ場合、大幅に減点するからな。実力に見合った霊障を見極めるのも大切な訓練という事を忘れんなよ。あ、今回は全クラス合同だ。だから他のクラスの生徒と組んでもいいぞ」
なずな教諭が付け足した一言に教室のざわめきが爆発する。
まあ、当然か。
このクラスにも梓以外に名の知れた生徒はいるが、他のクラスにも優秀な生徒はいる。
藤代や彩音みたいにファンの存在する生徒と堂々と近づけるチャンスでもあるので、鼻息が荒くなる連中も多い。
まあ、俺みたいに能力者ランクが低い生徒にとっては、あまり関係がない。
「よう、鬼灯。テメーはメンバー集めを頑張らなくていいのか? ギリギリラインの能力者だっていうのによ」
「おいおい、可哀想なことを言うなよ。ランクFの能力者なんて学年どころか学園に数名しかいないレアキャラなんだぜ。みんなビビって声かけれないって」
「あ、違うな。どういうせこい手を使ったのか、神代が声かけてくれるんだっけ。学年トップクラスの能力者だし、ランクFの能力者が一緒でも全然困らねーだろうな」
数名の男子生徒が俺の周りに集まると好き勝手に吠え始める。
全員が尖ったところはないがバランスの良い平均的な能力者だ。
「忘れてるぜ。こいつ、風紀の藤代や天使の白木も声かけに来るらしいぜ」
「そりゃそうだろ。世話好きだからランクFの雑魚キャラに声かけられずにいられねーんだよ」
「違いねー」
男子生徒たちは顔を見合わせると吹き出すように卑下た笑い声をあげる。
くだらない。
俺の内側の深いところで何かがゾワリ、と蠢く。
じわり、じわり。
どす黒い何かが内側から染み出してくる。
「俺が雑魚なら、お前たちは何だ?」
ひどく静かな声が脳裏に響く。
確かに俺が口にした言葉。
しかし、それは他人が発した台詞のようだった。
「あぁ、調子にの――ガハッ!」
「誰が調子にノっているんだ?」
一番ガタイの良い男子生徒――身長は約百八十センチメートル、体重は約九十キログラム――の胸ぐらを無造作に掴む。
引き寄せると同時に体を下に滑り込ませるようにして、重心の位置を調整し、片腕で男子生徒を持ち上げる。
「は、はなせっ!」
「おい、さっきまでの威勢はどうした?」
「ほ、鬼灯、やっくんを放しやがれ」
「ランクFのくせにオレたちとやるつもりか?」
俺の反応が予想外だったのか、男子生徒たちは顔を青ざめさせながらも、抗議してくる。
さすがに自分たちから売ったケンカを逃げ出すことはプライドが許さないんだろう。
「……鬼灯、暴れたいなら、わたしが相手してやるぞ」
「なずな教諭に相手してもらうなんて滅相も無い」
いつ回り込んだのか。
なずな教諭の声が背後から聞こえてきた。
俺は反射的に掴み上げていた男子生徒の胸ぐらから手を離す。
尻餅をついた男子生徒は仲間と一緒に、そそくさと逃げていく。
「さっきの結界は鬼灯が展開したのか?」
「結界?」
「人払いの結界だ。だから他の生徒が、殆ど騒ぎに気付いていないだろう」
なずな教諭の言葉で教室を見渡してみる。
他のクラスメイトたちは、霊障駆除実習の話題で盛り上がり、俺の方を見ている生徒はいない。
声をかけてきた生徒を応対する忙しさに、梓もさっきの騒ぎに気付いていないようだった。
「……俺が結界を張るような手際の良い生徒に見えますか?」
「まったく見えないな。神代が絡んでいれば人払いの結界が展開されていても不自然じゃなかったんだがな」
梓なら、何の躊躇無く結界を展開し、絡んできた男子生徒たちを瞬殺するくらいはやってくれそうだな。
「そういえば、俺って体術もダメって思われているんですか? 病院送りにした生徒が結構いるはずなんですけど」
「ん? 鬼灯は知らないのか? お前が絡んだ騒ぎの多くは握りつぶしているから、殆どの生徒は知らないぞ。親衛隊の連中も口外しないように釘さしているからな」
「なんでそんなことを?」
「面倒ごとを避けるための予防薬みたいなものだ。鬼灯の体術が凄かろうが親衛隊の連中は絡んでくるから関係ないだろ」
なずな教諭の言うとおり、親衛隊の連中は俺が病院送りにしても襲ってこなくなることはないからな。
「とりあえず、あんまり騒ぎは起こすなよ。面倒ごとをやらされるのは、わたしなんだからな。霊障駆除実習について忘れんなよ」
なずな教諭は欠伸をかみ殺すと教壇へフラフラと頼りない足取りで戻っていく。
頼りになるのか、頼りにならないのか、よくわからなくなる人だよな。
さて霊障駆除実習はどうするかね。
俺は、そっと教室を後にした。




