018
「翔太、説明」
「……梓、いきなり意味わかんない事を言うな」
屋上の木陰――緑化運動の一環で植えられた樹木――で寝転がる俺に梓が声をかけてくる。
同時に俺の昼休み爆睡計画が失敗に終わることが確定した。
四時限目が終わる前に昼飯のパンを味わうことなく嚥下し、屋上にダッシュして絶好の昼寝ポジションを確保したというのに。
俺は諦めて上半身を起こす。
「だから、昨日の罰則についての説明」
「はぁ? なんでだよ。訳ありの山の石段に連れて行かれて、一日草刈りしてたって言っただろ。ヘトヘトで昼休みに爆睡して体力回復したいんだけど」
「うん、聞いた。でも、それが全てじゃないことくらい、わかる」
「それが全てに決まってんだろ。他に何があるんだよ」
俺の言葉に梓はわずかに眉を歪ませる。
手を持ち上げると白磁のように白く、形の良い指で俺の頬に触れる。
チッ、と反射的に出てきそうになった舌打ちを俺は飲み込む。
まずったな。
絆創膏でもして隠しておくべきだった。
「この頬の傷、どうしたの?」
「草で切ったんだよ。手入れされてなくて草が伸び放題になってたんだよ。背の丈くらいに伸びている草も多かったから切ったんだよ」
「それは嘘。これは草で切ったとかじゃない。刃物でもない。もっと鋭い何かで切った痕。あまりにも鋭いから、細胞がほとんど傷ついていない。それでほとんど治っている。だから筋がついているようになっていて、ほとんど目立たない」
「……俺が嘘をついているように見えるか?」
「うん、ものすごく見える。翔太は嘘をつく時に耳の付け根あたりを触る癖があるから」
梓の指摘と同時に俺は指を引っ込める。
無意識に耳の付け根あたりを指で掻いていたからだ。
俺にそんな癖があるなんて知らなかった。
「ちなみに、さっきのは嘘。本当のことを翔太に教えるわけがない」
「……嘘はついていない」
「もう遅い。さっきの反応で、何かあったのは確定」
「チッ。これだから昔馴染みってやつは……」
「ぶっちゃけ、癖とかなくても翔太のことはわかる」
「なんでだよ……」
「愛があるから」
両頬を手で押さえながらうつむく梓。
演技ということが、長い付き合いでわかる。
いちいち突っ込むのも面倒なので、俺はあえてスルーする。
さて、なずな教諭と手合わせしたことを梓に教えるべきか否か。
今面倒か、あとで面倒か、どっちを取っても面倒には変わりないか。
「……草刈りの後、なずな教諭と手合わせした」
「翔太、体大丈夫? 病院に行かなくて大丈夫?」
「軽く手合わせしただけだ。怪我もしていない。なんで、そこまで心配されなきゃいけないんだよ」
「翔太、知らないの? なずなちゃん、破壊神って呼ばれていたのを」
「はあ? 破壊神?」
梓の言葉と、なずな教諭の幼い容姿のギャップに、イメージが繋がらない。
俺を心配そうに見つめる梓は真剣そのもの。
嘘をついているようには見えない。
「なずなちゃん、式神使い。でも、それは一種のリミッター。なずなちゃんが暴れるとペンペン草も生えないって言われている」
「……それは言い過ぎだろ」
「なずなちゃんが同時に何十匹の式神を使役できると思ってるの? それに使う霊力を全て身体能力の強化にあてる。本気の一撃は一メートルの厚さがある鋼鉄も貫けるらしいよ」
「マジで?」
「本気と書いてマジ。なずなちゃんは式神を行使している時の方が手加減できる」
なずな教諭の手刀の切れ味を思い出し、俺の背を冷たい汗が流れていく。
手刀、喰らったら俺の身体を貫いていたんじゃないか?
「なずなちゃんが翔太と手合わせした理由は?」
「俺の実力を見たかったそうだ。俺はチカラをまともに行使できないから体術がどの程度か知りたかったそうだ」
「……なるほど」
梓は意味ありげな表情で俺の言葉に頷く。
とりあえず、これで爆睡させてもらえるだろう。
寝転がろうとした俺の肩を梓が掴む。
猛禽類の爪のようにガッチリと俺の肩に食い込む。
「あ、梓?」
「まだ説明不足。なぜ、酔っ払って寝ている、なずなちゃんを背負って帰ってきたの?」
「な、なんのことだ?」
「シラを切っても無駄。証拠は上がっている」
梓は折り畳みタイプのフューチャーフォンを片手で操作すると液晶部分を俺の眼前に突きつける。
写りは悪いが、なずな教諭を背負う俺が写っていた。
マジかよ。
気配消して、周囲に誰もいないルートを選んで帰ってきたはずだぞ。
「さあ、説明」
真顔の梓に問い詰められ、俺は昼休みに一睡も出来なかった。
なずな教諭が焼肉屋で浴びるほど酒を飲んで酔いつぶれたという説明は、梓に信じてもらえなかった。




