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017-2

「さて、鬼灯。準備はいいか?」


「よくないっす。全然よくないっす」


 石段と比べて手入れの行き届いた神社の境内で対峙する、なずな教諭に俺は待ったをかける。


 朝から続いた石段の草むしりが終わったのが五分前。


 平地と比べて膝の曲げ伸ばしは少なくて済んだが、そもそもが重労働で体力をごっそり持って行かれている。


 直射日光が当たるような場所だったなら、草むしりが終わる前に体力が空になっていたに違いない。


「……若いのにだらしないな」


「若さは関係ないっすよ。五時間以上も草むしりしてたら誰でもバテるっすよ」


「ふん、言い訳は男らしくないぞ。いいから構えろ」


 そう言って式神から降りる、なずな教諭。


 小柄な体躯で腕組みをする姿は、どこか愛らしくもある。


 だが、目つきが悪く、やさぐれた感がするため、愛らしさよりも凄みの方が強い


 俺は膝に両手をつきながらノロノロと立ち上がる。


「構えろって、何を始めるんですか?」


「簡単な手合わせだ。神代がいると確実に邪魔してくるからな。石段の草むしりは偶然だったが、ちょうど良かった。この神社は荒神を鎮めるために建立された経緯があってな、多少暴れても近隣に騒ぎが漏れることはない」


「妙な気配がすると思ったら、鎮魂殿だったのか……」


「気配? 鬼灯にわかるのか? お前は感知は苦手だろう。まあ、普通のやつでも強い結界で、察する奴が多いんだがな」


「結界はイマイチわからないっすけど、大気が振動するような気配を感じ……指向性がなく、ただ震えている感じですけど」


「ふむ、……随分とはっきり感じ取ってるみたいだな。まあ、直接感知していないところをみると、たぶん『共振』というやつだろう。霊的な性質が似ている場合、稀に起こる現象だ」


「似ている場合って、俺の性質は荒神っすか。……いや、あながち外れてないか」


 脳裏にフラッシュバックする光景。


 決して色褪せることのない光景。


 自虐的な(わら)いがこみ上げてくる。


「――お灯! 鬼灯!」


「っ! な、なに? なずな教諭」


「なにじゃない。心あらずで、ボーっとしてたのは鬼灯だろ」


「へ? あ、すいません。荒神って、なずな教諭が言ったから、どんな荒神どんな風に暴れたのか気になって」


「……本当か?」


 なずな教諭が目を細め、俺を視線で射抜く。


 反射的に視線をそらしたくなるが、俺は努めて、なずな教諭の視線を受け止める。


 一呼吸置いてから、なずな教諭に言葉を返す。


「本当ですって。鎮魂殿に祀られるなんてよっぽど強い荒神ってことじゃないですか。誰でも興味持ちますよ」


「……鬼灯が、そう言うのであれば、そうしとこう。興味があるならば、御神木のそばに建てられている石碑に目を通しておけ。まあ、読めないのであれば、写し書きして帰ってから調べろ」


「……携帯で写真を撮って帰るのは?」


「当然、禁止に決まってるだろ。並の場所なら構わんが、ここはダメだ。写真のように写しとる類いの行為は、霊的なモノを写し取って力を減衰させたり、裂く可能性があるからな。もっとも手書きでも本物同様に書き写せるのであれば、同じようにことが起こるが、鬼灯の画力なら全く問題ないだろう」


「へー、へー、どうせ俺の美術の成績は悪いですよ」


「本当のことに拗ねるな。拗ねたいのならば、それに見合う努力をしてからにしろ」


「……そもそも、ああいうクリエイティブなジャンルは才能あって、努力するもんでしょ」


「違うな。才能というのは、所詮はキッカケだ。鬼灯、テレビゲームのレベルってあるだろう。レベルが高くなれば高くなるほどプレイヤーの強さが高くなる」


「そーですね。魔法が使えたり、特殊な技が使えたり、強い装備が使えるようになったりしますね」


「レベルを上げることによる恩恵はハッキリしている。でもレベルを最大まで上げることを全ての遊戯者がするか?」


「……しないです。というかする必要がないです。レベルが最大にならなくても大抵のゲームはクリア可能だから」


 俺の回答になずな教諭は満足そうに頷く。


「結局のところ、才能があろうがなかろうがレベル最大を目指して努力をすればいいだけだ。才能があってもレベル五十で努力を辞めたやつより、レベル七十の凡人の方が強い可能性がある。それでも才能があるやつに負けるなら九十までレベルを上げればいい」


「その理論だと才能があっても努力しているやつには勝てないんじゃ……」


「鬼灯、バカか? そんなのは当たり前だろ。才能があるやつに勝ちたいなら、そいつの倍以上努力しないと追いつけるわけないだろ。凡人が勝つためには、ほんの僅かでもいいから常に前進することをやめないことだ」


「……俺の美術だけで、哲学的な話に飛躍しすぎじゃないっすか?」


「別に美術だけにあてはまる話ではないぞ。例えばチカラを制御出来ない者がいたとしよう。暴走に怯えながら過ごすよりも、いつか制御できると己を信じて鍛錬を続ける方が精神衛生上、いいだろう」


 なずな教諭は"誰"のことを指して言っているのか。


 悩まなくてもすぐに思いたる答えを俺は頭を振ってわからなかったふりをする。


「制御出来るようになるってのは、ただの思い込み。思い込みで暴走して周囲に破壊と破滅をばら撒いたら大惨事でしょ。後悔は後からしても遅いですから。変な夢を見らずに身分相応、身の丈にあった努力が一番ですよ」


「何をもって後悔とするか……。まあ、いい。今日の趣旨から、だいぶそれてしまったな。鬼灯、さっさと構えろ。簡単な手合わせだ。わたしが攻撃するから、防御か回避か好きに動け」


「……式神十匹大行進、とかなら今すぐ全力で逃げるっすよ」


「そんなチャチなことをわたしがするはずないだろ。わたしなら最低五十匹で一瞬も休めないオールレンジ攻撃を仕掛ける。大行進なんて通過して終わりという生易しいことはしない」


 少しドヤ顔のなずな教諭。


 聞いた自分がバカだったと素直に痛感してしまう。


 なずな教諭のキャパシティなら式神を百匹以上は同時使役しそうだ。


 無数の式神に四方八方から攻め続けられるのは、想像するだけで寒気がしてくる。


「……全方向攻撃は禁止っすよ」


「最初からするつもりはない。鬼灯がどうしても相手して欲しいと言――」


「いやいやいや! いいっす! 全力で断るっす!」


「喋り終わる前に断るとは、男らしくないぞ、鬼灯」


「男らしくなくていいっす。病院直行コースを好き好んで選ぶような馬鹿じゃないっす」


「男は馬鹿になれなきゃつまらんぞ。若いんだから、もっとはっちゃけて無茶をしろ。ただし、私に迷惑はかけるなよ」


 ギロリ、と俺を睨みつけるなずな教諭。


 無茶しろと迷惑かけるなを同時に実現するって結構無理があると思うんだけど。


 なずな教諭の圧力に、反論する元気は欠片もない。


 俺は被害を最小限に抑えるためにも話を進めることにする。


「で、構えましたけど、石段の整備で疲れてるんでサクッとやりましょう。あ、攻撃を迎撃して、なずな教諭の式神が怪我しても文句言わないでくださいよ」


「式神が怪我? 鬼灯は何を言っているんだ。わたしは言っただろう。わたしが攻撃すると」


「へ?」


 思わず変な声が出た。


 確かに、なずな教諭が攻撃するって言ったけどさ。


 式神使いの攻撃って式神でやりそうだろ。


 いや、誰でも絶対そう思うはず。


「鬼灯、馬鹿面はそこまでにしとけ。行くぞー」


「ちょ、まっ――」


 俺の返事を待たずに、なずな教諭の姿が霞む。


「ボサッとすんな」


「ッ!」


 藤代の踏み込みより数段速い。


 なずな教諭が突き出した手刀をとっさにかわすと、風切り音と共に鋭い痛みが頬に走る。


 かわしきれなかったのか、風圧なのか、俺は頬が裂ける感覚に思わず眉をしかめる。


 マジかよ。


 ただその一撃だけで、なずな教諭の力量がわかる。


 一朝一夕で身につくような一撃じゃない。


「ほらほら、反撃してもいいんだぞ」


「ッ、ちょ、簡単に、言わんで、くだ、さい、よ」


「ハッハッハ。こういう手合わせは、守りに入れば負けだぞ。攻撃は最大の守りというだろ」


 なずな教諭は楽しそうに笑いながら手刀を繰り出してくる。


 笑い声となずな教諭の見た目だけならば、楽しくじゃれ合っているように見えなくもない。


 その実、喰らえば大怪我必須の連続攻撃とか詐欺もいいところだろ。


 やや下方から繰り出されていることもあり、避けにくい。


 だが、このまま一方的に攻め続けられる趣味はない。


 なずな教諭の突き出した手刀に被せるように、俺はカウンター気味に拳を繰り出す。


 当たらなくても良い。


 顔面への攻撃となれば、無意識に反応してしまうもの。


 隙が出来なくとも、連続攻撃を寸断する事は出来るはず。


「甘いな、鬼灯」


 ハッキリと聞こえるはずのない、なずな教諭の呟き。


 同時に背筋を悪寒が駆け上がる。


「だっしゃぁぁぁ!」


「ッ!」


 気合い一閃。


 なずな教諭は俺の拳を頭突きで迎撃。


 打点がズレて、拳から伝わってくる鈍い衝撃。


 次の瞬間、俺は背中から襲ってきた衝撃でせき込みながら、空を見上げていた。

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