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017-1

「日曜なのに、俺はこんな山奥で何やってるんだ……」


「石段の草刈りだな」


「なずな教諭、それはわかってます。なんで俺が学園から小一時間も離れた山中の石段整備をやらされているか、ってところが問題なんですよ」


「鬼灯、そんな事も理解できずに草刈りをやっていたのか……」


 なずな教諭の哀れみ混じりのため息が俺の頭の上から聞こえてくる。


 視線を向けると見慣れたゴールデン・レトリバーのような姿をした式神の背に気だるそうに乗っかかる、なずな教諭の姿があった。


 やる気のないダラケきった空気を漂わせる、なずな教諭に対し、俺は無意識に軍手をはめた手で草刈り鎌を握りしめてしまう。


 落ち着け。


 落ち着け、俺。


 何度か自分に言い聞かせ、深呼吸してから、なずな教諭に反論する。


「罰則の一環で連れてこられたのは理解してます。でも、何で俺なんですか? 暴れたのは、梓と藤代ですよ」


「鬼灯もその場にいただろう」


「いましたけど、俺の意志に反して審判やらされただけです。しかも吹っ飛ばされるし、叩きつけられるし、で散々な目にあったんですよ」


「その割には元気そうじゃないか」


「……普通のヤツなら病院送りどころか、墓場送りになってますよ」


 梓と藤代の激突を思いだし、思わず背筋が寒くなってしまう。


 本気では無かっただろうが、殺気は本物だった。


 (かぶり)を振って、演習場の光景を記憶の片隅に追いやる。


「だいたい、ここは何なんですか? こんなに荒れ果てているところを見ると学園の保有地ではなさそうですけど」


「ここは私有地だ。わたしの知人が地主をしている。と言っても協会やらなんやらの監視地なので自由にどうこうできる土地でもない。わたしに人手が足りなくて石段整備が出来ていない、と相談があったので鬼灯を連れてきた」


「……私有地の草刈りやらせるなんて職権乱用じゃないですか?」


「ただの私有地なら、な。ここは監視地になっているから色々と制限が設けられているんだ。簡単に譲渡や売買は出来ない。人の出入りも制限されている」


「それで人の気配がないのか……。荒れているけど、こんな立派な石段がある山にしては人の気配が無さすぎると思ったんですよ。それに最近は山歩きがブームって聞くし、ここの石段は口コミとかで人気になりそうなのに整備されていないから疑問だったんですよ」


「鬼灯、気づいてなかったのか。人払いの結界が山全体に構築されているだろ」


「………………マジですか。結界があるなんて全くわかんなかった」


「そこそこ強い結界だぞ。指定されている場所以外から山に近づくと石段が視認できなくなる。それどころか山の麓から一定の距離しか登れなくなるようになっている」


「それって、かなり強力な結界ですね」


「ああ、強いぞ。それを感知出来ない鬼灯には呆れてしまうな。まあ、鬼灯が鈍いのは今に始まったことではないな」


「改めて言われると、ショックなんですけど……」


「ショックを受けても鈍さはかわらんだろ。ショックを受けることが無駄だ」


 ばっさりと切り捨てる、なずな教諭。


 言っていることは正しいと理解できるが、もう少しオブラートに包むか、気遣った言葉をチョイスしてくれてもいいんじゃないかと言いたくなる。


 そんな俺の心情が、なずな教諭に伝わるわけでもなく、俺は肩を落とす。


「……俺が鈍い点については、もういいです。それより、この石段はどれくらいあるんですか? 八百段あたりまでは数えてましたけど、ぜんぜん終わりが見えないんですけど……」


「んー、確か五千七百段くらいだったと思うが」


「はぁ?! 五千段オーバー?! 確か雑誌とかで紹介されていた長い石段が三千段くらいですよ!」


「安心しろ。五千段といっても全てが上るばかりではない。下りもあるし、踊り場のような場所もある」


「ぜんぜん安心できないです。というか上りとか下りとか踊り場とか関係ないです。五千段もあるような石段を一人で整備していることが問題でしょうが! なんで梓と藤代を連れてこなかったんですか!」


「あの二人を連れてきて、石段の整備が進むと思うか?」


 なずな教諭が俺の言葉に嘆息する。


 一人でやるより三人でやった方が断然速い。


 だが、梓と藤代の二人が加わって、草刈りの速度が上がるのか。


 俺の本能が反射的に「NO」と答える。


「あの二人は水と油のようなものだろう。石段の整備が進まない程度ならまだいい。周辺の木々を倒し、石段を破壊する可能性もある」


「……容易に想像できてしまうところが怖いですね」


「だろう。それに一人と言ってるが、わたしの式神が刈り取った草を麓まで運んであげているだろう。それでも一人でやっていると主張するならば、刈り取った草を鬼灯が麓まで運ぶか?」


 なずな教諭が眉間に縦じわを作りながら凄む。


 刈り取った草を麓まで運びつつ、五千段を越える石段を整備するなんて正気の沙汰じゃない。


 何日あっても整備が終わる気がしない。


「……なずな教諭の手伝いあってこそです。というか、なずな教諭の式神頼りで相談がきたんじゃないですか?」


「ああ、そうだ。式神を数十匹、同時に使役すれば、一時間くらいで草刈りは終わるだろうな」


「じゃあ、そうしてくださいよ」


「いやだ。こんな罰則らしい作業というのは、なかなかないんだぞ」


 俺は「罰則らしい作業じゃなくて良いんだけど」と反射的に言い掛けて言葉を飲み込む。


 ヘタな発言をして、なずな教諭の機嫌を損ねれば、追加の罰則もあり得る。


「鬼灯、そもそもの話になるのだが――」


 なずな教諭は少し悩むような素振りを見せる。


 が、すぐに気だるそうに式神の背中によりかかると、どこからかアイスキャンディーを取り出し口にくわえる。


「鬼灯は、二人がなんであんな状態なのか、気づいているのか?」


「あんな状態? さっき、なずな教諭が言ったとおり何じゃないですか。水と油だからウマが合わない。だから顔を合わせればケンカしたくなるんじゃないですか?」


「はぁ、コレだから鬼灯は……。お前は丈夫な身体に産まれたことを、まず感謝しろ。そして、鈍い頭を持った事を後悔しろ」


「……どういう意味っすか?」


「そのままの意味だ。鬼灯が言葉の意味を理解できるとは思っていない。それより、さっさと草刈りを終わらせろ。理由があって、鬼灯をあの二人から引き離す形で罰則させているんだぞ。あと一時間ぐらいでパパッと草刈りを終わらせろ」


「なずな教諭、どー頑張っても無理っす……」


 俺は力なく答えた。




 石段の整備が終わったのは、それから五時間後だった。

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