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016-1

「鬼灯、覚悟はできた?」


「……できているわけねぇだろ」


 やけに嬉しそうな笑みを浮かべながら対峙する藤代に、俺はため息をつく。


 場所は放課後の喧騒に包まれた学園端の実技演習場。


 帰りのHRが終わった瞬間、藤代に拉致られて、問答無用で連れてこられた。


 安請け合いするんじゃなかった、と今更ながら後悔している。


 強制的に連れてこられることはないだろうと予想していたので、適当に理由をつけて藤代が約束を忘れるまで逃げる算段だったのに。


「なによ! 全然覇気がないじゃない! 実戦と思って気合い入れなさいよ!」


「いや、思えるわけねぇだろ……」


 訓練で愛用している木刀をブンブン振り回しながら体操服に着替えた藤代が俺に檄を飛ばす。


 俺は肩を竦めながら周囲を見渡す。


 どこから聞きつけたのか、フロアには多くの生徒の姿があった。


 皆、各々で訓練をしているように見えるが、チラチラと俺たちの様子を伺っている。


 放課後は実技演習場の利用許可が明確な理由なしで下りないので、大方訓練の理由をでっち上げてきた連中だろう。


 目的は予想がつく。


 俺が藤代がにボコられる姿を見ることだ。


 梓みたいに霊力の質とかから誰なのか感知できないが、向けられる殺気の感じは判断がつく。


 梓の非公式親衛隊が向けてくる殺気によく似ている。


「さあ、鬼灯も準備しなさいよ」


「準備ってするほどないぜ。手甲つけて終わりだ。藤代も似たようなもんだろ」


「制服から着替えもしない鬼灯のようなズボラと一緒にしないでよね。グラウンドを五週して準備体操も終わって体はほぐれているわよ」


「はあ? 着替えるっていなかったのは十分くらいだろ。それでグラウンド五週? 嘘だろ」


「嘘じゃないわよ。本当は十周くらい走っときたかったけど、鬼灯を待たせるのも悪いから少なめに走ってあげたのよ」


「少なめって、おい……」


 グラウンド一周四百メートルほどある。


 着替える時間と準備運動をした時間を引くと、数分で走り終わったことになるんじゃないのか。


 ドヤ顔の藤代を思わずしげしげと眺めてしまう。


「な、なによ? 言っとくけど、全然たいしたことじゃないからね。少し流して走ったし、姉さんだったら二分以内に走り終われる距離なんだから。別に鬼灯と特訓する前に汗だくになりたくないとかじゃないからね」


 俺の視線が気に障ったのか、急に落ち着きをなくす藤代。


 木刀もみじん切りをしているように高速で上下に動いていた。


 梓か白木がいれば、ツッコミを入れて藤代の奇行を止めてくれるんだろうけど、あいにく二人の姿はない。


 梓はよびだしで、白木はいつもの様に家の手伝いだ。


 ツッコミを入れて話がこじれたりしたら嫌だし、俺はさっさと話を進めることにする。


「で、なにをするんだよ?」


「……なんかノリ悪いわね、鬼灯」


「無理やり連れてこられて喜ぶような趣味は俺にはねぇよ」


「ふん、まあいいわ。やる事は単純よ。アタシが打突部位を先に口にして打ち込むから、鬼灯は防御(ガード)して。それでアタシがチカラを浪費せずに攻撃しているか判断してちょうだい」


「先に言っておくが、出来るようになるまで付き合わないぞ」


「――ッ! なんでよ!」


 わーお、先に言ってて良かった。


 出来るようになるまでとか、何百時間必要だよ。


 不満げな藤代に俺は思わず呆れ顔になってしまう。


「そう簡単に身につく技術じゃないからだ。実戦形式で簡単に身につくなら苦労しねぇよ」


「アタシは実戦向きなのよ。出たところ一発勝負が得意なのよ」


「はいはい。あんまりデカい口叩くと恥かくぞ。付き合うのは十六時までだ。実戦派なら、十分な時間だろ」


 俺は手をひらひらと振って、藤代に準備を促す。


 不満そうに頬を膨らませながらも藤代は素直に構える。


 右足を前にやや前傾姿勢で半身になり、手にした木刀を身体で隠すように構える。


 一瞬で間合いを詰め、横薙ぎの一撃を喰らわせる。


 単純明快な技だが、藤代の踏み込みが速すぎて迎撃も回避も不可能と言われる必殺技。


 閃光のような一撃はその見た目どおりに『一閃(いっせん)』と呼ばれている。


「……なあ、『一閃』を使うつもりなのか?」


「当たり前でしょ。アタシの攻撃の起点はコレなんだから」


「チカラのコントロールを特訓するんだよな?」


「そうよ。さっきから言ってるじゃない」


「だったら最速の技なんて持ち出してくんなよ。フツーに上段から振り下ろしたり、中段薙ぎ払いとか、わかりやすい技にしろよ」


「えー、鬼灯にあっさり見切られたら面白くないじゃん」


「おま、最初と言ってる事がちげーだろ。藤代が打ち込んで俺が防御するって言ってただろ」


「……そんな昔の事は忘れたわ。それに物事には本音と建前というものがあるのよ」


 あっさりと開き直り始める藤代。


「はあ、わーかったよ。最初の最初。一発目だけ、一閃で構わねーよ」


「マジで! やった!」


 本気で嬉しそうに飛び跳ねる藤代。


 嬉しいのはよくわかるが、それを喰らう方からすれば、迷惑極まりない。


 一閃の威力をまともに受ければ病院送りどころじゃない。


 だが、勝算がないわけじゃない。


 藤代の一閃は防御も回避も不可能に見えるが、対象との距離で微妙に性質が変わる。


 距離が近い場合は『斬る』という性質だが、距離が離れると『打つ』という性質に変わる。


 技の本質は『斬る』なんだろうけど、距離が遠いと刃筋や剣筋が乱れた結果『打つ』に変わる。


 そして、その切り替わる距離が一番威力が安定しない。


 そこを狙って藤代に一泡吹かせる。


 もっとも梓に教えてもらった事なので、正確な距離を俺は把握していない。


 梓曰く「一番威力があるのは、五メートルから十三メートルの範囲」との事。


 十三メートルから、それほど離れていない距離に切り替わるタイミングがあるはず。


 勘頼りで、俺は十五メートルほど藤代から離れて構える。


 距離をとった俺を見て、藤代が不敵に笑う。


「鬼灯、距離をとったところで一閃からは逃れられないわよ」


「そうか? なんなら百メートルくらい離れようか?」


「そんな距離で一閃なんて使うわけないじゃない。バカなの?」


「先に距離を口にしたのは藤代だろう。自信がないなら近づいてきていいぞ」


 念のために軽い挑発をしておく。


 これで素直に藤代が距離を詰めた場合、俺が病院送りになる確率が飛躍的に高くなる。


 近づいてくるなよ、と内心ヒヤヒヤしながら祈る。


「ふん、そんな安い挑発はアタシには無意味よ。これくらいの距離、アタシにはゼロに等しいわ」


 藤代が鼻を鳴らして、改めて構え直す。


 空気が張り詰め、肌越しにピリピリとした剣気が伝わってくる。


 周囲で訓練していた生徒たちも動きを止め、固唾を飲んで俺たちを見る。


 さて、一発勝負といきますか。


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