015
「うむ、さすが『時雨庵』。いつも通りの良い仕事をしている」
「甘すぎず、口どけなめらか」
ほくほくとした笑顔でチーズケーキを食べる梓となずな教諭。
俺は諦めて自分の前に置かれた皿に乗ったチーズケーキをフォークで一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
甘い物は得意ではないが、甘さ控えめ、溶けるような口どけのチーズケーキは、いくらでも食べれそうだった。
だが、俺は梓のように簡単には懐柔されない。
チーズケーキの美味しさが表情に出てこないように、努めて平静な顔を保つ。
「……なずな教諭。まさかチーズケーキを振る舞うために呼び出したんじゃないっすよね?」
「鬼灯、このチーズケーキに不満があるのか? 地方誌にも紹介され、他県からも買いに来るお客が後を絶たない時雨庵のチーズケーキだぞ」
「そのくだりは何度か聞いたっす。ついでに、この学園の卒業生で、なずな教諭も顔なじみ。だから安心して式神にお使いに行かせられるって」
「言っておくが、店まで車で二十分かかる道のりが面倒だから式神にお使いさせているんじゃないぞ。こういう極々普通のお使いってのは、式神の成長を促すことに効果があるんだ。いつも殺伐とした仕事をさせるより、陽の当たる時間帯にノンビリと行動させる方が情緒が養われるからな」
「なずな教諭、口いっぱいに頬張りながら言っても説得力ないっす」
「美味いものは格好を気にしてない食すものじゃない。食したいときに食したい様に食す。これが作り手への精一杯の感謝を伝える方だと、あたしは主張する」
「……さすが、なずなちゃん。いいこと言った」
「そうか?」
俺の抗議の声は無視される。
なずな教諭は、幸せそうに顔をほころばせながら、チーズケーキを小さく切り分けては次々と口に頬張る。
その姿は年相応、じゃなかった見た目相応な姿だ。
指摘すると絶対機嫌が悪くなるので、口に出さない様に注意する。
並んで座る梓も黙々と口を動かしている。
いつも通りの無表情だが、あれは嬉しいときの顔だな。
「簡単な結界で人払いして、用事がチーズケーキだけなら、いくらでも俺でも怒るよ」
「鬼灯、短期は損気だぞ。男なら多少のことに動じず、どっしりと構えるべきだ」
「ケーキを俺たちに見せびらかしてからだと、だいぶ時間が過ぎていると思うけど」
「たかだか半刻やそこらで気にするな、鬼灯。チーズケーキの美味さの比べれば些細なことだ」
「うんうん、その通り。呼び出された理由がチーズケーキでも全然許される」
呼び出された直後は不満タラタラだっただろう、梓。
チーズケーキの魔力にあっさりと機嫌を直した梓に呆れながら、俺は一緒に用意していた保温ポットと急須を使って熱い緑茶を注ぐ。
当然、三人分だ。
濃いめに淹れた緑茶から立ち込める清涼な香り。
一口飲むと、熱さと一緒に砂糖などの甘さとは違う独特な甘みが口内に広がっていく。
「美味いだろ、玉露。高かったんだぞ。神代はともかく鬼灯は緑茶にうるさいから、買っておいたんだ」
ドヤ顔のなずな教諭。
なんだろう、普通はドヤ顔にイラっとする事が多いんだけど、なずな教諭のドヤ顔は、ほんわか成分が多分に含まれている。
ずずずっと音を立ててお茶を啜る梓。
はうっ、と頬を弛ませる。
「神代、美味いだろ?」
「うん、美味」
「……梓。味、わかってないだろ」
「翔太、失礼過ぎ」
「じゃあ、味の感想を言ってみ」
一瞬、梓の顔が硬直する。
その返しは予想していなかった、って顔だ。
「ま、まろやかで、コクがあって、渋みの中に甘みが……」
「すまん、端から梓の感想に期待してなかった。味音痴だからな」
「ひどい。期待してないのに言わせるとか、意地悪にも程がある。でも、私はそんな翔太を嫌いにはなれない。どんな翔太でも受け入れる所存。さあ、翔太、なずなちゃんはほっといて二人の世界に旅立つ時」
「旅立つな。本当に神代はブレないな。鬼灯が絡むと言動が怪しい。そのうち狂気を感じそうだ」
「仕方ない。それが愛なのだから。愛とは時に狂気を孕む危ういものだから」
「綺麗にまとめようとすんな。自制しろ。ヒトとケモノの大きな違いは理性で己を律する事ができる事だ」
「私は翔太が夜にケモノになって、私のところに来てくれるのを待っている」
「……待つな。そんな予定はない」
梓のペースで話をしているといつまで経っても本題に入れそうにない。
俺はため息をつきながら、懇願するようになずな教諭に視線を送る。
「お前たちは、いつでもどこでも平常運転だな。まあ、仲良きことは良いことだ。お前たちを呼び出した理由は、あの廃工場についだ。白木が情報の出所であっているな?」
なずな教諭が鋭い視線で俺と梓を射抜く。
それだけで、なんとなくなずな教諭が欲している情報を俺は察する。
あの結界の完成度と情報の出所でといったところだろう。
横目で梓を確認すると眉を顰めていた。
梓は鋭い時はとことん鋭いんだが、鈍い時はとことん鈍い。
何が基準で鋭さと鈍さが切り替わるのかも、付き合いが長い俺もよくわからない。
「神代、察しが悪いな。白木は店でその話を聞いたのだろう。鬼灯、店に来る客層は予想できるか?」
「白木目当ての学生。あとは近所の住民くらいだな」
「なずなちゃん、それが悪いことなの?」
「普通に考えれば悪くない。身元のはっきりした客ばかりで、常連客もいる。店を続けていく上では良い環境だ。しかし、そんな客層に紛れて、白木に廃工場の情報を伝えたヤツがヤツがいるんだぞ」
なずな教諭の言葉に、梓はハッとする。
察した梓を確認してから、なずな教諭は話を続ける。
「考えられるパターンは幾つかある。首謀者が客に紛れている。首謀者にメッセンジャーとして利用された客がいる。白木がメッセンジャーにされた」
「なずな教諭、白木自身が首謀者という可能性は?」
「考慮すべきかどうかというと悩むところではある。あたしの知る限り白木のチカラの特性は結界向きじゃない。白木のチカラは場に留まりにくいからな」
「……白木は放出系?」
「随分とざっくりした表現だが、ハズレとも言い難いな。白木は知覚領域において物質にベクトルを発生させる。距離が近いほど精度と威力が上がる反面、距離が遠いほど精度が下がる。ただし、弾丸のように発射した物質は慣性の法則に従うので、距離があれば無効化できるというわけでもない」
「梓も白木が実習で護符やら何らを大量に操作してディフェンスを担当しているのは見たことあるだろ。逆に廃工場で見せたような技はあまり見ないだろう」
「……確かに」
「白木からすると、ただぶっ飛ばして制御を離れるような技は、危険すぎて安易に使えないんだとさ」
俺の言葉に梓はわずかに訝しげる。
梓は弓で狙ったモノを射抜くのを得意としているから、白木の射出したモノが制御を外れるという感覚がわからないんだろうな。
梓は手でモノを投げるような感覚で、白木は手でモノを動かすような感覚だろうな。
モノが動くという点では同じでも、制御の仕方がだいぶ違う。
最初に望む結果になるように制御するか、望む結果になるように最後まで制御するか。
どちらにせよ俺にはわからない感覚なのは間違いない。
「ま、だいぶ話が逸れてしまったな。問題にしているのは腕の立つ能力者がいて、どこに所属している誰かわからない。さらに目的もわからない。害のない研究をやっているだけならいいが、どうもきな臭い。あの結界と守護者を、お前たち二人はどう評価した?」
「……結界の精度、影響範囲からしてカテゴリーA以上の出来。ただし、チカラを封じるのではなく、分散させるという効果が、何を意図しているのかわからない。守護者はカテゴリーC」
「カテゴリーC? 梓の掌底でぶち抜けなかったんだぞ。もうちょい上じゃないのか?」
「あれはチカラの分散と、そもそもの素材の強度が関係しているから。特殊な能力がありそうにも見えなかった。材料さえ揃えば、学生でも作れなくはない」
梓が言う通り、単純な命令だけを忠実に守る自動人形の製造は難しくはない。
少し腑に落ちない部分はあるものの、反論はやめておく。
「……鬼灯の意見は?」
「梓が答えたんなら俺の回答はいらないと思うけど」
「まったく同じ意見とは限らんだろ」
「……カテゴリーについては梓の意見に合わせます。そもそも俺は梓のように感知できないんで。結界について言わせてもらえるんなら、アレはチカラを使わせるための結界なんだろうと思いました」
「なぜ、そう思ったんだ?」
「ワガママな仕様だと思ったからです。チカラは力一杯使わせたいが弱体化もさせたい、そんな感じがしたからです。そもそも俺たちに聞くより、廃工場を隅々まで調べたほうがいいんじゃないですか?」
「それが出来ればお前たちに声はかけていない。廃工場は、とっくにもぬけの殻だ。何も残ってない」
「まったく何も?」
「ああ、そうだ。残っていたのはお前たちが戦闘した形跡のみ。かろうじて、消えかかっていた守護者の足跡が幾つか残っていたくらいだな」
「……パーツの欠片も? 私や藤代と白木の攻撃で鎧の破片が飛び散ったはず」
「くまなく探したが無かった。さらに結界の構成要素自体が消滅していた。淀みも全てだ」
その言葉に俺は背筋を冷たい汗が流れるのを感じる。
あの規模の結界を跡形もなく消し去ることは不可能ではない。
しかし、それは時間があればだ。
たったの数時間で結界を解除し、痕跡を全て消し去るなんて不可能だ。
「つまりは、そういうことだ。学園もそれ相当の警戒をする事が決定しているが万全の体制が整うまで時間がかかる。わたしが一番危険だと思うのはお前たち二人だ」
「……私たちは、他の生徒とあまり変わらない。フツーの生徒」
「神代がそう言い張るのであれば、あたしはそれで構わん。お前たちがなんであれ、あたしの可愛い生徒に変わらん。だが、そう見てくれない輩がいるのは事実だ。神代、鬼灯がチカラを使うことを拒んでいることは知っている。鬼灯のチカラは容易に使えるものではないと、あたしも認識している。その上で言う。チカラを使うべき時が来たら迷わず使え。使わず後悔するくらいなら、使って後悔しろ。後始末が必要なら、あたしがいくらでもしてやる」
まっすぐ俺を見つめるなずな教諭。
嘘偽りなど一切感じられない視線。
梓も何も言い返せず、ただ静かに俺の言葉を待っていた。
「……使うべき時がきたら、使うよ」
自分の口から出た言葉のはずなのに、まったく実感がなかった。
誰かが口にした言葉を横で聞いている、そんな感覚。
俺は後悔しないためにチカラを使うことができるのだろうか……。




