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014

「ちぇすと!」


 裂帛の気合いと共に俺は荒縄を巻いた鉄骨に掌底を打ち込む。


 学生寮からから少し離れた林の中に鈍い金属音が夕闇に響く。


 俺は一撃を打ち込んだ残心を解きながら、肺に溜まっていた空気を吐く。


「……今のじゃ守護者の体勢も崩せないな。……踏み込みでもう少し重心を落として、下から突き上げた方がいいのか?」


 イメージした動きをトレースするように、ゆっくりと動作を確認する。


 踏み込んで、ヒザに溜めた力を爆発させるように、伸び上がりつつ掌底を繰り出す。


 動作としては悪くないけれど、威力が増したようには思えない。


 そもそも重量差が大きい相手に吹っ飛ばし系の技が効果的とは思えないな。


 俺は頬を流れ落ちた汗を手の甲で拭いながら、肩越しに後ろを確認する。


「隠れて見る必要ないだろう。出てこいよ」


「……せっかく気を使ってあげたのに」


「気を使うようなことじゃないだろ。そもそも組み手とかよくやってるだろ」


「それとこれは違う。あと木の影から見守るのは、お約束。特訓する主人公につきもの。常識」


「どこの常識だよ。勝手な常識つくんな」


「翔太がそんなこと言っちゃうの。示現流どころか、薩摩隼人でもないのに、掛け声で『chest』なんて使ってるくせに」


「い、いいだろ。声に出しやすいんだよ」


「そういうことにしておいてあげる」


「……ありがとよ。梓、暇なら乱取りでもするか?」


「ボッコボコにしちゃうよ?」


「乱取りで相手をボコろうとすんなよ」


「私は、いつでも本気だから」


 ドヤ顔の梓を「はいはい」と軽くあしらう。


 梓は手足をプラプラさせながら、俺の正面に移動する。


「時間は、いつも通り。チカラを使うのは禁止だ」


「いつも通りの時間って、アバウトすぎると思う。早い時は数分くらいで、長い時は軽く一時間を越えると思う」


「いいだろ。満足できた時に終わるんだからさ。質が大切だろ」


「それは納得」


 俺は半身になりながら、重心を落とす。


 対峙する梓は、自然体のまま、特に構えない。


 視線だけが鋭く細められる。


 ただそれだけなのに、空気が張り詰める。


 梓と組み手をする時の、いつも通りの空気。


 俺は、心地よさを感じながら、緩みかけた顔を引き締め直す。


「……開始」


 梓の小さな呟き。


 次の瞬間、梓の姿は眼前にあった。


「甘いぜ」


 梓の繰り出した正拳が俺の頬をかすめていく。


 打点など気にせず、回し蹴りを繰り出し、肉薄していた梓を引き剥がす。


 梓は俺の脚に手を添えるようにして、蹴りの勢いに乗って、ふわりと宙に舞う。


 重心を落として、梓の着地地点まで跳ぶ。


 手で土をすくい上げる、小石をニ、三個拾う。


 梓が着地するタイミングと俺が追撃するタイミング。


 俺の方がわずかに遅い。


 その遅れを埋めるために、俺は拾い上げた小石を梓に向かって指で弾く。


「指弾、ズルい」


 指弾は梓に当てることが目的じゃない。


 梓の意識を乱すためだ。


 指弾に対する防御で、梓の着地姿勢が乱れる。


 普通ならなんの問題にもならない乱れ。


 だが俺が梓に接近するには十分だ。


「もらった」


「ちっちっち、想定内」


 蹴り上げた俺の足には何の手応えもない。


 梓は俺の足を両手で受け止めるだけでなく、威力を受け流す。


 俺の足に鉄棒のように乗っかかりながら、梓は好戦的な笑みを浮かべる。


 まずい。


 とっさに軸足で地面を蹴り、二撃目を繰り出す。


 梓は両手で俺の足を押し返すようにして離れる。


 軸足を失った俺は、それだけでバランスを崩す。


 すぐさま体勢を立て直し、梓が仕掛けてくる。


「翔太、もらった」


「やられるかよ」


 梓の打ち込んできた拳を、空中で体を捻ってかわす。


 そのままうつ伏せに地面に着くと、梓の迎撃を避けるために転がって距離を取る。


 身体中に土埃が付くが、気にしている余裕はない。


 両手で地面を押し、反動で一気に起き上がる。


「――ちょ! あぶね!」


「チッ、おしい」


 起き上がった俺の鼻先を梓の踵がかすめていく。


 今のは、かなりヤバかった。


 バックステップで梓との距離を取る。


「ふぅ……。梓、少しは加減しろ。殺す気か?」


「加減は苦手。でも、殺すつもりはない。まだ必殺技は使ってないから。必ず殺す技、使っていいの?」


「良いわけないだろ」


 互いに申し合わせたように、俺と梓の口元に笑みが滲む。


「次を仕舞いにするか?」


「翔太ともう少し踊っていたいけど、それでもいいよ」


 梓がスッ、と目を細める。


 同時に周囲の空気が静まり返っていく。


 次の一手をどう攻めるか? 手数か、一発か。


 俺は眼前に拳を持ち上げながら、低く構える。


「……いくぜ」


「いつでも、いいよ」


『あー、じゃれあってるところ邪魔して悪いんだが』


 突然聞こえてきた声に、俺はつんのめりそうになる。


 一転して梓は迷惑そうに眉を顰めながら上を見る。


 そこには空中に浮かぶチワワ――なずな教諭の式神がいた。


「なずな教諭、ここは空気を読むところじゃないですか?」


『あたしに空気を読めとは、ずいぶん難しいことを言うんだな。神代、急ぎだったんだ。だから殺気を引っ込めろ。式神(そのこ)は、お使い役の大人しい子だから、怯えちゃうだろ』


「……なずなちゃんが、空気を読んでくれれば問題なかった」


『そう言うな。一応、鬼灯の日課が終わるまで待ってやるつもりだったんだ。いきなり乱取り始めたお前たちが悪い』


「なずな教諭、それは責任転嫁なんじゃ……」


『気にするな。気にしたら負けだぞ、鬼灯。学生寮の学食で待っているぞ。神代、大人しく呼び出しに応じるなら、例のケーキを振舞うぞ』


「翔太、早くいくよ」


「……ケーキに釣られすぎだろ」


 即座に駆け出しそうな梓にため息をつきながら、俺は服についた土埃を叩き落す。


 また、面倒ごとでもあったのね、なずな教諭。


 俺は待ちきれなくなった梓に手を引っ張られながら、学食へ向かった。


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