013-2
「はい、お待たせいたしましたわ。鬼灯くんのナポリタンのセットですわ」
パスタの山ができた大皿と小皿に盛ったサラダ、マグカップに注がれたオニオンスープが俺の前に並べられる。
サラダとスープは普通の量だが、パスタはファミレスで出てくる量の倍近い。
八百円でこの量は破格だと思う。
さらにマスターの作るナポリタンは美味いの一言につきる。
アルデンテの茹で加減ではないが、モチモチとしたパスタにトマトケチャップが絡みあい、旨さを引き立てる。
具は玉ねぎ、ピーマン、ベーコンと普通だが、マスター手作りのトマトケチャップが、ただのナポリタンを絶品料理へ昇華させている。
食欲をそそる香りに俺は思わず舌なめずりをしてしまう。
同時に不穏な空気に眉をひそめ、俺は横を確認する。
不満そうな梓の顔が、そこにあった。
「……白木、私のは?」
「さあ? 少なくとも手元にはありませんわね」
「待っても注文が出てこないなんて、なんてひどい店。特にウェイトレスが最低最悪。お客様は神様の精神が感じられない」
「お客様は神様というのは正しいと思いますわ。でも店にも客を選ぶ権利があると思いますわ」
「なんという恐ろしい理論。全ての客を敵に回す」
「大丈夫ですわ。敵になるのは神代さんぐらいですから」
梓の睨みを笑顔でかわす白木。
さすが女神と称されているだけある。
梓の殺気を笑顔のまま受け止めるなんて。
「彩音、仲の良い友だちに対して、はしゃぎたい気持ちはわかるが節度は大事だぞ」
「ッ! お父さん!」
「ほい、アズちゃんはスペシャルサンドイッチのスープ付きと、フジちゃんは特製特盛高菜チャーハン、お待ちどう」
全く気配を感じさせずに現れたマスターが、梓と藤代の前に湯気立つメニューを慣れた手つきで並べていく。
突然現れたマスターに梓と藤代は目を見開いたまま硬直している。
二人とも気配を察知するセンサーに優れている方だから、マスターの気配に気付けなかったことに多かれ少なかれショックを受けているようだった。
「お、お父さん! わたくしの背後に立つ時は気配を消さないでって言ってるじゃない!」
「甘いな、彩音。オレはお前の背後には立ってないぞ。ほぼ真横だろ」
にやり、としてやったり顏のマスター。
白木が珍しく眉間に眉を寄せ、わずかに眉を釣り上げる。
学園では、まず見ることのない白木の表情。
フロアにいた生徒たちは感極まったような表情で白木を見ていた。
中には噎び泣き始める生徒も出てきた。
俺には理解できない世界が広がっていくのを感じる。
「もう、お父さんは屁理屈ばかりですわ」
「純粋なまま大人になれるヤツは一握りの選ばれたヤツだけなのさ。だからオレは屁理屈を使うのさ」
白木が次の言葉を口にするより早く、マスターはカウンターヘ戻っていく。
俺たちの方を向いたまま、ベルトコンベヤーに運ばれていくような動きは、いつ見てもりかいできない。
フロアに段差や障害物がないと言っても、あんな動きはできないと思うんだけどな。
「まったく、お父さんは手に負えませんわ。鬼灯くん、冷める前にいただいてください。……かなり不本意ですが、あなたたちも冷める前にどうぞ。お父さんの料理は、冷めても美味しいですが、温かいうちに食べると、もっと美味しいですわ」
わずかに頬を緩ませながら、白木は一礼してカウンターに戻っていく。
「んで、藤代。俺になんの用があるんだ?」
「はふ、はふはふはふ」
「……藤代、きたない。食べながら喋らない」
「まったくだ。つか、食い物を前にして尋ねた俺がバカだった」
「翔太、全くもってその通り。藤代は食べ物を前に正気を保てるはずがない」
「はふ! はふはふはふ!」
呆れた声をこぼす俺と梓に藤代が抗議の声を上げる。
小柄な藤代が冬支度をしているリスのように頬膨らませた姿は、どことなく愛らしさがある。
普段の風紀委員の姿からは想像もできない。
ただし、食べ物が絡むと藤代が冷静さを失うのは珍しいことではないため、知ってる者ならば疲労感を覚える。
空腹すぎて凶暴化し、店を半壊させたこともあるらしいからな。
噂では暴れたことを揉み消す事を条件に風紀委員になったとか。
「……梓、食べながら会話なんて藤代には無理だ。俺たちも料理が冷める前に食うぞ」
「それが賢明。いただきます」
「いただきます」
俺はひたすら口をモグモグ動かし続ける藤代を横目に、手を合わせてから料理に手をつける。
やっぱりマスターの料理は美味かった。




