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012

 放課後、梓と藤代に見つからないように裏庭に出た瞬間、人影が目に止まり、俺は立ち止まった。


 嫌な予感がしてたんだよな。


「ふはははははははっ、審判の時は今! 大罪人! 鬼灯翔太! 貴様の悪運もこれまでだ! 我輩たちのこそ正義である!」


『キーーーッ!』


 俺の前方十数メートル前で仁王立ちするメガネの男子生徒が高笑いする。


 その男子生徒を中心に半円状に俺を取り囲む両手を覆面をつけた男子生徒たち。


 俺は頭痛を覚え、思わず額に手を当てる。


 梓の非公認親衛隊の連中だ。


 大久保は、中肉中背で、メガネ以外にこれといった特徴のない男子生徒だがアクの強い。


 妙に芝居がかった喋りは親衛隊の時だけかと思いきや、普段からあんな喋り方をしているからな。


 たまたま合同実習で見かけた時、度肝を抜かれた。


 自分のことを"我輩"なんていう高校生は普通はいないだろうな。


「……お前たちの相手をするほど俺は暇じゃない。お前らも怪我するのは嫌だろ? 大久保、さっさと解散しろ」


「愚問、愚問すぎるぞ、鬼灯翔太! 我輩たちは神代梓様親衛隊元帥、平川護の命のもと貴様に引導を渡しにきたのだ! 怪我? そんなものは名誉の負傷だ! 誉れだ!」


 メガネ――大久保が俺を指差す。


 大久保の言葉に賛同するように覆面の生徒たちが「キーーーッ!」と声を上げる。


 某悪の組織と対峙する某仮面ヒーローの様な状況に俺はため息をつく。


「……そもそもなんだが、なんで大久保以外は覆面してんだよ」


「はあ、これだから素人は困るのだ。一般隊員は顔はおろか、言葉を口にすることすら禁止だ。我輩たちの女神、神代梓様に失礼だからな」


「なんで失礼なんだよ……」


「神代梓様への崇拝の念! そして徳が足りてないからに決まってるだろ! 様々なミッションをこなし、一般隊員を脱した時、初めて神代梓様に素顔をさらし、言葉を発することが許されるのだ!」


「……馬鹿か、お前ら」


 熱弁を振るう大久保に対して自然に言葉が出た。


 顔を晒すのと言葉を掛けるのがダメとか、意味不明すぎるだろ。


「所詮、貴様は大罪人。我輩たちの崇高な理念など理解できまい」


「……なあ、前は"罪人"だった気がするんだが、いつ"大罪人"に変わったんだ?」


「そんなことを貴様が聞くのか? 己の胸に問いただせば、すぐに答えが見つかるというのに!」


「わからん。つか罪人扱いされている理由もわかってないからな」


 俺の言葉にメガネの奥で大久保の眼光が鋭く光り、覆面生徒たちの殺気が増す。


 俺は自然と口の端が持ち上がってしまう。


 好戦的な性格はしていないが、戦いの空気を感じると気持ちが高ぶってしまう。


「貴様は……貴様は、そんなことも理解できぬほど、畜生な存在だったのだな。最低限、人としての尊厳は保ってやるのが、せめての情けだと考えていたのだがな……」


「んなのは、いらねぇよ。俺に関わらないでくれるだけで十分だ」


「……貴様は我輩たちの女神、神代梓様以外にも手を出しているだろう。どこまで罪を重ねればよいのだ」


「罪を重ねた覚えはねぇよ。むしろお前らの相手をしてるせいで俺の評判は落ちまくりだ」


「ぬけぬけとそのようなことを口にできるものだ。鬼灯翔太、我輩たちの下す正義の鉄槌こそ、罪を浄化する慈悲であると知れ! いくぞ! 皆の衆!」


 大久保の号令で覆面生徒たちが「キーーーッ!」と奇声を上げながら一斉に襲いかかってくる。


「病院生活で単位が足りなくなっても恨むなよ!」


「ふはははははははっ、そのような脅しに我輩たちは屈しない! 貴様に一矢報いるだけで特別昇級が確約されているのだからな!」


「エサをぶら下げてんのかよ。非人道的だな」


 俺は半身になりながら腰を落とす。


 どれぐらい効果があるかわからないが、先頭のヤツをぶっ飛ばして、連中の勢いを殺ぐ。


 丹田に溜めた力を一気に解放す――


「見つけたわよ! 鬼灯!」


「翔太、お待たせ」


 不意に聞こえてきた声。


 肩越しに確認すると梓と藤代の姿があった。


 どことなく不機嫌そうな気がするのは気のせいであってほしい。


「か、かみ、神代様っ!」


 裏声になりながら、かろうじて口にする大久保。


 先ほどまでの威勢の良さはどこに言ったのか、耳まで真っ赤にしながら酸欠の金魚のようにパクパクと口を動かしていた。


 覆面生徒たちにいたっては土下座というか五体投地(ごたいとうち)――額と両手両足を地面につけたをやっていた。


 異様な光景に若干引き気味の藤代に対して、梓は特に気にした素振りもなく俺に近づいてくる。


「翔太、一緒に帰る約束だった」


「んな約束はした覚えがない」


「した。翔太は私と常に一緒に帰る。これ常識だから」


「……そんな常識はゴミ箱に捨ててしまえ」


 さも当然という表情の梓に俺はため息をつく。


 自然な動きで梓は俺の腕を手に取ろうとする。


「ちぇすとぉぉぉ! 神代! ドサクサにまぎれて何をしようとしてんのよ!」


「ドサクサ? 意味がわからない。私が翔太と腕を組んで何か問題でもある?」


「う、腕を組む! 大有りよ! なんで神代が鬼灯と腕を組む必要があるのよ!」


「藤代、安心して。私と翔太が腕を組むのは自然なこと。だから藤代が慌てる必要は何もない」


「なにが自然な流れよ! ぜんぜん不自然でしょうが!」


 睨み合う梓と藤代。


 俺は蚊帳の外。


 つか大久保以下親衛隊の連中は眼中にもない。


 ちらり、と大久保を確認すると小刻みに肩を震わせていた。


 メガネの奥がキラリと光って見えたのは涙だろうか。


「うぉぉぉぉぉっ! やはり鬼灯翔太! 貴様だけは、貴様だけは許されぬ存在だ! これは聖戦である!」


 突然、声を張り上げる大久保。


 五体投地をしていた覆面生徒たちも「キーーーッ!」と奇声を上げながら立ち上がる。


 一斉に俺に飛び掛ってくる大久保以下親衛隊の連中。


「全員、大人しく寝て――」


「……なにするつもり?」


「うっさい」


 梓と藤代の小さく冷めた呟き。


 同時に二つの突風が俺の両脇を吹きぬけていく。


「うわっ……」


 思わず俺は呟いてしまう。


 梓と藤代から繰り出される無数の拳と手刀と掌底。


 格闘ゲームのように残像しか残らない。


 一方的な攻撃、いや蹂躙される大久保以下親衛隊の連中。


 嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 時間にしてわずか一、二秒で、俺に飛び掛ってきた全員が地面に転がっていた。


 ピクピクと痙攣してるので全員、息はありそうだ。


 梓は加減を知らないから息の根を止めそうで、いつも心配になる。


「鬼灯、こいつらなんなの?」


「翔太に仇なす害虫。駆除されるべき存在」


「……噂に聞くアンタの親衛隊の連中なのね。鬼灯が襲われているのはアンタのせいじゃないの?」


「私は親衛隊とか認めてない。私のせいじゃない。勝手に翔太を襲っているのが悪い」


 梓は汚物でも見るような冷めた目で地面に転がる連中を見下ろす。


 藤代は「やれやれ」と肩をすくめると伸びている連中を乱雑に掴むと道の脇に移動させていく。


 看病するためではなく、通行人の邪魔になるからだろう。


「翔太、帰るよ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。アタシは鬼灯に用があるから探してたのよ」


「翔太は藤代に用がない。はい、終わり」


「神代に聞いてんじゃないわよ! 鬼灯、ちょっとアタシに付き合いなさいよ!」


 再び睨み合う梓と藤代。


 俺はため息をつきながら携帯電話を取り出す。


「とりあえず、なずな教諭に連絡して伸びてる連中を回収してもらう。それから話があるなら聞く。問題ないか?」


 素直に頷く藤代と不満そうに頬を膨らませる梓。


 俺は二人の姿を横目になずな教諭に後始末のお願いをするために連絡をすることにした。


 また見返りに雑用の押し付けられるんだろうな。


 今日、何度目かわからないため息が自然とこぼれ落ちた。

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