011
「ふう、さっぱりした……」
小便器の前に立った瞬間、襲われたことは、一度や二度じゃないからな。
学校のトイレで襲われるって異常事態もいいところだろ。
病院送りにしてやっても、懲りずに襲ってくるからタチが悪い。
「殺一警百って言葉が正しければ、一人病院送りした時点で他の連中は、突っかかってこなくなるはずなんだけどなぁ」
思わずこぼれたため息。
昔読んだ小説では、相手が全員ビビり上がっていたんだけどな。
現実は小説みたいに上手くはいかないってことか。
「鬼灯くん」
不意に聞こえてきた声。
振り向くと白木が立っていた。
親衛隊と襲撃されることと、白木に遭遇すること、どっちがマシなのか思わず考えてしまう。
「……都合、悪かったですか?」
「いや、全然悪くない。用事が終わった後だからな」
俺は背後――男子トイレのドアを振り向かずに指で指す。
白木はそれを見てわずかに頬を緩ませる。
「なんで都合が悪いと思ったんだ?」
「鬼灯くんの眉間に縦じわができたから。鬼灯くんって顔に出やすいから、わかりやすいですわ」
「……そうか? 俺は割とポーカーフェイスだと自負してるんだけど」
「それは冗談にもなりませんわよ。神代さんや藤代さんとやりとりしている時、はたから何を考えているのか表情から読み取れてしまいますから」
「……ウソだろ?」
「嘘をついても、わたくしが得をすることは何もありませんわ。まあ、お二人には気を許されているようなので、余計に顔に出ているのかもしれませんわ」
口元を手で隠しながら小さく笑う白木。
上品で瀟洒な姿。
育ちの良さは、ちょっとした仕草に表れるというが、白木はその典型だと思う。
俺は白木の笑い声に、こそばゆさを感じ、無意識に頬をかく。
「……で、白木も俺になんか用でもあったのか?」
「残念ですけど、特にありませんわ。鬼灯くんの姿が見えたので、声をおかけしただけですわ」
「俺に声をかけても仕方ないだろ。どーせなら、チカラのあるヤツに声をかけた方が有意義だぜ。友好を深めていれば、実習の時、組んで楽できるからな」
「一期一会という言葉がありますわ。この世界にはたくさんの人がいますけど、姿を拝見する人はわずか。言葉をかわす人は一握り。出会えたことは奇跡ですわ。チカラの有る無しで人を選んでは勿体無いと思いませんか?」
ニコリと微笑む白木。
透明なその笑顔に俺は反射的に身構えそうになってしまう。
殺意を向けられたわけでも、敵意を含んでいたわけでもない。
ましてや親衛隊の連中が近くに潜んでいたわけでもない。
「白木の言葉には一理ある。だけど、俺は分け隔てなく接するのは無理だな」
「どうしてですか?」
「簡単な話だ。親衛隊の連中に目の敵にされて襲われるんだぜ。仲良くできるわけないだろ」
おどけた調子で答えながら、無意識に握り込んでいた拳を開き肩をすくめてみせる。
白木は俺の言葉に「なるほど」という顔をした後、クスクス笑う。
俺は内心を誤魔化せた安堵のため息を飲み込む。
「そういえば、鬼灯くんは親衛隊の方々と色々ありましたわね。でも、意外と分かり合うのは簡単かもしれませんわよ。対話して互いを理解すればしがらみとか確執とか消えるかもしれませんわよ」
「それはないな」
「フフフッ、全く考えずに答えましたね」
「ああ、脊髄反射で答えたぜ。なんにせよ、絶対分かりあえない連中がいるからな」
「……学園の方ですか?」
「さあな」
俺の様子から何かを察した白木は、開きかけた口を閉じる。
少し置いて授業開始のチャイムが響いてくる。
「ヤベッ、授業始まっちまう。白木、優等生で通ってるんだろ。急いで教室戻れよ」
「大丈夫ですわ。次の授業は自習なので急ぐ必要がありませんわ」
「ちょ、マジかよ。次は出席にウルサイ樋口なんだよな。じゃあな」
白木に片手を上げて挨拶して、俺は教室に向かって走る。
「鬼灯くんのほ――いえ、なんでもないですわ。鬼灯くん、走ると危険ですわよ」
白木が何かを言いかけたことが気にはなったが、樋口にネチネチ説教されるのは嫌だ。
俺は立ち止まらず教室に戻ることを選択した。




