第2話:出発前夜のパニック 〜荷造りすらまともにできない仲間たち〜
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無事に(?)パーティーへ加入させられた苦労人アルト。今回は旅に出る前の「荷造り」段階ですが、案の定まともに進むはずもなく……。
「……胃が、胃が痛い」
翌朝。俺は王都の一角にある高級宿屋の広間で、机に突っ伏していた。
エレノア殿下のお買い上げによって用意されたこの宿は、本来なら一生に一度泊まれるかどうかというレベルの豪華さだ。しかし、いまの俺にその感動を味わう余裕など一切ない。
手元にあるのは、旅に必要な物資を書き出した一枚の羊皮紙。
水筒、保存食、テント、応急手当の薬草、松明、ロープ、万能ナイフ……長旅における基本的なサバイバルキットのリストだ。
「よし、みんな。今日は明日からの旅に備えて、各自の荷造りと全体物資の確認をする。いいか? 『嘆きの洞窟』までは街道を通っても徒歩で十日はかかる。途中に街はあるが、野宿も当然発生するんだ。不足がないかチェックするぞ」
俺がリーダーぶって(正確には苦労人担当として)宣言すると、目の前に集まった三人と一人の王女が、それぞれ自分のリュックサックを前にドカンと置いた。
「任せろアルト! 俺は野外活動のプロだからな。完璧な荷造りをしてきたぞ!」
胸を張るのは、人間型ヒグマことマルコだ。今日も今日とて毛皮が雄々しい。
彼が自慢げに巨大な革袋の紐をほどくと、中からゴロゴロと転がり出てきたのは——。
「……マルコ。これ、何?」
「見れば分かるだろ! 干し肉、塩漬け肉、燻製肉、それと現地で捌くための巨大肉フックだ!」
「肉しか入ってねぇじゃねえか!!」
俺の叫びが広間に響き渡る。
「野菜は!? 乾パンは!? ていうか水筒すら入ってないぞ! なんだその肉フックって! お前は旅に出るのか肉屋を開業するのかどっちなんだ!?」
「ハハハ! 男の旅に肉と塩があれば十分だろ! 草なんか食ったら体が小さくなっちまう!」
「草じゃなくて野菜だ! 壊血病で倒れたいのかお前は! 没収! 肉の三分之二は置いていけ!」
「なぁにぃぃ!? 俺の命の肉がぁぁぁ!!」
泣き叫ぶ巨漢を無視して、俺は隣に座るインテリ風暴発魔術師、ルイスに向き直った。
「ルイス。君は賢そうだから、ちゃんと必要なものを揃えてくれたよな?」
「ふっ……愚問だな、アルト君。僕を誰だと思っている。宮廷魔術師の秘蔵っ子だぞ。極限状態の旅路において、何が最も優先されるべきか、熟知しているとも」
ルイスは眼鏡のフチをキュッと押し上げ、知性溢れる笑みを浮かべた。
彼が静かに差し出した鞄の中身は——。
「古今東西の魔術書三十冊、実験用の怪しい薬瓶詰合せ、そして……超巨大な羊皮紙の束と羽ペン?」
「そうだ。旅の途中で新しい魔法の術式を思いついた際、すぐに論文を執筆できるようにね。研究者として、この時間を無駄にするわけにはいかない」
「野宿で論文書いてる場合か!!」
俺は思わず机をバンッと叩いた。
「テントは!? 寝袋は!? 火起こしの道具は……あ、君は火起こしができるんだったな。暴発率三割だけど!」
「失礼な。生活魔法程度の火力なら誤爆しても周囲がボッと焦げる程度で済む」
「済んでねぇよ! 毛布すら入ってないじゃないか! 魔術書三十冊担いで十日間歩くつもりか!? 重さで腰が砕けるぞ!」
「くっ……論文執筆の重要性が理解できないとは、やはり野蛮な事務員め……」
「命の危険性を理解できないお前の方が重症だよ!」
頭を抱える俺。すでに頭痛が酷い。
ため息をつきながら、最後の一人——気配を殺して空気になりかけていた小柄な少女、ミミを見た。
「ミミ……君の荷物は?」
「……これ」
ミミが小さな肩掛けポーチをポンと叩く。
中から出てきたのは、ピッキングツール一式、煙幕玉、そして——。
「……これ、王立銀行の金庫の鍵じゃない?」
「うん。今朝、散歩ついでに借りてきた」
「返してきなさい!! 今すぐ!!」
盗んでんじゃねえよ! 借りてきたみたいな顔で出すな!
「ちょっと待って、じゃあミミも水とか食べ物は一切持ってないの!?」
「……現地調達。誰かのポケットから取る」
「それは盗難と言うんだよ! 冒険じゃなくて犯罪行為だろ!」
俺は力なく膝から崩れ落ちた。
肉だけのヒグマ。
論文を書きたい暴発魔術師。
窃盗常習犯の迷子少女。
「……全滅だ。荷造りの段階で全員不合格だ……」
「あらあら、みんな個性的で素晴らしいわねぇ」
優雅に紅茶をすすりながら、元凶であるエレノア殿下がクスクスと笑っている。
「殿下!! 笑ってる場合じゃありませんよ! このままだと王都を出て三日で全員餓死するか、寒さで凍死するか、憲兵に捕まって投獄されます!」
「大丈夫よアルト。だって、あなたがいるじゃない」
「俺を万能のドラ○もんみたいに言わないでください!」
だめだ。期待する方が間違っていた。
俺は大きく深呼吸をすると、パンッと両手を叩いた。
「全員聞け! 今から俺がリストアップした品物を、王都のギルド購買部に行って買い揃える! マルコはテントと大型の鍋! ルイスは防寒具と水筒! ミミは……俺の隣から一歩も離れるな! いいな!?」
「「「はーい……」」」
返事だけは威勢がいいが、不安しかない。
それから三時間。
王都の市場は大混乱に陥った。
マルコが鍋を買おうとして「熊が出たぞー!」と肉屋の店主にナタを振り回され、ルイスが防寒具の値段交渉で熱くなりすぎて『ウインド・スラッシュ』を暴発させて露店の看板を真っ二つにし、ミミが隙を見て市場のリンゴをすろうとしたのを俺が間一髪で首根っこを掴んで阻止する……。
すべてが終わった頃には、夕日が王都を赤く染めていた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
俺は大量の荷物を前に、宿屋の庭で死体のように転がっていた。
手にはしっかりと、全員分の食料、毛布、応急薬、調理器具が揃っている。俺のギルド職員としての手腕(と死に物狂いの買い出し力)がなければ、今頃パーティーは瓦解していただろう。
「お疲れ様、アルト。はい、冷たいお水よ」
「あ、ありがとうございます……殿下……」
差し出されたコップを受け取り、一気に飲み干す。
ふと見ると、エレノア殿下自身は小さな可愛らしい革のリュック一つしか持っていなかった。
「殿下……失礼ですが、殿下のお荷物はそれだけですか?」
「ええ。着替えと、お気に入りのぬいぐるみと、おやつだけよ?」
「お前もかぁぁぁ!!」
王女様までちゃっかりサバイバル能力ゼロだった。
王族だから当然といえば当然だが、一応このパーティーの言い出しっぺである。
「だって、力仕事は男の人たちの仕事でしょう? それに、アルトがしっかり準備してくれたもの。完璧ね!」
「……俺の胃に穴があいたら、治療費は全額王室に請求しますからね……」
「ふふ、いいわよ。その代わり、明日からの旅、しっかり私を楽しませてね?」
悪魔のような微笑みを浮かべる王女様。
その横で、マルコは「明日こそ肉を喰うぞ!」と拳を突き上げ、ルイスは「明日の移動中に新しい論文の構想を……」と呟き、ミミはいつの間にか俺の荷物の中から干し肉を勝手に削ってかじっていた。
(……明日。明日、本当に出発するのか、俺たちは……)
沈む夕日を見つめながら、俺は明日からの旅路——そして自分の胃の寿命について、真剣に考えざるを得なかったのだった。
第2話をお読みいただきありがとうございました!
荷造りすらまともにできないポンコツパーティーに、早くもアルトの胃が限界を迎えつつあります。
果たして明日の出発は無事に迎えることができるのか……!?
次回「第3話:最初の街道と「熊騒動」 〜マルコ、村人に囲まれる〜」もお楽しみに!
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