第1話:スカウトは突然に 〜王女の暇つぶしと、あまりに高すぎる「常識人」の代償〜
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本作は、ワケありな王女様と癖が強すぎるパーティーに巻き込まれた、哀しき苦労人主人公のドタバタ冒険コメディです。
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それでは、第1話をお楽しみください!
「——というわけでね。あなた、ぜひ私たちの『常識人担当』になってくれない?」
豪奢な調度品で飾られた応接室。陽光が柔らかく差し込むソファの上で、王国の第一王女・エレノア殿下は、可愛らしい首をちょこんと傾げてそう言った。
「……申し訳ありません、殿下。私の耳に急激な気圧の変化による一時的な機能障害が生じたようです。いま、なんと?」
「だから、私たちのパーティーの『常識人担当』になってほしいの!」
ハッキリと言われた。聞き間違いではなかった。
俺——アルト・フェンネルは、こめかみを指で押さえながら深々と溜め息をついた。
俺は王都のギルドで事務員兼、しがないDランク冒険者として働いているだけの、どこにでもいるただの青年だ。得意なものは書類整理と、期限切れ寸前の依頼の穴埋め。戦闘能力は「街のちんぴらに絡まれたらギリギリ逃げ切れる」程度である。
そんな俺がなぜ、この王国の至宝とまで謳われる美貌の王女様と、サシで紅茶を飲んでいるのか。話は十分前に遡る。
ギルドのカウンターで死んだ目をしながら書類の山と戦っていた俺の前に、突如として王家の紋章が入った馬車が乗り付けてきた。そして、護衛を全員置き去りにしたエレノア殿下がそのまま俺の胸ぐらを掴み、「いいから来なさい!」と連行してきたのだ。拉致である。完全な拉致だ。
「あの、殿下。順を追って説明していただけますか。まず、なぜ私なのですか? 王立騎士団の猛者や、Sランクの冒険者なら山ほどおりますが」
「ダメよ、そういうお堅い人たちは。『規律が〜』とか『王女様のお身体が〜』とか言って、ちっとも面白くないんだもの」
エレノア殿下は、レースのついた高級なハンカチで紅茶のカップを拭きながら、悪びれもせずに言った。
「いい? 私たちの目的地は、王国の東の果てにある『嘆きの洞窟』。誰も足を踏み入れたことのない未開の地で、いにしえの秘宝が眠っているらしいの」
「嘆きの洞窟……!? あそこは数世紀前に封印された危険地帯のはずですが!」
「そうね。でも最近、王国のあちこちで奇妙な魔物が現れるようになって……その原因が洞窟にあるって、宮廷魔術師が突き止めたの。私は王女として、この問題を解決しなきゃならないわ」
突然、真面目な表情で姿勢を正すエレノア殿下。その凛とした姿には、なるほど王族としての気品と責任感が満ちあふれて……。
「(一呼吸置いて、いたずらっぽく笑う)……でもね、半分は……ただの退屈しのぎかも。お姫様暮らしって、思ったより刺激が足りなくて」
「言っちゃったよ!! 本音を隠す気すらないじゃないですか!!」
「だって本当のことだもの。だから、こんな風変わりな仲間たちと一緒に伝説の宝物を探しにいくってわけ。もちろん、途中で美味しいものも食べたいし素敵な出会いも楽しみたいし……何より、このメンバーとの旅がどんなドタバタになるのか楽しみでしょうがないのよね」
無邪気な笑顔だ。国中の男性が一発でノックアウトされるであろう、天使のような微笑み。
だが、俺の胃袋はキュッと痛んだ。この王女様、本物のトラブルメーカーだ。
「……あの、殿下。仮にですよ? 仮にその『退屈しのぎ』にお付き合いするとして、なぜ俺が『常識人担当』などという謎の役職に?」
「あら、言い忘れてたかしら? うちのパーティーメンバー、ちょっとだけ個性が強くてね」
エレノア殿下は指を1本立てた。
「まず一人目、マルコ。彼は凄腕の前衛なんだけど……見た目がその、あまりに野性味に溢れすぎていて、街に入るたびにクマと間違われて衛兵や猟師に追いかけられるの」
「……はい?」
「二人目、ルイス。宮廷魔術師の弟子で天才的な才能を持っているんだけど……彼の放つ魔法、3割の確率で変なところに飛んでいくのよね」
「コントロールが壊滅的すぎませんか!?」
「三人目、ミミ。気配を消す天才的なローグなんだけど……気がつくとすぐどこかに消えちゃうの。一昨日も買い出しに行ったきり帰ってこないわ」
「迷子なのか隠密行動なのかハッキリしてください!!」
俺は叫んでいた。王女様の前で大声を出すなど不敬罪で首が飛びかねないが、それどころではない。
「ね? だからあなたが必要なのよ。アルト、あなたギルドで『どんな変人のパーティーでも無難に書類を処理して依頼を達成させる苦労人』って有名でしょう?」
「変なところで有名人にしないでください!」
「大丈夫よ、報酬ははずむわ! それに……もし断ったら、あなたがギルドの裏でこっそり書いてる『王女殿下と行く妄想冒険小説』のノート、全土に公開しちゃうから」
「なっ……!? な、なぜそれを……っ!?」
「ふふ、王家の情報網を舐めないでね?」
黒い。この姫様、笑顔の裏に悪魔を飼っている。
あのノートは俺の青春の黒歴史であり、もし白日の下に晒されたら俺は王国の端っこで自給自足の生活を始めるしかないレベルの代物だ。
「……分かりました。お供させていただきます……」
「そうこなくっちゃ! じゃあ早速、仲間たちを紹介するわね!」
エレノア殿下がパチンと手を叩くと、応接室の重厚な扉が開かれた。
現れたのは——まさに地獄絵図だった。
「グォォォオオオン!!」
「うわあああ! クマだ! 応接室にクマが入ってきたぞ!!」
ドシン、ドシンと地響きを立てて入ってきたのは、身長二メートルを超える巨漢だった。全身を分厚い毛皮で包み、顔の大部分が濃いヒゲで覆われている。背中には巨大なバトルアックス。どう見ても人間に化けたヒグマである。
「失礼な! 俺は人間だ! ちょっと地元の山で木こりをしていたら毛深くなっただけだ!」
「喋ったあぁぁ!? いや、話すクマとか余計に怖いわ!」
彼がマルコらしい。なるほど、追いかけられる理由が一瞬で理解できた。あれは狩猟本能を刺激する見た目をしている。
「ちょっとマルコ、大声を出さないでちょうだい。ルイス、あなたからも何か言ってあげて」
「ふっ……落ち着きなさい、マルコ。僕の美しき炎の魔法で、彼の冷えた心を温めてあげよう……『フレイム・アロー』!」
細身の眼鏡をかけたインテリ風の青年——ルイスが、格好良く呪文を唱えた。
杖の先から放たれた真っ赤な火炎の矢。それがまっすぐに向かったのは——俺ではなく、部屋の天井に吊るされた超高級そうなクリスタルシャンデリアだった。
ガッシャアァァァン!!
「……あ」
「『あ』じゃないだろ!! なんで真上のシャンデリアに当たってんだよ! 暴発率3割どころか今100%で外したぞ!?」
「くっ……計算が……風の屈折率が想定とズレていたようだ……」
「室内で風の屈折率もクソもあるか!」
散らばるクリスタルの欠片。燃え上がる高級絨毯。
俺が慌てて水差しのお茶をぶっかけて消火していると、エレノア殿下は呑気に「あらあら」と微笑んでいる。
「で、ミミはどこに行ったのかしら?」
「……ここにいるよ」
「ひゃあああ!?」
突然、俺のすぐ後ろ——影の中から声がした。
振り返ると、猫耳のようなフードをかぶった小柄な少女が、いつの間にか俺のポケットに手を突っ込んでいた。
「な、何してるの君!?」
「……財布、すりとろうとした。すり抜けるような手さばき、合格」
「合格じゃない! 泥棒しようとしてたよね!? ていうかいつからそこにいたの!?」
「ずっといた。アルトの影の中に潜んでた。温かかった」
「恐怖体験かよ!!」
地鳴りのような怒声、爆炎と破片の嵐、背後に潜む気配。
そして、それらを「楽しそうねぇ」と眺めている元凶の王女。
俺は天を仰ぎ、静かに目を閉じた。
(……無理だ。このパーティー、絶対に『嘆きの洞窟』に着く前に崩壊する……!)
「さあ、アルト! メンバーも揃ったことだし、明日からさっそく『嘆きの洞窟』へ向けて出発よ!」
「明日!? 心の準備も物理的な準備も何もできてませんよ!?」
「大丈夫! 細かいことは移動しながら考えましょう! 美味しい名物がある街を経由するルートを組んでおいたから!」
「目的が胃袋に侵食されてる!!」
こうして、俺の平穏な冒険者(事務員)生活は音を立てて崩れ去った。
退屈しのぎの王女様と、ポンコツすぎる3人の仲間。そして、胃薬が手放せなくなりそうな俺。
世界を救うのか、それとも胃を破壊されるのが先か。
ツッコミという名の命がけの旅が、今、幕を開けたのだった。
第1話をお読みいただきありがとうございました!
個性が強すぎるメンバー(+元凶の王女様)に囲まれ、さっそく胃が痛くなりそうなアルトですが、無事に「嘆きの洞窟」まで辿り着くことができるのでしょうか……?
次回「第2話:出発前夜のパニック 〜荷造りすらまともにできない仲間たち〜」
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