3話 壊れたものは美しい
クラロはすぐさま王太子の顔つきに戻る。避難指示を……と思った時だった。
「やあ諸君」
目の前に一人の男が立つ。縦縞や横縞、水玉模様が組み合わさった白と黒のコートはところどころほつれている。指にはくすんだ金や銀の指輪がいくつも嵌っていて、瞳は濁った金色で、爛々と輝いていた。目元には寝不足なのだろうか、クマが黒く刻まれている。
「何者だ」
「これは失敬。ボクはヘニオ・ロコ。美しいものがだぁい好きな、芸術家さ」
ヘニオはにんまりと笑う。
「芸術家? ダサいのに?」
「ああ、ルナリア。君はずいぶん正直になったね。美しくない」
「は?」
彼は両手を広げて続ける。
「壊れかけたものは美しい。壊れる瞬間は最も美しい。壊れた後の寂寥感もたまらないね」
「何こいつ」
「……何が目的だ」
クラロはじっとヘニオを睨みつけた。
「直しに来たんだ」
「直しに?」
「ああ、そうさ! 君たちは美しかったのに、美しくなくなってしまった」
ヘニオは大げさに「ヨヨヨ」と嘆いてみせる。
「クラロ、君の空虚は素晴らしかった! 正解しか見ず、人間味もなく、システムのような君が。機能しているのに壊れかけている、そんな君は芸術的だった! ……なのに君は楽しいを知ってしまった。幻想でけがれたキャンパスは、もう美しくはない」
「なら、私は芸術品ではなくてかまわない」
クラロは淡々と答える。
「ルナリア、君の破滅は退廃的だった! 人形の美しい笑みの下に、破滅願望を滾らせていた君が。痛みで薄氷の現実を繋ぎ止めている、そんな君は芸術的だった! ……なのに、君はもう何も我慢していない。歌に合わせた踊りは、もう美しくはない」
「は? あんたの価値観なんてどうでもいいんだけど」
ルナリアは眉を顰める。
「ノーチェ、君の暴走は最高傑作だった! 誰も傷つけたくないと自分を傷つける君が。わたしは呪われた姫だ、わたしのせいだと自分を責める、そんな君は芸術的だった! ……なのに、君は自分を受け入れてしまった。夜明けを迎えた空は、もう美しくはない」
「……アルバが教えてくれたんだ。ノーチェはすごいよ、って」
ノーチェはまっすぐヘニオを見つめる。
「ああ、ああ。なんて美しくないんだ。……芸術を壊した修復者は、排除しなければ!」
ヘニオはそう言って両手を広げる。その瞬間、全員の視界が歪んだ幾何学に閉ざされた。
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