11話 金色への抵抗
幾何学に飲み込まれたルナリアの脳裏に、母の金切り声が響く。
「あなたは祝福が弱いの!」
やれ微笑め、やれ殿方には逆らうな。キンキンと響く声でそう捲し立てる。赤い目に一瞬だけ金色がゆらぐ。ルナリアは眉を顰めた。そして。
「うるっさい!」
大きな声で叫んだ。赤い瞳に差した金が、叫び声と共に砕け散る。
「どうしようもないことでぐちぐち言うな!」
ルナリアは大きく息を吸い込む。
「弱かろうが使い道はあるの!! 逆にあんたは祝福で何ができるわけ? 弱い弱いって嘆くばっかで。そんな暇あったら使い道くらい考えられるでしょ!」
花をばら撒いて、全力で踊って、スッキリする。それだって立派な使い道だ。
いつのまにか頭の声は聞こえなくなっていた。
「ああ、スッキリした。現実では文句言えなかったんだもん。言えてよかった。……さてと。のんびりしてたらクラロに怒られるわね」
彼女は笑って腕を振り上げ、花びらを散らす。無彩色の中に花びらが浮かぶ。
キバナコスモス、赤い薔薇、青いアイリス、カスミソウ。桜にマーガレット、ラフレシアにエケベリア。
季節も本来咲く場所もめちゃくちゃの、極彩色の花畑。花びらはパタパタと体にぶつかる。むせかえるほどの甘い匂いが場を支配した。
幾何学の中、クラロの思考は『正解』を探すことにとらわれた。この場を切り抜けるため、国家のため、何が必要で、何が不要か。何を切り捨てるべきか。クラロは目を閉じて、静かに思考に沈む。感情を全て排して。ルナリアの怒鳴り声も、思考の外へ滑っていく。瞳に金色が侵入する。
その瞬間だった。コツン、と顔に花びらが当たる。なんだ? と目を開けた。そこにはエベケリアの花があった。
「……エケベリア……。多肉植物……」
確かイルシオンと見たな。彼女は図鑑の写し絵を見ると、「この花はランプなのね! ふわふわと光りながら空に浮かぶのよ!」と笑った。その時私はなんと答えたのだったか。
胸がふっと温まる。金色が揺らいだ。
「……エケベリアは夜に光合成をする性質がある。通常のエケベリアはエネルギーを別の形にして溜め込むが、ランプエケベリアは光のまま溜め込んでいる。光合成によって軽い水蒸気が発生してしまうため、花に水蒸気をつめて排出する。高く浮かび上がった花は花粉の拡散にも役立つな。ランプの光を受けてキラキラ輝く花粉は……イルシオンが喜びそうだ」
クラロは口元に笑いを浮かべた。
「……『楽しい』のも、やはりいいな。……隣にイルシオンがいると、もっと『楽しい』。ならば」
クラロは目を開く。金色はいつの間にか藍色の奥から消えていた。花が見えることを、霧状の闇が見えることを確認する。彼は瞬きをやめた。
「……ヘニオの身長を加味すれば……」
あたりをつけてヘニオの目を探す。祝福が一瞬反応する。
「……そこか」
クラロはその場所をじっと凝視する。ほんのわずかの時間の後、彼の祝福は幻影を『嘘』と断定した。
ノーチェの脳裏に、あの日が呼び起こされる。自分の手から放たれた雷撃が、アルバの頬を切り裂いた日を。
『呪われた姫め』
周りからどんどん人が離れていく。当たり前だ。そばにいては怪我をしてしまう。
『気持ち悪い』
『みっともない』
『あなたのせいで、怪我をしたわ』
声が響く。祝福が暴れ出す。闇色が金にのみ込まれていく。それでも。
「……わたしは、できる……」
想像するのは、お母さんと同じ闇の霧。考えることはそれだけ。他のことは頭から追い出す。そうすれば、闇の祝福は安全に発散できる。
『ノーチェは、すごいよ』
アルバの声が聞こえた気がした。
「……わたしは……すごい……」
ゆっくり息を吐きながら、ノーチェは祝福を発散し続けた。闇が金の侵入を拒む。
とんとん、と肩を叩かれた。ふっ、と視界が晴れる。目の色が戻った。
「ルナリア、クラロ」
振り返ると妹弟の顔が見えた。視線を前に向ければ、バランスを崩したように後ずさったヘニオがいる。ノーチェは深く頷いて手を前に伸ばした。その瞬間、闇の渦が現れて彼を吸い込んでしまう。風が渦の中に吹き込んでいる。
「え、あっけな」
「……まさか、ここまでとは……」
二人は口をあんぐりと開ける。クラロはふっ、と気がついたように「騎士たちを呼ばなければ」と立ち上がった。
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