第8話 宝石と『愛妾』
小袋を完成させた次の日。わたくしはいつものように貴族学園に向かった。
そして……ブライム様を探す。
探すまでもなく、ブライム様はいつものように、ベンチに座り、右側にリリ嬢、左側にレア嬢を侍らせていた。
もちろんいつものように、その後ろにクレメントも突っ立っているが、彼には用はない。
わたくしは淑女の笑みを浮かべて三人に近づく。
「ごきげんよう、ブライム様。それにリリ嬢とレア嬢も」
「ヴィー……」
「少しよろしいかしら?」
貴族学院の生徒たちも、ちらちらとわたくしたちの方を見る。
「……ボクに?」
「ええ、まずはブライム様にお渡ししたいものが一つ。それからお伝えすることもございまして」
「……何?」
訝し気なブライム様。
婚約式の後、何の会話もないままの今日では警戒されても仕方がない。
周囲の生徒たちは、わたくしがリリ嬢とレア嬢を咎めるのだろうと期待しているような目だ。
「まず、こちらをお受け取り下さい」
「何、コレ」
小袋に入った宝石を渡す。
「中を確認していただいて構いませんわ」
額に眉を寄せた顔のまま、ブライム様は小袋の中を見る。
「宝石? 水晶?」
「先日、わたくし、聖女様にお会いいたしまして」
「えっ⁉」
ブライム様が、勢いよく顔を上げてわたくしを見る。
「ブライム様への祝福の宝石ですわ」
「どういうこと……? 聖女……母上は……」
「ええ、もちろんブライム様のお名前は出してはおりません。わたくしが婚姻を結ぶ。その夫となる方への祝福をとお願いいたしました」
「祝福……」
わたくしは早口で告げる。
「聖女様は畑で野菜などを収穫し、修道女たちと楽しげにお過ごしでした。時には教皇猊下とお魚に餌をおやりになることもあるそうですわ。心穏やかに毎日をお過ごしです」
「そう……なん……だ」
「声を上げてお笑いになり、走って……少女のようではありますが、とてもお元気でした。気さくなかたのようで、わたくしの祝福のお願いも快く引き受けてくださり、お祈りを捧げて……。その聖女様の祈りが形をとったもの、それがブライム様に今お渡しした宝石です」
ブライム様は宝石の感触を何度も確かめていた。手を握っては開いて……を、繰り返す。そうして、小袋に宝石をしまい、それを首から掛けた。
ぎゅっと一度目を瞑って、開いて……、そののちわたくしを見た。
「……ありがとう、ヴィー」
「どういたしまして」
……少しはお心のお慰めになるだろうか?
生まれてから、聖女様には……お母上には、一度もお会いしたことがないはず。
抱きしめていただいたことも、お声をかけていただいたことも、きっとない。
思い出すのは、霧雨の薔薇園をバルコニーから見下ろすブライム様の背中。
霧雨のあの時、何をお考えだったのだろう?
……分からない。
幼い頃のブライム様は、お母上を恋しく思ったこともあったのではないか。
……分からない。わたくしには、ブライム様のお心は分からない。
だから、勝手をする。
せめて一つでも、お母様からブライム様へ……贈り物くらいあってもいいでしょうって……。
でも、それはわたくしの勝手。
今までも、これからも、わたくしは勝手をする。身勝手な考えで、ブライム様を守る。
……本当は、嫌がられるかもしれないけれど。押しつけがましいと思われるかもしれないけれど。
自己満足。
わたくしの勝手な……。
でも……。
『ありがとう、ヴィー……』
その一言で、わたくしは十分報われるのだ。
「それからお伝えすることですが」
「ああ」
「一年後のブライム様とわたくしの結婚式ですが、リリ嬢とレア嬢も正式な『愛妾』として、共に結婚式に臨みます」
わたくしの言葉に、ブライム様、リリ嬢、レア嬢が「は?」というふうに、口をあんぐりと開けた。
後ろに突っ立ったままだったクレメントが口を出してくる。
「ヴィクトリーヌ! なんなんだそれっ!」
わたくしはじろりとクレメントを睨む。
「何度も同じことを言わせないで頂戴。クレメント・アンドレ・ルクヴルール侯爵令息。そのお綺麗な顔の中身はゴミクズしか入っていないの⁉ 『嬢』をつけるか『ジェモン侯爵令嬢』と呼べと、何回言えばあなたは理解できるの?」
「えっと……、で、でも、それどころじゃあ……」
「二度とわたくしの名を呼び捨てにしないで。不愉快よ。これも何度も言ったでしょうに、いい加減理解して」
クレメントは俯いた。
ほんといい加減にしてほしいわ、この男。一度で物事を理解できない男はホント嫌い。
「わたくしヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモンはブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下と婚儀を結び、王太子妃となる。これは決定事項。既に婚約式も終えた。そのわたくしを呼び捨てにする不敬を理解できないのなら、わたくしはルクヴルール侯爵に訴えるわ。あなたの三男の再教育をきちんと行いなさいとね」
「う……、嘘、だろ……」
ぼそっと呟いたクレメントなどもう無視だ。
放置に限る。
まともに話をすれば、わたくしの気分がイライラとするだけだ。
「話しを元に戻すわ。わたくしはブライム様の正妃、リリ嬢とレア嬢はブライム様の愛妾。婚姻式は三人の妻と共に行います。二度も三度も行うのは手間ですからね」
「あ、あの……、ジェモン侯爵令嬢」
「なあに、リリ嬢……。ああ、もう共にブライム様の妻になるんだから、敬称は不要ね。今後はあなたたちのことはリリさんとレアさんと呼ぶわ。わたくしのこともヴィクトリーヌと名前で呼ぶことを許します」
「えっと、あの……ヴィ、ヴィクトリーヌ、様。あの、あたしたちは、ホントウに、愛妾……?」
「ええ。でも気負うことはないわ。学院で過ごしている通り、あなたたちはブライム様のお心をお慰めする役どころなのだから。社交その他面倒なことはすべてわたくしが執り行います」
「は、はあ……」
リリさんとレアさんの目は点状態。
まあ、そうよね。
でも大丈夫。
いずれちゃんと二人には説明をするから。
貴族学院で、皆の注目を浴びるところでわざわざ言ったのは……、単に周知させるため。
リリさんとレアさんがブライム様のお側に居るのは、わたくしの公認だと。
万が一、子爵令嬢と男爵令嬢ごときが王太子殿下に侍るなんて……と、虐めなどを受けないようにするため。
「それでね。結婚式のドレスなのだけど。三人でバラバラに作っては統一感がなくなるから、一緒に作りたいの。来週あたりお時間あるかしら? リリさんとレアさんとこのわたくしのドレス、合計三着……。いいえ、予備や不測の事態の時の備えも必要だし、今後もそろえたほうが良い場面もあるでしょうから、夜会用のドレスも含め各種複数作らせましょう」
「ま、待って下さい、ヴィクトリーヌ様!」
「あ、あの、その……。あたしたち、侯爵令嬢と統一感のあるドレスなんて……作れません!」
あら? 二人の顔が青いわね? ああ、そうね、子爵や男爵家では、王族に嫁ぐためのドレスを作るのは資金的に厳しいわね。
「仕立て代はもちろん、靴やアクセサリー、それから婚姻後の住まいやその部屋の調度品、使用人……、すべてわたくしが受け持ちます」
「え?」
「『愛妾』の采配も『正妃』の務めなのだから当然なの。安心して、身一つでブライム様にお仕えしてちょうだい」
決定事項だと、サクサク話す。
リリさんとレアさんに話すというよりも……興味津々でわたくしの話を聞いている、周囲の生徒に向けてのようなものだけど。
「予定が分かり次第、連絡を頂戴。わたくしは来週であればいつでもいいし、ドレスの仕立て屋たちも準備させておくから」
言うだけ言って、それでは失礼……と去ったわたくしの後を、どうしてだかクレメントが追いかけてきた。




