第5話 婚約式
話が決まれば展開は早かった。というよりも、さすがルクヴルール侯爵。できる男は動きが早いわね。
わたくしはお父様に伴われて王城へと向かった。
謁見の間。その玉座に座るお飾りの王。座っているだけで、ぼんやりとしている。
……もしかしたら、妙な薬とか使われているのかしら? わたくしやお父様が謁見の間に足を踏みいれて、玉座に近寄って行っても視線すらこちらには向けないし。そんな様子の国王陛下に、お父様も誰も気にしていない。見慣れているのか、それとも……お父様やルクヴルール侯爵も、国王陛下をあのような状態にさせていることに加担しているのか……。
考えると怖くなる。
それに……もしかして、あれが将来のブライム王太子殿下のお姿だと思うと……。ううん、怖がっていては駄目だ。わたくしはブライム王太子殿下をあんな姿にさせないために、今日、わたくしはこの場に臨んでいるのだ。
わたくしは玉座の手前に置かれている台を見る。その上にある一枚の用紙を。
あれが、ブライム王太子殿下とわたくしの婚約届。
これからあの婚約届に名前を書くのだ。
台の右横にはルクヴルール侯爵がすでに待機をしており、左横には教皇猊下が立っていた。
謁見の間の壁側には護衛たちに、ルクヴルール侯爵の腹心の貴族の者たち、それから司教たちもずらりと並んでいる。
大勢に注目されながら、わたくしは台の近くまで進む。
教皇猊下が笑顔でわたくしたちを迎えてくれた。
「あなたのお父様とは幾度か顔を合わせたことがありますが。あなたとは初めましてですな? ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢」
いかにも聖職者的な優し気な笑み。でも……どこかしら観察されているというか、値踏みでもされているように感じてしまう。
考え過ぎかしらね?
ともかくわたくしは頭を下げる。
「教皇猊下に謹んでご挨拶申し上げます」
「今日のこのめでたき日を共に迎えられたことを、神に祈るとしましょう」
「ありがとうございます。光栄に存じますわ」
教皇猊下やルクヴルール侯爵たちと挨拶を交わしている間に、ぼさぼさ髪で、シャツのボタンも留めていないまま、けだるい雰囲気のブライム王太子殿下が現われた。
目が赤くて腫れぼったいのは……まるで泣いた後みたいに見えるけど……、まさかね。多分寝不足とか、そんな感じなのでしょう。
リリ嬢とレア嬢も伴って。そのリリ嬢とレア嬢の髪も乱れたままだし……、もう、男女の関係……なのかしらね? さすがにまだよね……? でも……、わたくしの心の中が荒れ狂いそう。嫉妬なんて、している場合じゃないのに。
「ごきげんよう、ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下」
「ヴィー……ちゃん……」
どこからか話が漏れるのを危惧して、貴族学院でもわたくしは敢えてブライム王太子殿下と会うことを避けていた。
ただこっそりとリリ嬢とレア嬢には、王城で婚約式を行うときに、二人にも来るようにとの連絡はしておいた。
打ち身用の湿布。それをマリーに持たせて。リリ嬢に渡してもらった。
その湿布薬の中に、メモを忍ばせて。呼んだ理由までは書けなかったけど。日付だけで。でも、通じたみたいね。よかった。この場には二人もいてほしかったの。
ブライム王太子殿下の右腕にはリリ嬢が、左腕にはレア嬢がしがみ付いている。
「えっとー? なあに、これ……?」
「ねー。アタシたち、殿下のお部屋に帰って眠っていてもいいー?」
きょろきょろと謁見の場の中を見回すリリ嬢とレア嬢。余りの場違いさに、失笑する司教たちもいるほど。演技だとしたらうますぎる。女優になれるわね、リリ嬢もレア嬢も。
「これからブライム王太子殿下とわたくしの婚約を結ぶのよ。お二人も少し付き合ってちょうだいね」
わたくしの声が、謁見の場に響く。
「えー⁉」
「こ、婚約ぅ⁉」
わたくしはちらと教皇猊下やルクヴルール侯爵たちに視線を流す。
この場にいる者は、今後教皇猊下やルクヴルール侯爵たちがどう動くか、知っている者たち。つまり、お二人の腹心と呼べる者たち。
「そうよ。正式に婚約を結ぶの」
「そして、婚儀は一年後だ」
わたくしの言葉の後を、ルクヴルール侯爵が続け、そして、一歩、また一歩とブライム王太子殿下の方へと進んだ。謁見の間に、コツコツとした靴音が響く。
「王太子殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅうございます。ご決定が遅れに遅れて申し訳ございませんが」
「……遅れるのは構わないが。連絡は事前にしてくれ。今、リリとレアと遊んでいたところだ。いきなり呼ばれても困る」
不機嫌な顔。そして乱れたままの衣服。失笑を隠さないルクヴルール侯爵。
「子犬のじゃれあいでしたら結構ですが。国王陛下のように、いきなり子を作るような遊戯はお控えください。何せ、王太子殿下は対外的には『種なしの不能』ですから」
「は?」
「えっとぉ?」
「どーいうことぉ……」
きょとんとした顔のブライム王太子殿下とリリ嬢とレア嬢。
「ようやく今後の方針が決まったのですよ。ブライム王太子殿下は一年後にヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢と婚儀を結ぶ。もちろん白い結婚です。お子は不要ですからな」
「ヴィーちゃんと……?」
ブライム王太子殿下がわたくしを見る。
四年前の霧雨の日。
あの時と変わらないように見えるアカシアハチミツ色の瞳。だけど……今、その瞳に浮かんでいるのは戸惑い。それからわたくしを咎めるような感情もある、かしら、ね……。
リリ嬢とレア嬢に演技をさせてまで、このわたくしにクレメントと結婚して安全に暮らせと伝えたハズなのに……と、ブライム王太子殿下はわたくしに言いたくても言えないだろう。
「三年ほど、婚姻生活を続けていただきましょう。もちろん子は作らない。子ができない原因はヴィクトリーヌ嬢ではなく、殿下の種がないのだと、下世話な噂を社交界にばら撒きますので」
「え? え?」
「不妊とあれば、普通ならヴィクトリーヌ嬢の原因とされそうですが……。そこは三年の間、複数名の『愛妾』をブライム王太子殿下にはあてがいます」
「あ……、愛妾って……」
「名称はどうでもいいですが、とにかく誰とどれだけ同衾しても子ができないとあれば、瑕疵はブライム王太子殿下にあることになる。ああ、もちろんあてがう愛妾たちとは実際に情を交わしていただいては困りますので、ベッドの上では致すフリだけということになりますな」
「え、え、え?」
戸惑っているのが本当なのか、演技なのか。
分からないけれど……。
わたくしはとにかく微笑みを浮かべるのみだ。
「せっかくですから、そちらのお二人も愛妾役としていただいてもよろしくてよ?」
「えっと、あたしたち……?」
「そう。貴族学院でもお二人は殿下と懇意にされていますから。わざわざ愛妾役を探すより話が早いわ」
ふふっと笑って見せる。
「ねえ、殿下。わたくしとの形ばかりの結婚ではお気持ちもふさがりますわよね? お気に入りのご令嬢がお側に居れば、慰めにもなりますわよ、きっと」
「ヴィー……ちゃん……」
「ただし、ご注意が一つ。子を作る行為は絶対にしないでくださいね。こちらの計画がすべて台無しになってしまうだけではなく……。万が一の場合は愛妾をお腹のお子様ごと『破棄』しなくてはならなくなりますから」
ブライム王太子殿下の安全な暮らしのために、今、わたくしができること。
薔薇の花のように。
物語や演劇の悪女のように。
「現国王陛下の唯一の子であるブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下。あなたは王太子という地位のまま、国王になることなく、このわたくしに一生飼われ続けるの」
あなたを守るために、わたくしは、嗤う。




