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霧雨と薔薇 ~侯爵令嬢ヴィクトリーヌの恋と決意~  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第4話 提案


数日後、わたくしはお父様と一緒にルクヴルール侯爵のタウンハウスを訪れた。


「ごきげんよう、ルクヴルール侯爵」

「ようこそ、ヴィクトリーヌ嬢。お父上と共に我が家にお越しいただけるとは……、もしや我が家の三男との婚約に前向きで?」

「いいえ。それは絶対にありえません。拒絶します。わたくしが本日ルクヴルール侯爵に申し上げたいのは別のお話です」


クレメントと婚約なんてする気はないと強く言えば、ルクヴルール侯爵は片眉を上げた。


「では……、少々内密のお話ですかな?」

「ええ。そうでなければわざわざ父を伴ってまで、お忙しいルクヴルール侯爵のお時間をいただきませんわ」

「……なるほど。ヴィクトリーヌ嬢がお越しとのことで、サロンを用意させ、妻とクレメントは待機させているのだが……」

「申し訳ございません。ご子息に用はありません」


今後永遠にクレメントなど不要と、胸の内で思ったのが伝わってしまったのか。ルクヴルール侯爵は苦笑をした。


「では、サロンではなく広間のほうを用意させる。しばしお待ちいただけるかな?」


準備を待つ間、ルクヴルール侯爵家のロングギャラリーを案内してもらった。屋敷の東端から西端までをまっすぐに貫く長い廊下……、そこの壁には絵画がずらりとかけられているし、彫刻も、休憩用のソファも置かれている。

廊下といえども、ダンスが踊れるほどには広い。雨の日でも屋内で散歩ができる『室内のプロムナード』とでも呼ぶべきか。


しばしの絵画鑑賞……の後、使用人が呼びに来たので、広間へと向かう。

広間……、そう、数百人を招待した大規模な夜会でも開けそうなほどの大ホール。

そのホールの真ん中に、ポツンとテーブルが一つ、椅子が三つ置かれていた。


「盗聴防止ですよ。そのほうが良いのでしょう?」

「ええ。ご配慮ありがとうございます」


なるほど。さすがルクヴルール侯爵。内密の話をするには走る馬車の中……程度しかわたくしには思いつかなかったけど。


これほどまでに天井も高く広い部屋の中央で話をすれば、盗聴なんて不可能よね。小声で喋れば、仮にドアを開けていても、話し声なんて聞こえないかもしれない。


お茶の用意をした使用人が去れば、もう三人だけ。


「では、前置きはなしに、わたくしの要望を申し上げます」


これはまだ、お父様にも伝えていない話だ。

だって、二回も同じ説明をするのは手間。

それに、わたくしの提案にルクヴルール侯爵が賛同してくれれば……日和見なお父様は簡単に話の乗ってくれるはず。


「わたくしは、ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下と婚姻を結びたいのです。ですが、それはわたくしが後の王妃となることではありません。また、白い婚姻といたします」

「は?」

「お、おい、ヴィクトリーヌ……」


わたくしのいきなりの言葉に、さすがのルクヴルール侯爵も口を開けたままになり、お父様はいきなり何を言い出すのだと困惑顔だ。


「現国王陛下の唯一のお子。ブライム殿下が王太子の位を得ているのは当然。ですが、彼がこのわたくしと婚姻を結び、臣籍降下する。まあ、理由はなんでもいいでしょう。恋愛だの政略だの、王太子殿下が無能だからなど、あとから考えればよろしい。単に国王という地位に就く者……後継がいないという大義名分となればいいのだから」

「ほう?」


わたくしは、ルクヴルール侯爵を見て、にっこりと笑う。


「王政の国で後継がいない。では、どうするか。現王に側妃をあてがい、新たなる男子の誕生を待つ? 時間がかかる上に、あの国王の側妃になりたがる令嬢は居ないでしょう」


何せ『真実の愛』の相手を失い、勝手に聖女を『運命の恋』の相手だと思い込み、その聖女を狂わせたのだから。

今なお、国王の位に就いている方がおかしいくらいなのに。


「ブライム王太子殿下には子を作らせない。王家の血は絶える」

「つまり?」


先を促すルクヴルール侯爵にわたくしは結論を端的に答える。


「王政は継続不可能。故に、共和制、もしくは議会民主制へ移行する。政治体制がどうであれ、国のトップが誰であれ、国の運営が安定していれば、民の暮らしに問題はない」


ルクヴルール侯爵の目が、探るように細められる。興味がひけたみたいね。


「だって、現体制、面倒でございましょう? 能力のない愚物を王に祭って。実質、国を動かしているのはルクヴルール侯爵だというのに。これが近隣諸国との戦争中、もしくは一触即発の危機というのであれば、いざというときに国王を差し出すという使い道もありますけど。でも、現状、争いなど興る気配もございませんし」

「……諸国とはな」

「ええ。水面下で争っているのは教会側……。特に野心家の教皇ですわね」


息を吸って吐く。

ここまでは順調。

この先もルクヴルール侯爵の興味を引くことができるのか。

緊張で指先が冷たくなる。

だけど……やるしかない。

わたくしは少し目を細めて、浮かべた笑みに冷たさを含む。


「話は変わりますけど、まずわたくしがこんな提案をしたのは個人的な感情からだということを、ご承知おきください」

「ほう?」

「わたくしの婚約者は現状決まっていない。いろいろな思惑があり保留状態。それはどうでもよいのですが。とにかくわたくしの婚約者候補として名が挙がっているのが二名」

「……王太子殿下と我が息子だな」

「ええ。わたくしは絶対にクレメント・アンドレ・ルクヴルール侯爵令息とは婚姻を結びたくないのです。彼と婚姻を結ぶくらいなら、教会へ赴き、修道女として働いたほうが何百倍もマシ」


思わず鼻息が荒くなってしまったけど、本心だから仕方がない。


「……それほどまでに、我が息子が嫌かね?」

「ええ。修道女となれば、清貧な暮らしを送るだけではなく、教皇あたりに手駒として使われる未来は予測できますが……」

「それよりも、嫌だと」

「はい。ご子息も嫌ですし、本音では修道女も遠慮したい。ですから、いっそ王太子殿下をわたくしが一生飼ってしまおうかと」


これまで大人しく座っていただけのお父様もぎょっとした顔になる。


「ヴィ、ヴィクトリーヌ! い、いくらなんでも言葉が……」

「あら、失礼。白い結婚のまま、一生、王太子殿下の面倒を見させていただきます……でいいかしら? それともわたくしと婚姻を結び、絶対に後継を作らせないように管理すると言ったほうがよろしくて?」


後継が出来なければ。王政という国の制度は崩れるだろう。

何せ現国王に兄弟はいない。王太子殿下にも。

他に王となるべき血を持った者がいないのだ。


ルクヴルール侯爵が「何故そこまでする?」と聞いてきた。


「……わたくしが十二歳の時ですわね。ご子息がいきなりわたくしを敬称もなしに『ヴィクトリーヌ』と呼び捨てにしたのですわ」

「は?」


それがどうしたと言わんばかりの表情ね。呆れられたかしら?


「もちろんわたくしは『ヴィクトリーヌ嬢』と『嬢』付きで呼ぶか。もしくは『ジェモン侯爵令嬢』と呼ぶようにと即座に申し立てをしましたが……」

「……息子は他にも何か下手を打ったのかな?」

「ええ。『俺と君の仲だろ?』などと、さも親しげに言いましたわね」


思い出すだけで、ムカムカする。

怒りを隠さずに、わたくしは続けた。


「特に親しくもなく、ただ何度か共にお茶の席に着いただけ。ご子息の婚約者候補ではありましたけど、同時にわたくしは王太子殿下の婚約者候補でもあるのに。それを指摘したのにへらへらと……。不愉快極まりない」


不快さは演技ではなく本心。だからこそ、ルクヴルール侯爵には伝わるはず。


「女は感情で動く愚か者。芝居の台本にもそんな言葉がありましたわね。ええ、愚か者で結構ですわ! とにかくわたくしは! クレメント・アンドレ・ルクヴルール侯爵令息との婚姻だけは嫌! 回避するためだったら国の政治体制だって変えてみせるし、教皇の手先にだってなりますわ! 王太子を不能にして、一生飼い殺しにするくらいしてみせますとも!」


わたくしの怒りの感情に、お父様は茫然として。

ルクヴルール侯爵は……しばらくの間呆気に取られてはいたけれど、すぐに「くっくっく」と笑いだした。


「いやいや。ヴィクトリーヌ嬢はすごいですなあ」

「……感情的な女だと、呆れたと言っていただいて構いませんわよ」

「非常に納得しました。我が愚息がそれほどまでに嫌われていると」

「ご理解いただけて嬉しいです」


わたくしは少し冷めたお茶を一口いただく。


「……ただ、ご子息との婚約を嫌だと拒絶するだけでは申し訳ないので。だったら、手土産ではないですけど『影の国王』を『表の国王』とする程度のご提案はするべきかと」

「ふうん?」

「幼児退行していらっしゃるとはいえ聖女様がいる。その聖女様のお子であるブライム王太子殿下。表舞台から引きずり下ろすのにはそれなりの理由が必要」

「ああ」

「ですから、これはたとえ話なのですが。我が国を王政から共和制なり議会民主制なりに移行させる。国を運営するのは議会。その議員のトップに三名の者を据える」

「三名?」

「ええ。一名の独裁ではなく三名……もしくは三つの政党のトップたちですわね」

「三人……の、根拠は?」

「一人では国王を変えるだけ。たとえばルクヴルール侯爵が『表の国王』になれば、教会側の反発を招きかねない。反発ですめばいいのですが、全面戦争つまり内乱に発展する可能性が高い」

「そうだな」

「二人では、意見が割れた時に困る。同様に、四人、六人と言った偶数でも同じ」


ルクヴルール侯爵が静かに頷く。


「奇数であれば、どちらかに傾く。ですが五人は多い。意見が割れる」

「故に三人か」

「ええ。一対一対一……になることもありましょうが、おおむね一対二になり、物事が進めやすい」

「なるほど。理解した。私とジェモン侯爵、そして教皇。その三人での合議の上国政を進めるということだな?」

「ええ。我が父はルクヴルール侯爵と意見をほぼ同じくするでしょうが……。多少手ごたえのある相手が居ませんと、ルクヴルール侯爵も退屈でございましょう?」


含みを持たせて告げれば、ルクヴルール侯爵は笑った。


「なるほど……、それも面白い……」


ほぼ追従状態の父に、傀儡の国王陛下。

それを長年操って、そろそろ飽きが来ているのでは?

手ごたえが必要でしょう? ルクヴルール侯爵のような有能な野心家には。


「陰で教会側とやりあうよりも、表の……議会のような場所で真正面から意見をぶつけ合わせる方が、きっとお好きかと思いまして」


話は終わりだと言うように、わたしは背筋を伸ばす。


「小娘のたわごとですが、ご検討いただければ幸いです」


座ったままではあるが、ゆったりと頭を下げる。


これは布石。

単なる種まき。

でも……、この提案を、きっとルクヴルール侯爵は断らない。既にその優秀な頭脳を以てして、小娘のたわごとを現実のものとするための算段を着々と構築していることでしょう。


現国王は、無能。

その国王に成り代わりたい野心家が二名。

ルクヴルール侯爵と教皇猊下。

二人で、水面下で争っていても、決着はつかなかった。この四年間の膠着状態はそういうこと。

このままあと何年も無駄な時間を過ごすのは本意ではないでしょう?

だったら、二人のうちどちらかが次の国王になるのではなく。

議会という形を整え、ルクヴルール侯爵の派閥と教皇猊下の派閥、ついでのわたくしのお父様の派閥……という名の緩衝材を挟んで、公の場で意見を戦わせるようにすればいい。


わたくしが提案したのはそれだけ。


実際に議会の形に整えるのは難しいかもしれない。

けれど、ルクヴルール侯爵と教皇猊下が敵対するのではなく、議会という形を整えるまででもいいから、お互いに手を組めば。


……実現は、不可能ではないはず。


わたくしはブライム王太子殿下がお命の危険のない安全で安心な暮らしを送ってもらえればそれでいい。


だから……、勝手だけど、守らせてもらう。

ルクヴルール侯爵も教皇猊下も……リリ嬢もレア嬢も。ブライム王太子殿下を守るために、使わせてもらう。




そうしてルクヴルール侯爵との会談から十日後。

お父様から伝えられた。


「ヴィクトリーヌ。お前が正式にブライム・ガブリエル・リンダークネッシュ王太子殿下の婚約者となることが決まったよ」と……。




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