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霧雨と薔薇 ~侯爵令嬢ヴィクトリーヌの恋と決意~  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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最終話 未来 


「……教皇猊下」

「何でしょうか、ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢」


覚悟を問われているような、硬い声。


「クレメント・アンドレ・ルクヴルール侯爵令息の凶行による責任を、ルクヴルール侯爵に問いますか?」

「ああ、もちろんですが、それが何か?」

「では……ルクヴルール侯爵と国王陛下を排し、教会側の一党独裁になりますでしょうか?」

「いや、それは無理でしょう。多少の醜聞があったとしても、ルクヴルール侯爵はお強い」

「なるほど……。多少の権を削ぐ程度ですわね……」

「議会を発足させ、三党の対立を以て、国政を行うと、そういうふうに国を動かしつつあります。変更はないでしょう」


わたくしはのろのろと立ち上がる。

背筋を伸ばす。

息を吸って吐く。何度も、何度も。


リリとレアと一緒に、ブライム様のお側に居られれば……、きっと平穏に、しあわせに過ごすことができるかもしれない。


だけど……。


『この一年間、楽しかった。もしかしたらヴィーと一緒にしあわせな未来がつかめるかもって、少しだけ、夢を見られた。でも……、ごめんね』


夢を……、きっと同じ夢を、わたくしも見ていた。


ケーキを食べて。はしゃいで。ドレスのデザイン画を見て。ダイエットもして。


一緒にしあわせに。


……選べない。


クレメントの凶行。

お亡くなりになった聖女様。


……責任の一端は、わたくしにもある。


「教皇猊下は……本当は教会側による一党独裁をお望みですわよね?」

「まあ、否定はしませんな」


元々野心家。

議会発足に賛同したのだって、ルクヴルール侯爵が持ち掛けたこともあるけれど……、単に足掛かりにしたかっただけでしょう? その先を見据えているのでしょう?


「分かりました。では、わたくしはジェモン女侯爵となります」


元々わたくしは一人娘。

だから、もしもわたくしがブライム王太子殿下に嫁ぎ、王妃となったのなら、家門の中から誰かを選び、家督を継がせる予定だった。

候補は数人いるとお父様から聞いている。既に教育も始めているらしい。

その候補たちと争ってでも……わたくしが、女侯爵になる。


「ほう?」

「しつこく残るであろうルクヴルール侯爵の権を削ぐために、力を尽くしましょう」

「……よろしいのですか?」

「はい。ルクヴルール侯爵に恨みはございませんが、その息子には嫌悪を通り越して、恨みがある」

「ほう……」


八つ当たりに近いとは分かっている。

だけど、あの場面で、クレメントが短剣なんかを持ち出さなければ。

リリは傷つかず、聖女様も力を使い果たさず……死ななかったかもしれない。


でも……。わたくしには分からないけれど、クレメントが短剣などを持ち出したその原因はきっとわたくしよね。だって、クレメントはわたくしを狙っていた。なんらかの逆恨みとか? 分からないけれど。


それからもう一つ。


『助けて……! 助けて聖女様っ!』


聖女様を頼ったのは、このわたくし。


責任は、ある。


ブライム様のお傍で、のほほんとしあわせになるわけにはいかない。


「聖女の命を奪った責任は、このわたくしにもある。ですから、聖女様の最期のお言葉を実現させるために、わたくしは力を尽くすべき」

「なるほど」


元々のわたくしの願い。

ブライム様がしあわせでありますように。

ブライム様を守ることができますように。


形式がどうであれ、立場がどうであれ、わたくしがしたいことには変わらない。


わたくしはブライム様に向けて淑女の礼を取る。


「ブライム様。あなたの未来が明るいものでありますように、わたくしはこの命と人生を使いましょう」

「ヴィー……」

「あなた様のおしあわせを願うことを……どうかお許しください」



聖女の庭に、ブライム様とリリとレアを残し、わたくしは教皇猊下と共に、大聖堂に戻った。


池の上の橋を渡る。


「……落ち着いたら、この魚の餌やりでもご一緒いたしましょうか」


教皇猊下の申し出に、わたくしは思わず「ふふっ」と笑ってしまった。嬉しかった。


「ええ。いつかの未来。許されるのなら、ブライム様とリリとレアとも一緒に」

「良いですな!」

「……実現できるよう、わたくしは全力を尽くします」

「あなたはお強いですなぁ、ヴィクトリーヌ嬢」

「……いいえ、強くありたいと願うだけですわ」


雨に濡れた薔薇。

霧雨が、驟雨が、豪雨が、いくら降り続いても。

わたくしは凛として背を伸ばす。

たとえ、独りよがりで身勝手な思いだとしても。


「強く優秀……ですが、あなたの視野はまだ狭い。考えも浅い」

「はい?」

「きちんと聞きましたか? 聖女の最期の言葉は『みんなの未来が明るいものでありますように!』ですぞ?」


教皇猊下は茶目っ気たっぷりに、わたくしに向けてウインクをした。


「『みんな』の中にはあなたも入っているのです」

「あ……」


雨の後の空には太陽。

その輝きは、きっといつか、わたくしにも降り注ぐ。




それから数か月後。

わたくしの元に面会したいとの手紙が届いた。

差出人はクレメントの兄たちだった。


「忙しいところ、すまないね、ヴィクトリーヌ嬢。実はどうしようかと迷ったんだけど……、やっぱり直接話しておきたくて」

「……何のお話でしょうか?」


忙しいのは事実だ。

あれから、他の候補者たちと実務能力を争って、ジェモン女侯爵となる権利を勝ち取った。


ただ、この国で、女が侯爵となるのは一般的ではない。それに、我がジェモン侯爵家は二大侯爵家の片翼なのだ。女の下につきたがる男もあまりいない。


それに、社交界でひどい噂も流された。


婚儀が流れ、嫁ぎ先がないから、名前だけのジェモン侯爵となるとか。

爵位を継ぐために『女』を使ったとか。


うるさい噂話を消すために奔走するのもなかなかの手間で、それを押さえつけるために、ルクヴルール侯爵の力も借りようともした。


クレメントの処分をルクヴルール侯爵側に任せる代わりに、おかしな噂を払しょくする手伝いをしてほしいと。


まあ、ある種の取引よね、これも。


だけど、ルクヴルール侯爵は笑った。


「根拠のない噂しかできない小者どもなど、そのうちあなたは実力でなんとかできるでしょう」と。


ずいぶんとわたくしのことを高く評価してくれているみたいなのよね、ルクヴルール侯爵は。教皇猊下もだけど。


わたくし……一応、ルクヴルール侯爵の敵として動くつもりなんだけど。

敵は多ければ多いほど燃えるタイプなのかしら、やっぱり。


「クレメントなんだけどね。結婚式に短剣を持ち込めたのは、教会側の協力があったからだそうだよ」

「ブライム殿下を『罪の子』として排斥したい一派。本当はクレメントにブライム殿下を殺害させる予定だったんだって」


クレメントはルクヴルール侯爵家の令息。だから、結婚式でブライム様のお側に近づける。ただそれだけの理由で、クレメントなんかに短剣を持たせたの?


「杜撰に過ぎませんこと?」

「そうだよねえ。で、クレメントから吐かせることは全部吐かせて、裏も取って……」

「取って、その後は?」

「あとは教皇猊下の元へと情報を届けておいた。さすが教皇猊下。クレメントをそそのかした一派はさっさと『処分』したって」

「そう……」


ブライム殿下を『罪の子』と呼んで、嫌悪感を抱く者たち。これで全員処分した……わけではないわよね。でもほんの一部でも減れば。

とりあえずは、今は、そこまででいい。

……そのうち根絶やしにして差し上げるけど。


「あとはウチの馬鹿三男の処分だけど……。我が家から出さずに飼い殺しにしたよ」

「……ずいぶんと甘いことですわね」

「国王に飲ませているのと同じ『薬』を与えているから。二度とああいうことはないと断言するよ」


……甘くはなかったのね。


「で、ね。ヴィクトリーヌ嬢にはどうしてクレメントがあんな馬鹿をやったのか、その理由とかを……、伝えておきたくて」

「はあ、そうですの?」


わたくしにはもうどうでもいい話だけれど。兄からの弟の擁護? それほどまでの兄弟仲は良かったのかしら?

クレメントの内心などには興味がないから、わたくしは気の抜けた返事をしたのだけれど……。


「ヴィクトリーヌ嬢、気が付いていないの?」

「何がです?」

「クレメントのヤツね、ずっとヴィクトリーヌ嬢が好きだったんだよ」

「はあ?」

「ブライム殿下にヴィクトリーヌ嬢を取られたくなくて、愛が裏返っちゃって、あんなことになったんだ」

「馬鹿ですの?」


クレメントの兄たちは、苦笑した。


「アイツも報われないねえ」


嫌われて、振り向かれなくて、その上わたくしがブライム様の妻になるから、殺そうとした?


「理解できないわ」


吐き出すように言ったら、クレメントのお兄様がたは真顔になった。


「あのね、ヴィクトリーヌ嬢。これはクレメントの兄としてじゃなくて、一般的な忠告になるけど」

「はい?」

「君は美しくて、権力も持っていて……男が惚れても仕方がないんだよ?」

「はあ……」

「クレメントみたいに、君が好きで、振り向いてもらえなくて、愛情が裏返っちゃう男がこの先もきっと何人も現われるだろうから」

「……嫌ですわねえ」

「うん。粘着気質の男に惚れられると厄介だよ。だから、男のプライドを刺激しないで、やんわりとお断りする話術でも身につけたほうが良い」

「嫌い! とか真正面からぶったぎっちゃうと危ないからね。第二のクレメントになるよ。 危険は避けないと」

「……ご忠告、ありがたく承りますわ」


このご忠告は……、後に本当に役に立った。

わたくしは、その手の男たちを回避して回避して……、正面から婚約を持ちかけてくる令息たちからも逃げきって……、独身を貫いた。


でも、子は産んだ。


わたくしの大切な宝物。

結婚をしていないわたくしが子を産んだことは、社交界では話題になった。話題……陰口。あからさまな侮蔑。


対抗策の一つとして、名づけは教皇陛下にお願いした。名付け親。後ろ盾として守っていただく。


今日はその名づけのため、教皇猊下の元を訪れている。

マリーに赤ん坊を抱いてもらって、護衛も山のようにつけて。

教皇猊下は赤ん坊の顔をじっと見て言った。


「フェリクスという名はどうかな?」

「昔の言葉で幸福という意味の名ですわね」

「……父親のように、最終的にはしあわせになるようにとの願いを込めた」

「素敵な名前をありがとうございます」


父親。

フェリクスを見れば分かる人には分かるだろう。だって、わたくしが産んだ子の髪と瞳は……聖女様の祝福の色。


今はまだ、わたくしの権も足りず、教皇猊下のご威光に頼らせていただくけど、そのうち、フェリクスが大きくなるまでには。


わたくしが……教皇猊下よりもルクヴルール侯爵よりも強くなって、フェリクスを守ってみせる。


「ふふ……っ」と笑いながら、フェリクスを抱き上げ、その額にキスをした。


「お時間はあるかな? よく晴れたいい天気だから、少しばかり赤ん坊を外気浴させても良かろう。ちょうどそろそろ池の魚の餌やりの時間なのだが……」

「まあ! ぜひ!」


大聖堂の東側から池の上の橋を渡る。

そこには修道女姿のリリとレアがいた。もちろんその後ろには、ブライム様も。


「ヴィクトリーヌ様! お体はもう大丈夫ですかー?」

「お久しぶりですー! マリーさんもお元気でしたかー?」

「まあ、リリ、レア! わたくしは元気よ! この通り!」


わたくしが声を上げれば、マリーもペコリと会釈をする。


修道女の服装もすっかり見慣れた二人。わたくしはゆっくりと近寄っていく。リリとレアは、わたくしが抱いている赤ん坊をじっと見ている。


「わあ……!」

「赤ちゃん!」

「先ほど、教皇猊下に名前を付けていただいたわ。フェリクスよ」

「わあわあ! 初めまして、フェリクス様。リリですよー」

「レアですよー! 初めましてー!」


フェリクスが「あうー」と笑む。


「かわいー!」

「かわいいですぅ! ほら、ブライム様も!」


リリとレアの後ろで、ぽりぽりと頭を掻いているブライム様。


「照れてないで! ほら、抱っこして差し上げましょーよ!」

「う、うん……。いいかな、ヴィー」

「ええ、もちろんですわ!」


おっかなびっくりな手つきで、フェリクスを抱き上げるブライム様。

ブライム様を見上げてキャッキャと声を上げるフェリクス。

リリもレアも教皇猊下も、マリーさえも微笑ましげだ。


ブライム様の目が潤む。


「ああ……、しあわせだなあ……。ボク、生きていてよかった……」


アカシアハチミツ色に輝く瞳が真っ直ぐにわたくしを見る。


「ありがとう、ヴィー。大好きだよ」


霧雨の後の薔薇の花。

その花弁は太陽の光を受けてにキラキラと輝いて。

きっと、ずっと、いつまでも、鮮やかに咲き続ける。


「わたくしも大好きですわ、ブライム様。これからもみんなで……、みんなで一緒にしあわせになりましょうね」

「ああ」


昔、言えなかった言葉を、伝えることができる。

今も、これからも、何回も。



晴れた空。

輝く光。

わたくしたちの、しあわせ。










終わり










この物語にお付き合いいただきまして、ありがとうございました!


後程あとがきと登場人物設定などを書きますね。




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