第14話 祝福
『いーよ! 助けてあげる!』
「え……?」
声に顔を上げれば。何故だか、ブライム様の胸のあたりから……光が放たれていた。
「え?」
アカシアハチミツに似た、透明感のある光。
それが……、ブライム王太子殿下の胸からあふれ出て……、そして、ふわりと少女の形をとった。
まるで、透明な、妖精。
いや……このお姿は……。
「聖女様……」
教会の奥、聖女の庭で走って、笑って……わたくしの手の傷を治してくださった聖女様が……、まるで幽体か、それとも聖霊のようなお姿で、宙に浮いていた。
そのお姿が、アカシアハチミツ色に光り輝く。
『祈って! 力を貸して! この場にいるみんな! おじーちゃんも! 祈って!』
「聖女……様……」
『祈って。彼女が助かりますようにって!』
聖堂の中の皆が、胸の前で手を組みだす。わたくしも、ブライム様も、レアも……教皇猊下も、誰もかも皆が。
『死なないで』
聖女様の声。
わたくしも祈る。
ぎゅっと硬く両手を組んで。
祈る。
すると……。
ふっと、リリの目が開いた。
「リリっ!」
「あ、あれ? あたし……」
リリが、半身を起こして、きょろきょろと周囲を見回す。そして、血まみれの自分の胸を見て……。
そして、宙に浮いたままの、聖女様を見た。
「神様……?」
宙に浮いていた聖女様が『違うよー』とお笑いになってから、ブライム様に手を伸ばした。
透明な手が、そっと頬に触れる。
『今まで何もしてこなかったおかーさんで、ごめんね!』
「はは……うえ……」
『最期に祝福を! みんなの未来が明るいものでありますように!』
アカシアハチミツ色の光が、ブライム様を包み……、そして、その光が聖堂の中から外へまで広がり……、しばらくの後、収束していって……。
……聖女様の姿が消えた。
しん……と静まり返る聖堂の中。教皇猊下の神々しい声が響く。
「奇跡が起きた」
誰も彼もが教皇猊下を注目する。一息置いて、教皇猊下は言った。
「今日、この場に、聖女が現われた。そして……」
そして、宣言をした。
「ブライム・ガブリエル・リンダークネッシュを正式に『祝福の子』と認定する」
一瞬の間のあと、聖堂内は歓喜に包まれた。
恐ろしいほどの拍手の音。
歓声。
誰もが、今起きた奇跡に興奮していた。
結婚式は中断されたけど……今起きた奇跡は……、大聖堂の外で待機をしていた平民たちにもすぐさま伝えられた。
大聖堂から溢れる光を見て、溢れんばかりの拍手を聞いた平民たちは……、その奇跡を、口々に伝えていった……。
周囲の歓喜に取り残されるようにして、ヴァージンロードに座り込んだまま、ぼうぜんとしていたわたくし。
気が付けば、レアがわたくしの血まみれの手をハンカチで拭ってくれていた。リリは消えた聖女様に向かって祈りを捧げている。
「ありがとう……」
「いいえ。ブライム様のお手もお拭きしますね」
わたくし同様、ぼんやりしていたブライム様。レアの声にはっとして、首から下げていた小袋を取り出す。
ああ……わたくしが差し上げた小袋を、今日も下げていてくださったのか……。
そうして、ブライム様は、小袋を開けて、中から宝石を取り出した。
「割れている……」
水晶のように輝いていたはずの宝石。
それは細かく砕かれた上に、その輝きを失っていた。
「……これを身代わりに、聖女様が助けてくださった?」
「いや……」
ブライム様のお顔が、何故だか険しい。
立ち上がって、重々しい足取りで祭壇に向かう。
「……教皇」
「何でしょう?」
「ボクが聖女様の元へ行くのは可能ですか?」
「ブライム殿下は『祝福の子』でありますから。ただし、結婚式は取りやめとなりますが」
「構わない」
「このまますぐに向かいますか?」
「ああ」
「少々お待ちください。指示だけは残していきますので」
教皇は、参列していた司祭や司教たちに矢継ぎ早に指示を出していった。
わたくしも立ち上がる。ふと見れば、わたくしのお父様がルクヴルール侯爵に詰め寄っていた。
娘が短剣を突き付けられて、ぼさっとしたままではいられなかったらしい。
そちらはお父様にお任せして、わたくしはリリとレアと一緒にブライム様と教皇猊下の後を追いかける。
「ブライム様!」
「ああ……、リリ、怪我は」
「痛くも痒くもありません!」
「ごめん、ホントは医者とかに先に見せたほうが良いんだろうけど……、どうしても母上が……気になって」
気になるどころではなく、泣くのをこらえているような、お顔。
「大丈夫です! リリもお供します!」
「一人にはさせませんからね!」
「リリ、レア……。ありがとう」
歩き出した三人。わたくしは……。
「……ヴィーも、行く?」
「……よろしいのですか?」
「うん。来てくれると嬉しい」
悲しそうな、つらそうな、ブライム様のお顔。
リリがわたくしに手を差し出してくれた。
「さあ、ヴィクトリーヌ様!」
「みんな一緒です!」
教皇猊下とお付きの人たち、それからわたくしたち四人で。
そのまま大聖堂を抜けて、池の上の橋を渡り……そして、門をくぐり、聖女の庭に入る。
「あちら……だ」
教皇に案内されたのは……こざっぱりした小さな住まい。玄関のドアの横には花が植わっている。
その横で、泣いている修道女が二人。
「……聖女は部屋だろうか?」
教皇猊下が泣いている修道女に聞いた。
「……はい。先ほど急にお倒れになって。そのときにはもう息が……」
「寝台にはお運びいたしましたが」
泣く二人の修道女の肩を、教皇猊下がポンと叩く。
「ありがとう。入らせてもらうぞ」
わたくしたちも、教皇猊下の後に続いて住まいの中に入っていった。
広くはない家の中。階段を二階に上がる教皇猊下。わたくしは無駄に長いウエディングドレスの裾を両手で抱えて、階段を上る。
一番奥の部屋に教皇猊下は進む。
その部屋の扉は既に開いていた。
「聖女様……」
部屋の奥の寝台に、聖女様は眠っていた。いや、眠っているように見えるだけで……、胸は動いていない。呼吸をしていない。わたくしは、床にへたり込んだ。
リリとレアがわたくしを支えてくれたけど……立てない。
リリを助けるために、このわたくしが、聖女様のお命を奪ったのではないか。
恐ろしさに耐えられず、立ち上がれない……。
寝台の横に、教皇猊下とブライム様だけが、進む。
床に膝をついて祈りを捧げている教皇猊下。呟くような祈り。大聖堂での神々しかったご様子とは異なり、弱々しい。
「……聖女は、天の国へと向かわれた」
祈りを言い終えた後、ぼそりと告げられた言葉。
「力を、使い果たしたのでしょうな……」
教皇猊下は立ち上がった。
じっとブライム様を見る。
その瞳には、先ほどの声のような弱々しさはもうなかった。
「ブライム殿下。我々教会側は聖女を失いました」
「はい」
「代わりに象徴となる者が必要です」
「分かっています。ボクは王太子という身分を捨て、教会によって認定された『祝福の子』として生きることとします」
「頼みます。ここは元々『聖女の庭』。故に警備は厳重。本来は教皇であるこの儂も簡単には入れないほどに」
「はい」
「安全は保障いたしましょう」
「ありがとうございます」
大聖堂にいた時から、いや、聖女様のお姿が消えた時から、きっとこうなることは分かっていたのだ。
だから、結婚式は取りやめにした。
だから、あの場で教皇猊下はブライム様が『祝福の子』であると宣言した。
だから……、ブライム様はここにやってきた。聖女の元へ……。力を使い果たした聖女がどうなったのか……、きっとその死を確認するために。そして……。
ブライム様が、わたくしの前に片足をついてしゃがみ込んだ。
「ヴィー……」
「……はい」
返事をするのも恐ろしかった。責められるのではないか……と。
「結婚式は中止。延期ではなくて、取りやめ」
「はい……」
頷くことしかできない。怖い。
「ボクは、教会側の人間になる」
「はい……」
「修道士のように暮らすようになるだろう。この『聖女の庭』から出ることはなくなるだろうし……。どう考えても妻帯は無理」
「はい」
「だから、ヴィーはこの先を考えて」
「この先?」
「うん。どんな道を選んでもいいけど、しあわせになって」
「え?」
しあ……わせ……?
わたくしを、責めるのではないの? だって……聖女様は、きっと、わたくしのせいで……。わたくしが、聖女様に、助けを求めたから……。
「この一年間、楽しかった。もしかしたらヴィーと一緒にしあわせな未来がつかめるかもって、少しだけ、夢を見られた」
「……ブライム様?」
「でも……、ごめんね」
ブライム様は立ち上がる。
しあわせに。
ああ……、そうだ。以前から……ブライム様は、わたくしに、そう言ってくださっていた。
『ヴィクトリーヌ・クリフォード・ジェモン侯爵令嬢』
『あなたはしあわせな人生を送ってくれ』
クレメントのことは余計だったけど、ずっと……。
わたくしは答えず、リリとレアを見る。
『ボクにはレアとリリがいるから、心配しなくてもいいよ』とも言っていた……。
「リリとレアは、修道女となって、ブライム様と共に生きる……?」
二人は即答した。
「はい」
「もちろんです」
その道以外ないと言わんばかりのリリとレア。
わたくしも、ブライム様と共に、リリとレアと一緒に。
その言葉は……。今のわたくしには、言えなかった……。
次回最終回です。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




